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第六百十五話 レオの軍



 北のウィリアム軍、南のアンセム軍。

 快進撃を続ける二つの軍に対して、レオの軍は正直、物足りない。

 それは、前提として王国軍はすでにガタガタだからだ。

 アンセムがこちらについた以上、すでに王国の敗北は間近といっていい。

 今は勝利を求める戦いじゃない。内容を求める戦いだ。

 どれだけ人命を救えるか、そこに焦点が当たっている。

 つまり、相手が弱いのだ。自分たちが強いと言い換えてもいい。

 それなのにレオの軍は中々前進できてない。


「さて、レオはどんな顔をしているかな?」

「殿下、本陣に降下しても構いませんか?」


 フィンの言葉に俺は頷く。

 航空戦力として圧倒的なフィンは、総司令部直轄となっている。

 厄介な敵が出てきた時、俺がすぐに前線に向かうことができるからだ。

 その周りにはエルナたち第三近衛騎士隊が固めている。

 総司令の移動なため、空での移動でも厳重だ。

 ただ。


「よろしいのですか?」

「どういう意味だ?」

「いきなり総司令が空から現れたら、騒ぎになりますよ? おそらく兵士は動揺します」

「騒ぎにさせればいい。お忍びで見学しにきたわけじゃないからな」

「わかりました」


 俺の言葉を受けて、フィンは頷き、レオの本陣へ降下していく。

 多くの天幕が並ぶ本陣の中央。

 そこにフィンとノーヴァが降り立つ。

 その背から降りると、すぐさまエルナたちが護衛の隊形を作った。


「大げさだな。味方の陣内だぞ?」

「油断は禁物よ。あなたは今、総司令なんだから」

「それもそうか」


 こればかりはエルナが正しい。

 頷くと、エルナはフッと微笑み、大きな声で告げた。


「連合軍総司令、アルノルト・レークス・アードラー殿下がお通りになるわ!! 道を開けなさい!!」


 何事かと集まっていた兵士たちは一様にギョッとした表情を浮かべ、直立不動で敬礼する。

 そしてレオの天幕へ道ができた。

 様子を見に来た兵士、作業をしていた兵士、たまたま歩いていた兵士。

 皆が俺に気づき、敬礼をしてくる。

 それに対して俺は敬礼を返す。

 面倒ではあるが、これは前線で戦う兵士たちへの礼儀だ。

 そんなことをしていると、慌てた様子でレオの旗下にあるハーニッシュ将軍が駆け寄ってきた。


「総司令閣下!! お出迎えもせず申し訳ありません!!」

「いきなり来たのはこっちだ。気にするな」


 相当急いで出てきたんだろう。

 ハーニッシュは鎧すらまともにつけていないし、服も乱れている。


「服くらいまともに着ろ。兵士に笑われるぞ」

「し、失礼しました!!」


 ハーニッシュはしまったという表情を浮かべ、すぐに服の乱れを直す。

 俺が服の乱れについて他人に指摘する日が来ようとは。

 人生とはわからないものだ。


「レオはどうしている?」

「は、はっ! レオナルト殿下は現在、前線の偵察に向かっております」

「と、なると本陣を預かっているのはヴィンか」

「か、閣下! 僭越ながら申し上げます! 都市の攻略がなかなか進まないのはレオナルト殿下のせいではなく……」

「将軍、無駄な言い訳はよせ。結果を出せていないことには変わりない」


 ハーニッシュの言葉を遮ったのは、天幕から出てきたヴィンだった。

 さすがに表情は渋い。

 だが、それでもヴィンは恭しく一礼して、俺を天幕に招いた。


「遠路のお越し、ありがたく存じます。総司令閣下。前線の状況については中で説明させていただきます」

「頼む」


 ヴィンとは昔からの付き合いだ。

 それでも互いに立場がある。

 レオ直属の軍師が、兵士たちの見ているところで不遜な態度を取るわけにいかない。

 互いにそれが嫌であっても、だ。




■■■




「どうして来た?」


 天幕に入った瞬間、ヴィンが呆れた表情で俺に告げた。

 それに対して、俺は天幕の中にある椅子に座りながら答える。


「来ちゃ駄目か?」

「総司令の自覚がないのか? 敵の勝ち筋はお前の首を取ることくらいだ。それでも戦況が大きく動くことはないが、狙われる可能性が段違いだということをわかっているのか?」

