第六百十三話 連合軍の方針
連合軍総司令アルノルト・レークス・アードラーが最初に発した命令は、〝王都以外のすべての都市の制圧〟だった。
そのため、連合軍は王都には向かわず、三軍に分かれて各都市の攻略にかかった。
理由は二つ。
一つ目は、即王都に攻撃を仕掛けても、すぐには落とせないから。
王国の王都は最後の砦。それなりの防備も整えており、王太子直轄軍も健在。この状況で大軍の利を生かして攻め込んでも、敵は籠城戦でもって受けて立つ。ならば、ほかの都市の攻略を優先すべき。
二つ目は、敵に連なる都市を残しておくと、偽人兵の材料にされかねないから。
王都を囲んでいる間に、ほかの都市で偽人兵が生み出されれば、その対処に追われる。
そしてなにより。
多くの民が犠牲になる。
そのため、総司令アルノルトは王都以外の都市の攻略を命じた。
同時に、それは王都の民を見捨てるという決断でもあった。
敵は民を兵器として利用している。
最も危ないのは王都の民。
最良なのは即座に王都を攻略して、王太子の魔の手から王国を救うこと。
だが、アルノルトはそれを不可能だと判断した。
この場に百万の軍勢がいても、アルノルトは同じことを決断していた。
敵は固く守り、外に出てこない。
小細工の効かない敵は正面から叩くしかなく、正面から叩けば時間がかかる。
ゆえに救える民から救う。
それがアルノルトの判断であり、連合軍の各将もそれを支持していた。
「敵、来ます!!」
部下の報告を受け、北、中央、南の三軍のうち、北側の進軍を任された竜王ウィリアムは、即座に反転した。
「退くぞ! 続け!!」
攻略にかかっていた都市から、空飛ぶ疑似モンスター、偽人兵が現れる。
その数は三千ほど。
竜騎士団で相手ができない数ではないが、正面から対処すれば損害も大きくなる。
そのため、ウィリアム率いる竜騎士団は即座に撤退した。
全速力で逃げる竜騎士団。
彼らは地面を這うようにして飛ぶ。
その後を偽人兵たちも追っていく。
だが、突如として竜騎士団は一気に高度をあげた。
偽人兵もそれを追おうとするが、そのせいで無防備な姿をさらしてしまう。
その隙を逃さず、待ち構えていた帝国軍が一斉に攻撃を開始した。
「撃てぇぇぇぇぇ!!!!」
号令と共に無数の矢や魔法が放たれる。
空に注意が向いていた偽人兵は次々にその餌食となる。
一部はなんとか空へ上がるが、そこには竜騎士団が待ち構えていた。
一斉攻撃を食らい、偽人兵は空へと落ちていく。
その様子を見て、ウィリアムは薄ら寒いものを感じていた。
偽人兵に、ではない。
「たった一度、遠巻きで見ただけで特性を見抜き、対抗策を考えるとは……」
偽人兵は確かに厄介な存在だった。
しかし、脅威となる存在を追う習性があった。
同じく空を飛ぶ竜騎士。それが偽人兵の最大の脅威であり、目の前に敵が現れないかぎりは竜騎士を追う。
ならば、竜騎士を囮にして、敵を罠に誘いこめばいい。
そう言って総司令アルノルトは、各軍に竜騎士の部隊を配置した。
そしてそれは効果覿面。
あれほど厄介だった偽人兵に手こずることがなくなってしまった。
恐ろしいのは、それを考えた総司令アルノルトには偽人兵と戦った経験がないということだ。
遠くで見て、伝え聞いた情報で弱点を看破し、全軍で実用可能な対抗戦術を用意してしまった。
そのことにウィリアムは恐ろしさを感じていたのだ。
自分が指揮する軍でそれを採用するならわかる。高度な戦術眼を有していれば、それは可能だし、それくらいならやるだろうとウィリアムも想定していた。
けれど、アルノルトはウィリアムの想定を大きく超えてきた。
突出した才能を持つ者が自分でやるよりも、平凡な者にそれなりのことをやらせることのほうが遥かに難しい。
だが、アルノルトの考案した戦術は突出した才能を必要としない。
率いているのがウィリアムやアンセムでなくとも、実現可能な戦術だ。航空戦力がいれば、可能な囮作戦。
今になって思えば、大して複雑な作戦ではない。誰でも思いつきそうなものだ。
しかし、偽人兵が登場してから間もない。
あっさり対抗策を講じるというのは、とんでもないことなのだ。
今まではレオナルトが主導で、アルノルトは補佐。
帝国北部での決戦ですら、主力はレオナルトだった。あくまでアルノルトは助攻。
だが、ここにきてアルノルトは全軍を自由に動かせる地位についた。
他人に合わせるのではなく、戦域全体をコントロールできるようになった。
そちらのほうが向いているだろうな、とウィリアムも思っていた。
けれど。
「よもやレオナルト以上とはな……」
十万を超える大軍を指揮する場合、総司令官は後方で全軍を統括する。
レオナルトはその役割より、直轄軍を率いて戦うほうが向いている。前線の将軍よりの人材だ。それはウィリアムも同じこと。
アルノルトはそちらより参謀型。後ろで戦場を操るほうが向いているとは思っていたが、向いているどころの話ではない。
「陛下!! すべて片付きました!」
「よし! 都市へ入れ! くれぐれも民間人に危害を加えるな! 我らの目的は彼らの解放なのだからな!」
部下に指示を出し、ウィリアムはゆっくりと降下していく。
帝国軍と連合王国軍の混成軍がゆっくりと都市へ向かう。
すでに落とした都市は三つ。
なかなかのスピードだ。
だが、それを誇る気にはなれない。
とても自分の力で成し遂げたとは思えないからだ。
今の自分は盤面の駒。
指し手は別に存在する。そしてその通りに動かされている。
「今日中にもう一つ攻略できそうだが……それも予想通りなのだろうな」
フッと笑いながらウィリアムは飛竜から降りた。
予想通りという顔をされるのは気に食わないが、予想より下と思われるのはもっと気に食わない。
ましてや同格の将軍はアンセムとレオナルト。
負けてなるものかという気持ちが芽生えている。
そして、きっと。
「それすら計算通りか……」
恐ろしい男だ。
帝国は帝位争いで混乱した。
かつて皇太子の下でまとまっていた帝国は脅威だった。
このまま大陸制覇すら成し遂げんばかりの輝きがあった。
あの時の輝きは二度と戻らない。
そう思っていたが、混乱は新たな星を生み出した。
しかもそれは双星。
「祖国が大陸と接していないことをこれほど感謝する時がくるとはな……」
今は味方だが、すべてが終われば競争相手となる。
協調路線は取るつもりだが、何が起きるかはわからない。
変事の際、連合王国には海という天然の要害が存在する。
その点だけではほかの国よりはマシだろう。
皇帝レオナルトの下で数十万の大軍を率いる総司令アルノルトの脅威に晒されずに済むのだから。