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第六百十七話 エドモン・ドロルム



 エドモン・ドロルムは工作部隊の部隊長だった。

 年は三十半ば。若白髪が少し混じった茶髪。やや肥満気味で、野暮ったい雰囲気を纏っているが、優し気でもある。そんな男。

 趣味は読書で、とにかく本を読むのが好きだった。

 将来は学者というのがエドモンの夢だったが、それは叶わなかった。

 元々、王都にある酒屋の息子として生まれたが、まだエドモンが十代の頃に両親が死去し、エドモンは仕方なく軍に入ったのだ。

 とはいえ、仕方なく入ったエドモンが出世するわけもなく、中規模都市の地味な工作部隊に配属された。

 役目は三つの都市を繋ぐ地下道を掘ること。

 かなり前から計画されていたものだが、いくつもの事故でなかなか進んでいなかった。

 いわゆる閑職。

 当時の部隊長も含めて、誰も真面目に地下道を作る気はなかった。

 死にたくなかったからだ。

 しかし、生来、真面目な気質のエドモンは一人で周辺の土地を調べた。

 建築関連の本を読み漁った。もちろん自費だ。

 周りはエドモンを馬鹿にしたが、エドモンは気にしなかった。

 エドモン自身が楽しんでいたからだ。

 そしてエドモンは必要な情報を集め終わると、三つの都市を繋ぐ地下道の設計図を描き始めた。

 たまたま視察に来ていた軍の高官の目に留まった。

 予想以上に出来のよい設計図を見て、高官はエドモンを工作部隊の部隊長に推薦し、地下道の建設に取り掛からせた。

 それからエドモンは部下たちと共に地道に地下道を建設していき、大きな事故もなく三つの都市を繋ぐ地下道を完成させた。

 それが五年前のことだ。

 さらにエドモンは各都市間の道を整備し、よりスムーズに物資の運搬ができるようにした。

 すべて本を読んで得た知識だ。

 それを人のために活かすことがエドモンは好きだった。

 次第にエドモンは周辺の人々から信用されるようになった。

 困ったら、エドモンに聞けばいい。エドモンは何でも知っているから。

 そんな噂が流れて、どんどん人が相談してくるようになった。

 それに応じるため、エドモンはさらに本を読み漁った。

 どんな質問にも答えられるように。

 そして……帝国軍の侵攻が始まった。

 工作部隊に出番はない。

 だからエドモンは平時と変わらず、日々の雑務をこなした。その姿に、人々はよりエドモンを信用するようになった。

 けれど、状況は刻一刻と変わっていった。

 アンセム王子率いる軍と帝国軍が激突し、アンセム王子は帝国に寝返った。

 さらに連合王国の竜王まで加わり、連合軍が各都市の攻略に取り掛かった。

 エドモンたちの都市に駐屯していた守備兵を率いる将軍は、負けを察して逃亡。

 誰もがどうしていいかわからなくなっていた。

 けれど、帝国軍に降伏したらひどい目に遭わされるという噂は流れていた。

 本で帝国のことを良く知っていたエドモンは、そんなことはないだろうと思っていたが、戦争になれば何がどうなるかわからない。

 だから、せめてできることだけやろうと、エドモンは相談しにくる人たちに答え続けた。

 そうしているうちに、エドモンは三つの都市のリーダーに担ぎ上げられていた。

 エドモンより階級が上の者もいたが、皆がエドモンを頼りにしていた。

 しまいには王都から使者が到着し、三つの都市をすべて統括する将軍に任じると言ってきた。

 名実ともにエドモンは三都市の代表になったのだ。

 その頃には帝国軍の侵攻は始まっていた。

 エドモンはできるだけの備えをするため、寝ずに帝国軍来襲に備えた。

 本で蓄えた知識を総動員し、敵軍の行動を予想し、工作部隊として培った経験で防備を固めた。

 その備えは一度も戦闘の指揮を執ったことがない者とは思えないほど完璧で、思わずレオナルトが進軍を止めるほどだった。

 しかし、だ。

 上には上がいる。

 そのことをエドモンは痛感していた。


「敵左翼前進!」


 確実に指揮官が代わった。

 なぜと考える時間はなかった。 

 とにかく敵の動きが今までとは違う。

 だからエドモンは焦っていた。

 これまではこちらを気遣う素振りがあった。エドモンもできれば戦いたくないし、相手も被害を恐れていた。

 しかし、指揮官が代わった。

 感じるのは圧力。

 油断したら飲まれる。そんな緊張感をエドモンは感じていた。


「左翼は陽動だ! 気にしなくていい!!」


 そう指示を出し、エドモンは全体の様子を俯瞰する。

 敵は基本的に最小限の犠牲で勝とうとしている。その点は前任と変わらない。

 違いは、前任は隙を探していたのに対して、今は隙を作り出そうとしている。

 より、積極的なのだ。

 しかし、基本方針は変わっていない。犠牲をいとわない戦いをしない以上、隙が無い状態で攻めてくることはない。

 だから左翼は陽動だとわかった。

 しかし。


「左翼停止後、再度前進!!」


 そんな馬鹿な!?

