第六百三十五話 醜い相手
「ったく! ふざけやがって!!」
ジークはそう言いながら走っていた。
その後ろには皇国の宮廷魔法師団が続く。
途中までジークたちはオリヒメと共に進んでいた。
しかし、亜人であるオリヒメの身体能力は人間を上回る。
どんどんオリヒメと距離が離れ、オリヒメが作っていた結界の道がなくなってしまった。
そのせいで、ジークたちは王都まで徒歩で移動することになっていた。
だが、それが功を奏した。
「おわっ!?」
突然、空から魔法が降ってきた。
ジークたちはそれを避け、空を見る。
空では熾烈な空中戦が繰り広げられていた。
「どうなってんだ!?」
ジークは言いながら、戦闘態勢に入った。
空で戦闘を行っているのは、竜騎士や鷲獅子騎士。
相手をしているのは二人の人間。
だが、空を飛び回る人間は竜騎士や鷲獅子騎士をどんどん撃墜している。
「ジークムント殿、これはどういう状況だ?」
宮廷魔法師団の者がジークに訊ねる。
ジークにもよくわからなかった。
しかし、わかっていることもあった。
どちらが敵で、どちらが味方か、だ。
「竜騎士と鷲獅子騎士を援護だ! 空にいるのは近衛騎士隊長と王国の聖女だ! 結界を張ってくれ! 足場にしたい!」
「難しいことを言ってくれる……!」
宮廷魔法師団は皇国の精鋭だ。
その魔法の腕は一流。
しかし、空に結界を固定化するのは高等技術だ。
苦もなくやる仙姫がおかしいのである。
だが、宮廷魔法師団はジークの要請に応えた。
半数がそれぞれ結界を作り、その維持に専念する。
空に五十の足場が出来上がる。
ジークにはそれで十分だった。
「感謝するぜ!!」
ジークは結界を足場にして、空へ上がる。
空ではフィンやレティシアが交戦していた。
元々、レティシアはアルの命令で後方待機だった。
戦力になりえるレティシアが後方待機だったのは、相手が魔奥公団である以上、再度狙われる可能性があるから。
そして後方にて帝国への反乱がおきた際、レティシアならばそれを穏便に収められるからだ。
自分ならば王都に戦力が集中した段階で、後方で反乱を起こさせる。
そういう考えがあったため、アルはレティシアを後方に置いていた。戦力として数えるより、政治方面での活躍のほうが見込めるという判断だったのだ。
しかし、レオからの援軍要請でレティシアは鷲獅子騎士と共に王都に向かっていた。
そこにフィンも合流したのだ。
ただ、その途中で襲撃を受けた。
空を飛べる鷲獅子騎士や竜騎士は、歩兵や騎馬と違って障害を気にしない。
歩調を合わせていては時間がかかると判断し、レティシアは先行した。
その隙を悪魔はついてきた。
ストラス同様、すでに召喚されている悪魔はまだいたのだ。
「レティシア様! お逃げください!」
レティシアの護衛たちはレティシアを逃がそうと、悪魔の動きを止めに入るが、悪魔たちはそれを意に介さず、レティシアへと向かう。
だが。
それにジークが待ったをかけた。
「片方は任せたぞ、若い竜騎士」
「えっ!? あっ! はい!!」
ジークはレティシアの傍にいたフィンへ告げると、接近した悪魔を地上へ叩き落とした。
これで二対二。
「今のうちに行け!」
ジークはそうレティシアへ告げる。
守りながら戦える相手ではない。
王都が安全かといえばそうではないが、レティシアの持つ聖杖はここよりも王都のほうが役に立つ。
レティシアは頷き、残った護衛と共にその場を離脱する。
それを追おうとする悪魔を、ジークとフィンが押さえる。
「おっと……お前さんの遊び相手は俺だぜ?」
地上に叩きつけた悪魔は、大したダメージもなく空へ上がってきた。
行く手を遮りながら、ジークは槍を構える。
相手は悪魔。
人間に戻って全力で戦えるようになったとはいえ、なかなかにハードな相手だ。
それでもジークは笑う。
「さぁ……楽しくダンスといこうぜ!!」
■■■
アスモデウスの側近。
その一人であるグレモリーはリナレスと対峙していた。
グレモリーの依代になった男は美しい青年だった。
だが。
「醜いわね。なぁに? そのゴツゴツとした体」
グレモリー自身は女性体だった。
そして自らの美しさに絶対的な自負を持っていた。
そんなグレモリーにとって、リナレスは嫌悪の対象だった。
「あら? 私の美しさがわからないなんて、可哀想ね」
「わかりたくもないわ。よくそれで人前に出られるわね? 私なら無理だわ」
「見られて困るところなんてどこもないわ。美的感覚の相違ね」
「そのようね」
二人は同時に構えを取った。
しかし、動かない。
どちらも相手に隙を見つけられなかったからだ。
「ふーん……あなた醜いわりにやるわね?」
「あなたも美的感覚が狂っているわりにやるわね?」
互いに埒が明かないため、じりじりと間合いを詰める。
そして互いの拳が届くくらいの距離になる。
だが、どちらも攻撃しない。
そのままにらみ合いが続く。
頭の中では幾度も戦っている。
相手の実力が正確に読み取れているからこそ、互いに攻撃に踏み切れないのだ。
その状態がしばらく続き。
やがて二人は構えを解いた。
「行きついた結論は一緒みたいね?」
「そのようね?」
「残念だわ。美しかったら配下にしてあげたのに」
「私も残念だわ。あなたの美的感覚が正常なら、お友達になってあげたのに」
互いに笑う。
そして。
「平行線なら仕方ないわね」
「そうね……じゃあ勝ったほうが正しいとしましょうか」
「その通りよ。美しさは強さ。最終的には美しい方が勝つ!!」
リナレスは突きを、グレモリーは蹴りを放つ。
衝突によって周囲に衝撃波が広がるが、そのまま二人は全力での攻撃を開始した。
互いに相手の実力を読めてしまうため、行きついた思考は一緒だった。
技ではなく、力による突破。
轟音が響き、ぶつかり合うたびに衝撃波が発生する。
だが、どちらも引かない。
ここで引けば押し切られるとわかっているからだ。
下がった方が負ける。
周囲を気にしている余裕はない。
しかし、そのレベルの戦いはあちこちで起きていた。
常に余裕を持っていたリナレスにとって、それは初めてのことだった。
周囲を気遣う余裕のないほどの戦い。
そのことに高揚しながら、リナレスは呟く。
「今の私……美しいわ!」
「醜いって言ってるでしょ!」