第六百三十四話 大公ストラス
「面白い。やれるものならやってみるがいい」
アスモデウスのその言葉が引き金だった。
五百年ぶりの人間と悪魔の決戦が始まった。
アスモデウスの傍に控えていた悪魔が四人、前に出てくる。
他とは別格の強者だ。
それを察した俺以外のSS級冒険者が動く。
彼らにそれは任せて、俺はアスモデウスに向かおうとするが。
それは一人の男に阻まれた。
「貴様の相手は私だ。シルバー」
特別な雰囲気は何もない男だった。
中肉中背で眼鏡をかけている。
街で歩いていたら、悪魔だと気づくことはないだろう。
しかし、間違いなく悪魔だ。
「名を聞いておこうか。悪魔」
「我が名はストラス。魔奥公団のトップといったほうが伝わりやすいだろう」
ストラスはそう言って軽く笑う。
なるほど。こいつが色々と暗躍していた奴か。
アスモデウスたちはこの地に降り立った。
しかし、依代を用意する必要がある。
現地で諸々の準備を司っているのが、このストラスなのだろう。
長い時間をかけて、ストラスはアスモデウスたちを呼び込む準備を整えた。
すべてのお膳立てをした人物。
もちろん、では〝ストラスは誰が呼んだのか?〟という疑問は生じるが。
それは今、考えるべきことではない。
魔王軍の残党が残っていたのかもしれないし、人間がたまたま呼んでしまったのかもしれない。
大事なのは。
こいつが率いる組織によって俺の愛する国が混乱に陥り……家族が命を落とした。
その一点だけだ。
「ほかの者にくれてやろうと思ったが……今の一言で俺の手で討ちたくなった。誤算だったな」
「誤算なものか。さんざん我々の邪魔をしてくれたな。今までは貴様に手を出せなかったが、今は違う。貴様への恨みは重い。この場で悪魔と人との違いを叩きこんでやろう!」
ストラスとしても俺に思うところがあるらしい。
幹部を殺されているし、あちこちの支部を潰されている。
幾度も計画が破綻する危機に見舞われたのだろう。
しかし。
だからどうしたというのだろうか。
恨みは重い?
「いや、誤算だったな。こちらの恨みのほうが圧倒的に重い」
こいつらのせいで。
姉が死んだ。
兄も死んだ。
俺は目の前で姉の命が失われていくのを見る羽目になったし、レオは自ら兄を剣で斬る羽目になった。
それだけのことをしたのは二人だ。
許されないかもしれない。
けれど、誘導した者がいる。
同じだけの報いを受けさせなければ気が済まない。
右手をゆっくりと引く。手の平には銀色の光が集まっている。
同じようにストラスも右手を引いている。その手の平には影が集まっている。
「影の権能か……」
「光を飲み込む影の力を知るといい!!」
双方同時に右手を突き出した。
銀光と影の奔流がぶつかり合う。
シルヴァリー・フォース状態では、すべてが銀滅魔法へと変化する。
俺の一撃も銀滅魔法だ。
しかし、ストラスの攻撃も負けず劣らず強力だ。
魔奥公団を束ねていただけはある。
かつて、最高幹部の一人、ハーゲンティは言っていた。
新鮮な死体や悪魔に精神的に近い者を集めて、片っ端から悪魔を召喚した、と。
きっとそれはストラスの部下を召喚するための方法。
それを発展させて、アスモデウスたちを召喚したのだろう。
じっくりと時間をかけて、焦ることなく暗躍していた。
止めることができなかったのは、俺のせいだ。
だからこそ。
この場でこいつを生かしておくのは危険だ。
こいつは今、気が大きくなっている。今までは慎重だった。
厄介だと思っていても、俺の前に姿を現さなかった。
手ごわい相手と認識していたからだ。
なのに、今は俺の前に立ちふさがっている。
きっと俺を倒す算段があるんだろう。