 エドモンは驚き、一瞬だけ考え込む。

 周りの者はエドモンの指示を待っている。

 その期待に応えなければという思いと、敵の意図が読めない以上、下手なことはできないという思い。

 その二つに挟まれた結果。

 少し遅れて、エドモンは指示を出した。


「予備兵を五百人、敵左翼に対して移動!」


 完璧な指示ではない。けれど、及第点の指示。

 けれど、相手は完璧以外許してくれない。


「敵本陣から竜騎士が! いえ、あれは天隼……! 帝国の第六近衛騎士隊です!」

「こちらの左側に飛んでいるぞ!?」

「弓隊を至急向かわせるんだ!」

「敵本陣から騎馬隊が出撃! 白いマントを羽織っています!」

「また近衛騎士隊……!!」

「こちらの右から回りこんできます!! すごい速さだ!!」

「騎馬じゃ城壁は抜けない! 近づいてきたら矢を放て!!」


 精鋭部隊の集中運用。

 これまでは小手調べでもしているのだろうと思ったが、近衛騎士隊が出てきたなら話は違う。

 敵は本気。

 そう判断し、エドモンも覚悟を決めた。

 必ず敵は攻めてくる。

 防ぐには後手に回ってはいけない。

 先読みしなくては。

 二つの近衛騎士隊の投入で、左右に戦力が分散した。

 ならば、この隙を逃したりはしない。

 そしてこれまでの傾向から、敵の指揮官は正面からの正攻法には出ない。

 先制の攻撃は必ず意表をついてくるはず。


「後方に戦力を集中!」

「敵本陣から竜騎士が……白い竜騎士が飛び立ちました!!」

「帝国の白い竜騎士……!? 近衛騎士隊長のフィン・ブロストだ!!」

「急ぐんだ!! 後方から来るぞ!!」


 相手は戦局を一撃で変えられる近衛騎士隊長。

 その一撃で崩されたら、守り切ることは不可能。

 しかし、敵の指揮官は無理をしない。

 ここで耐えきれば諦めるはず。

 だからエドモンは必死に指示を出した。

 そんなエドモンの目に勢いよく突撃してくる白い竜騎士の姿が映った。

 その姿にエドモンは釘付けになる。

 どんな攻撃が来ようと、必ず対処して見せる。

 そんな覚悟をもって、注意深く見つめるエドモンの上を白い竜騎士は低空で通り過ぎていく。

 その瞬間。


「帝国の勇猛なる兵士たちよ! 帝国第八皇子、レオナルト・レークス・アードラーが命じる!! 続けぇぇぇ!!!!」


 敵中央軍が前進を開始した。

 ここで物量攻撃。

 完全に後手を踏まされた。

 兵士たちは混乱している。

 このままじゃ大した抵抗もできず、やられてしまう。

 だからこそ、エドモンは声のかぎり叫んだ。


「弓兵用意!! 油と石も準備だ! 正面から攻撃してくるなら、予定通り防衛するんだ!!」


 それは一番に対策した攻撃。

 正面の兵力は僅かだが、城壁を突破するには時間がかかる。

 その間に何とか兵力を移動させて、敵の猛攻に耐える。

 後手を踏まされた以上、それしかできない。

 だが、不思議なことに敵兵はエドモンたちから見て、左側に転進していく。

 矢が届くギリギリで。


「や、やめた……敵は来ないぞ!!」

「は、はは……臆病風に吹かれたか!」

「やった! よかったぁ……」


 敵の転進を見て、兵士たちに安堵が広がる。

 それはエドモンとて例外ではない。

 こちらを疲れさせるための策。

 そう判断し、ふぅと息を吐いた。

 そんな正面城壁に二人の人物が現れた。

 白いマントを羽織った桜色の髪の女性。

 驚くほど綺麗なその女性に見惚れる余裕は、エドモンにはなかった。

 その女性と共に現れたのは黒髪黒目の男。

 羽織っているのは蒼いマント。

 それが許されるのは帝国において元帥のみ。

 そして敵軍に帝国元帥は一人だけ。


「連合軍総司令、アルノルト・レークス・アードラーだ。敵将、ドロルム殿に会いに来た。お目通りは叶うだろうか?」


 やってきた男は不敵な笑みを浮かべ、ジッとエドモンを見つめてきたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 良いところで中断しないで欲しかった…!!な、生殺し…!!
[良い点] 戦好きではないのに指揮官として優秀な苦労人とか ヤン・ウェンリーを彷彿とさせるなぁ
[良い点] よい人材見つけた、って顔してるなこの皇子。
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