「自覚はしている」

「なぜ止めない? 近衛の仕事すら忘れたか?」

「止めたわよ! 行くって聞かなかったの!」

「力づくでも止めろ! それがお前の役割だ!」


 ヴィンの言うことは正しい。

 レオが総司令で、俺が前線の将軍だとして、レオが前線に出てきたらエルナは傍にいたヴィンに同じことを言っただろう。

 ただし。


「腕っぷしだけが取り柄のくせに、それすら忘れたか?」

「なんですって!? 子供の頃、座学のテストで年下の私に点数負けたのを忘れたのかしら? あなたは勉強ばかりしていたのにねぇ?」

「ああ、昔のお前のほうがまだマシだった。力づくでアルに言うことを聞かせていたからな。退化するとは情けない」

「頭に来たわ! その憎たらしい顔に愛嬌が出るまで殴ってやろうかしら!!」


 一言も二言も余計なのはヴィンらしい。

 売り言葉に買い言葉。

 いつも言葉じゃ勝てないのに、喧嘩を受けて立つエルナも学ばないといえば学ばない。

 二人なりの歪なコミュニケーションともいえる。

 ムッキーっと今にも襲い掛かりそうなエルナを、近衛騎士隊の部下たちが押さえる。

 ある意味、見慣れた光景だ。


「それで? 状況は?」

「ここから先の三つの都市は、強固な防衛網を敷いている。他の都市とは備えが段違いなうえに士気も高い。一度、攻略に取り掛かったが、敵将の対応が見事すぎた。レオは被害が出ると踏んで、包囲に切り替えた。他の都市を落とすという手もあったが、この三つを攻略しなければ、ほかの都市攻略にも影響が出る。だから今、時間をかけているというわけだ」

「ハズレだったな、エルナ」

「何がだ?」

「エルナは、レオがレティシアにうつつを抜かしていると言ってたんでな」

「い、言わなくてもいいでしょ!?」

「お前じゃあるまいし、レオはしっかりと自分の役割を全うしている。お前じゃあるまいし」


 あまりの悔しさにエルナは声も出せないという様子だ。

 二度も言われて、今にも嚙みつきたいという感じだが、分が悪いというのも理解しているらしい。

 だが。


「レオがサボっているほうが楽だったんだが……思ったとおりにはいかないもんだな」

「本来、この地域を任されていた将はすでに逃亡している。今、都市を統率しているのはなし崩し的に繰り上がった者だ」

「レオの考えは?」

「放置はあまりにも危険。この周辺一帯の精神的支柱にもなっているため、その将をどうにかすることができれば、ほかの都市も開城に応じるはず、だと」

「その将の名は?」

「姓だけは判明している。敵将は〝ドロルム〟。貴族ではなく、平民。元々はただの部隊長だそうだ」

「平民か……」


 嫌な単語を聞いて、俺はため息を吐いた。

 貴族とかなら付け入りやすいんだが、とくにそういう後ろ盾もなく、緊急時に周囲から押し上げられた人物は厄介だ。

 たしかな実力があるということだからだ。


「平民だと都合が悪いの? アル」

「別に貴族でも平民でも構わないんだが……一人、平民出身で厄介な大人物を知っているんでな。戦時に頭角を現すような奴は油断ならない」

「厄介な大人物?」

「我らが宰相閣下だ」


 ヴィンの答えを聞いて、エルナは納得したように、ああぁ、と呟くのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 行動や結果を叩きあってるだけ2人もいつもより真面目なんだろうなw
[良い点] 今代の皇帝陛下最大の功績、と言われた平民出身の宰相閣下ですね。 それを例えに出されちゃ文句も軽口も出ませんな。 [一言] ヴィンの「お前じゃあるまいし」の言葉には「(結局のところ惚れた弱み…
[一言] 宰相。そう言えばそうだっけ。 父上を勝ち上がらせた懐刀的人物と目されている人だったかな。
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