第六百二十八話 光の柱
連合軍が結成された時点で想定された、万が一の事態。
即ち悪魔の出現に備えて、王国所属のSS級冒険者のジャックは待機していた。
待機していたのは近くの冒険者ギルド支部。
そこで賢王会議の決定を聞いたジャックは、戦場へ真っ先に駆け付けた。
ほかにも多くの冒険者が王国に配置されていたが、王都支部は音信不通。他の場所にいる冒険者たちはジャックほど速く動けない。
そのため、ジャックが一番乗りという形になった。
だが、本来なら歓声でもって受け入れられるはずなのに、ジャックに待っていたのは乱暴な口調だった。
「まったく……世の中年はみんなこんな思いをしてるのかねぇ」
自分の娘と大差ない少女に乱暴な口調で手を貸せと言われ、ジャックはため息を吐く。
相手は今代の勇者だが、ジャックからすればそこは特別扱いの理由にはならない。
どんな出自、どんな力を持っていようと年頃の娘だ。
だから、自分の娘と重ねて落ち込む。
だいぶやる気がなくなってきたな、と思いつつ、ジャックは王都を覆う結界に向かって矢を放った。
だが、合わせるはずのエルナから攻撃はない。
見れば、航空戦力が相手をしていたはずの偽人兵がエルナに群がっていた。
その一部がジャックの攻撃をその身で受け止める。
威力が減衰した矢は、結界に大したダメージを与えない。
それを見て、エルナは呟く。
「使えないわね……!!」
「おい!? 聞こえてんぞ!?」
耳が良いことをこれほど後悔したことはない。
エルナのつぶやきをジャックは拾ってしまった。
ショックを受けながら、ジャックはエルナに向かって矢を構える。
もちろん、ひどいことを言われたからエルナを攻撃するつもりではない。
狙いはエルナに群がる偽人兵だ。
とにかく数が多いため、エルナは王都を攻撃する隙がないのだ。
「魔弓使いに数の利は通じないんだぜ?」
ジャックは言いながら一本の矢を放つ。
その矢は空に舞い上がると、一気に拡散して、偽人兵たちを打ち落としていく。
それを見て、連合軍から大歓声がわいた。
その歓声に満足していると、偽人兵の群れから解放されたエルナがジャックの傍に降り立った。
「やるわね? 弓使い」
「生意気な小娘だ。俺はジャック……SS級冒険者のジャックだ。覚えておけ、アムスベルグ」
「それなりに活躍したら覚えておくわ」
「ふん、だといいがな」
そんな会話をしながら二人は攻撃態勢に入っていた。
相手は結界で王都を守っている。
時間を稼ぎたいことは明白。
つまり、中で何かやっているということだ。
人類側も戦力はそろっていない。
待つという選択もあった。
けれど、二人はその消極的な選択は取らなかった。
「こそこそ隠れてないで……出てきなさい!!」
エルナは上段から聖剣を振り下ろし、ジャックは光の矢を放った。
二人の攻撃が王都を守る結界に向かう。
だが、その攻撃が当たる瞬間。
結界ははじけ飛んだ。
内側から膨大な魔力の放出があったからだ。
巨大な光の柱が天まで上る。
あまりの魔力量にエルナとジャックの攻撃も弾かれてしまう。
「あれはなに!?」
「知るか! とにかく軍を下げさせろ!」
「指図しないで! 連合軍!! 全軍後退!!」
言い合いながらもエルナは王都を囲う連合軍に後退を命じた。
この異常事態は一介の兵士では解決できないからだ。
「試しに攻撃してみるか?」
「力の無駄よ。今は温存するべきね」
エルナの意見にジャックも同感だった。
王都で何かが起きた。
それは間違いない。
あの光の柱を全力で破りにいけば、もしかしたら破れるかもしれない。
けれど、そうなればその後は何もできなくなる。
この場で悪魔に対抗できる戦力は限られている。
「待つしかないか……」
■■■
藩国の城で冒険者ギルドの到着を待っていたミアは、王国側で巨大な魔力を感じていた。
「何かが起きているですわ……」
「自分にもわかるくらいであります……」
二人はバルコニーから王国方面を見つめていた。
ミアだけでなく、トラウゴットですら異変を感じることができた。
それは民も同じようで、街はざわついている。
空は曇り、どうもおどろおどろしい。
この世の終わり。
そんな言葉がトラウゴットの頭によぎる。
それは状況をよく把握しているからだった。
漠然とした不安。
だが。
その曇り空を割る者たちがいた。
「ええええええぇぇぇぇですわ!?」
空。
間違いなく空。
そこに一隻の巨大な帆船が浮いていた。
それは城に接近すると、その場で停止した。
「冒険者ギルドのギルド長、クライドだ! 藩国代表のミア殿か!?」
「そ、そうですわ!」
「早く乗れ! 各地の冒険者を拾っていて、時間を食った! このまま王国へ向かうぞ!」
「さすがに……驚いたでありますよ……」
何が来ても驚かないと決めていたトラウゴットだが、さすがに空を飛ぶ帆船には驚きを隠せなかった。
そんなトラウゴットに向けて、クライドは告げる。
「ギルドの創設者であるアナクレトは無数の遺産を本部地下に封印した。これもその一つだ。大陸に万が一のことが起きたとき、冒険者ギルドの面々がその場に駆け付けられるように、な」
そんなクライドの言葉にトラウゴットはフッと笑う。
ざわついていた街の人々が静かになっている。
冒険者ギルドの旗を掲げた空飛ぶ帆船。それに目を奪われているのだ。
「よし! 出航!」
「武運を祈るであります!」
「かたじけない!」
トラウゴットの言葉を聞き、クライドは苦笑する。
それが気休めなのを知っているからだ。
けれど、ないよりはましだ。
そして自分たちも。
「全速力で王国へ向かえ! SS級冒険者たちに後れを取るな! 彼らの露払いこそ、我々の役目だからな!」
そう言って冒険者ギルドの帆船は、雲を切り裂き、空へと消えていったのだった。