「互角か……! さすがにやるな! シルバー!」
「互角? 俺はまだまだ全力ではないぞ?」
「なに!?」
銀光が影を押し始める。
しかし、ストラスは一歩も引かない。
らしくない。
だから、俺はさらに力を強めた。
それに対して、ストラスは笑う。
「やはり……貴様は厄介だな」
そう言った瞬間。
ストラスの体から影が噴き出した。
そしてその影は俺を包み込む。
「しばらく影の世界に封印させてもらうぞ!!」
影はストラスも巻き込んでいる。
自分ごと封印する気なのだろう。
俺を厄介だと思っているからこそ、確実に俺を無力化する方法を用意していた。
けれど。
「光を飲み込む影があるように……影を飲み込む光もある」
俺を包み込んでいた影が消失していく。
銀光を纏っていた俺に影が触れられなかったのだ。
ゆっくりと前へ出るたびにストラスの影が消滅していく。
まるで水が干上がるように、ストラスの体から放たれた影はすべて消え去った。
「悪魔の権能に……勝っただと……!?」
銀光が完璧に影を封殺する。
ストラスは俺から離れた場所から影を出現させ、俺に攻撃するが、影は銀光に阻まれる。
完全に打つ手がなくなったストラスは、俺から距離を取ろうとするが。
それを許すほど俺は甘くない。
「ぐっ!?」
ストラスの首を掴み、そのまま地面にたたきつける。
これで何かが変わるわけじゃない。
こいつの重要性はもう失せている。
より大物が召喚されてしまったから。
だが、俺の気が済むかどうかは別問題だ。
≪我は銀の理を知る者・我は真なる銀に選ばれし者・銀雷は天空より姿を現し・地上を疾駆し焼き尽くす・其の銀雷の熱は神威の象徴・其の銀雷の音は神言の鳴響≫
俺の詠唱を聞いて、ストラスが暴れる。
「ま、待て!?」
どうにか拘束を解こうとするが、俺は決してストラスを離さない。
そして。
≪光天の滅雷・闇天の刃雷・銀雷よ我が手で轟き叫べ・銀天の意思を示さんがために――シルヴァリー・ライトニング≫
シルヴァリー・フォース中はすべての魔法が銀滅魔法になる。
わざわざ銀滅魔法を詠唱するのは、より威力を上げるためだ。
巨大な銀雷が俺の手から放たれ、ストラスを飲み込んだ。
フォース使用中に加え、完全詠唱でゼロ距離攻撃。
地面が大きくえぐれ、クレーターが出来上がる。
俺に拘束されていたストラスの姿は影も形もない。
逃げたわけではない。
消滅したのだ。
「――部下を助けないのか?」
クレーターから上がり、俺はただ見ているだけだったアスモデウスに問う。
それに対してアスモデウスは笑う。
「なぜ助ける必要がある?」
「優秀な部下だったと思うが?」
「確かに優秀だったな。その形態はずいぶんと消耗が激しいようだ。良い削りだったと褒めてやるとしよう」
シルヴァリー・フォースの弱点は魔力消費の激しさ。
俺が身に着けている四宝聖具の一つ、聖輪は魔力を急速に回復させる。
しかし、消費が多ければ回復も追いつかない。
シルヴァリー・フォースはそれだけ消耗の多い魔法なのだ。
だから使いどころは限られる。
だが、それを承知で俺は最初からこれを使った。
回復の目途があったからだ。
「それは残念だったな」
消耗したはずの俺の魔力が回復していく。
そして後方で声が上がった。
「奮い立て! 人類を代表する戦士たちよ!! 我々は一人ではない! たとえ誰もが諦めようと! ワシは諦めぬ! この死線! 帝国皇帝ヨハネスが皆と共に歩むと宣言しよう!!」
皇剣は帝剣城に溜め込まれた無限に近い魔力を扱える。
自らに付与することもできるし、他者に分け与えることもできる。
「さて……俺たちが消耗するのを待っていると、全滅するぞ?」