第六百二十九話 皇剣
Twitterのほうに配信で書いた出涸らし皇子のバレンタインSSがありますので、興味があれば見てみてくださいm(__)m
連合軍総司令アルノルト・レークス・アードラーという役をヘンリックに任せた俺は、帝都に転移していた。
必ず、シルバーが必要になるからだ。
「――帰ってきたか」
転移したのは爺さんの部屋。
部屋にいるのは爺さんだけ。
セバスがいないのは、フィーネと母上の護衛についているからだろう
「いよいよ決戦だ、爺さん」
「悪魔と五百年ぶりの戦か……アードラーが血を磨いてきた甲斐があったというもんじゃな」
爺さんの言葉に俺は頷く。
悪魔が現れるのは初めてのことじゃない。
一人や二人なら、たまに現れていた。
けれど、それはSS級冒険者たちが対処できるレベル。
今回のように何人、悪魔が出てくるかわからないという事態は初めてだ。
そういう大陸全体の危機に備えて、アードラーは血を磨いてきた。もちろん、それだけではないが。
今、それが実ろうとしている。
ただ。
「帝国は大陸の強国として最強戦力を派遣する。つまり……」
「帝都が空になるということじゃな」
「そういうことだ。備えはするが……万が一のときはフィーネや……家族のことを頼んでも?」
「できることはやろう」
爺さんはそう言って頷く。
俺はその言葉に安心すると、そのまま部屋を後にしたのだった。
■■■
フィーネの部屋。
そこにフィーネとセバスはいた。
もちろん魔法で確認してから、そこに転移で現れる。
「お帰りなさいませ」
驚いた様子もなく、フィーネはフッと微笑み一礼する。
俺がそろそろ来るだろうことはわかっていたんだろう。
俺は状況を説明しようとするが、その前にフィーネが告げた。
「倒れられたミツバ様ですが、今は容態も安定しております。まだ体はだるいようですが、日常生活には問題ないかと」
「……ありがとう」
それが一番聞きたいことだろうと、フィーネは判断したんだろう。
その配慮に俺は礼を言う。
無事だとは知っていた。そういう伝令が来ていたから。
ただ、フィーネの口から聞くと安心できる。
信頼があるからだ。
「皇帝陛下は帝都支部へ向かわれました。賢王会議ですかな?」
セバスの言葉に俺は頷く。
そして。
「悪魔が現れる。そのうち賢王会議で最強戦力の派遣が決まるだろう。俺は父上たちを王国へ送り届ける」
「皇帝陛下も出陣されるのですか……?」
「そのようだ。おそらく……皇剣を使う気なんだろう」
使えるのが自分しかいないから。
だから父上は出陣する。皇帝としての責務を果たすためだ。
「皇剣というのは……どんなものなんでしょうか?」
「……かつての皇帝が作ってしまった兵器だ。この帝剣城は……帝国の象徴だ。ここには帝国中から大地を通じて魔力が集まる。人々が自然と発している僅かな魔力だ。憧れや興味、あるいは憎しみや怒り。感情と共に動く小さな魔力がここには蓄積されている。その蓄えられた魔力を……皇剣を使う者は自由に使える。自分に使うこともできるし、他者に分け与えることも可能だ」
一人一人は大した魔力を持っていない。
けれど、帝国中の人々の魔力が結集すればそれは膨大なものになる。それが長い時を経て、溜められている。
とても使いきれない量だ。
だから事実上、皇剣を使う者は無限の魔力を得る。
ある意味、聖剣より性質が悪い。
とても人間相手に使う代物じゃない。だから封印されていた。
破棄されなかったのは、悪魔という明確な脅威がいたからだ。
悪魔がいなければ、帝国史上最悪の発明になっていただろう。
帝国が広大な領地と、多くの民を抱えるかぎり、皇剣は効力を失わない。止めようと思ったら、帝国を滅ぼすしかないのだ。
それを招きかねない発明。
けれど、今はその剣は人類側の切り札でもある。
「そんな兵器があったのですね……それがあれば悪魔にも……」
「それで勝てるほど甘い相手じゃないさ。相手の数もわからないしな」
嘘でも大丈夫だと言うべきだろうが、相手が相手だ。
必ず勝てるとは言い切れない。
それだけまずい相手だからこそ、大陸の最強戦力が集まるのだから。
「そう、ですか……」
「やれることはやる。まぁ……負ける気もない」
今、できる精一杯の強がり。
それを聞き、曇っていたフィーネの表情が少しばかり晴れる。
そんなフィーネに対して、俺は告げる。
「フィーネ……問題なのは今じゃない。勝ったあとだ」
「勝ったあと……ですか?」
「勝てたとしても辛勝。人類は弱体化する。そこに加えて、帝国ではエリク兄上とレオの決戦が起きるだろう。これほど大陸が荒れることはない。魔界へ帰ったウェパルはきっと、再侵攻のチャンスをうかがっているはず。これほどの好機はほかにない。そして、俺は……その状況に拍車をかけるために表舞台から退場する」
「退場するとは……どうされるのですか?」
「暗殺されたように装う。手薄になるのは帝国だけじゃない。総司令部も手薄だ。暗殺するなら絶好の機会だろう。敵の注意も十分ひきつけた。十中八九、暗殺者は来る。それを……俺に扮したヘンリックが受ける」
「……ヘンリック様が身代わりになるということですか?」
「もちろん死ぬなとは伝えているし、備えもしているが……相手次第だ。これでアルノルトは暗殺されたことにして、レオとエリク兄上の勢力を拮抗させる」
「……暗殺者が来ない場合は?」
「自作自演でもって退場する。とにかく……俺は暗殺される。そのとき……上手くやってくれるか? 知っているのは……俺とヘンリック、そして君とセバスだけだ」
俺とヘンリックは問題ない。
そしてセバスもしっかりと演技をするだろう。
問題なのはフィーネだ。
「……エルナ様やレオ様には……?」
「伝えない。策だとバレるわけにはいかないからな」
「……悲しむ演技をしろというなら問題なくできるかと思います。お二人のことを思えば……今にも涙が出てきそうです」
フィーネは唇をかみしめる。
それを見て、俺は目を瞑る。
わかっている。二人がどれほど傷つくか。
けれど。
「……やると決めた。だからやり遂げる。セバス、フィーネのフォローを頼んだぞ?」
「かしこまりました」
「……先のことは先のことです。今は……巨大な敵に勝たなければ。ご武運を……お祈り申し上げます。アル様」
「ああ、必ず……戻る」
悪魔と戦う主力はSS級冒険者。
いくらSS級冒険者でも相手は五百年前、勝てたのが奇跡と言われる悪魔が相手だ。
死ぬかもしれない。
けれど。
死ぬわけにはいかない。
俺には目的がある。
大切な人たちを悲しませても……必ず守ると決めた。
戦場なんかで死んでいる暇はない。
「フィーネ……行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
そうフィーネに送り出されて、俺は冒険者ギルド帝都支部に飛んだ。
そこには完全装備の父上と帝都に残るすべての近衛騎士隊長がいた。
「来たか」
「どこに向かわれる? 皇帝陛下」
「無論、王国だ」
そう言って父上はニヤリと笑うのだった。