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第六百十二話 二人の弟妹



 帝剣城。

 そこで第十皇子ルーペルトは剣術の稽古を受けていた。

 稽古をつけるのは第十一近衛騎士隊の隊長を務めるオリビエだった。

 外交部隊と言われる第十一近衛騎士隊だが、それでもオリビエの実力は並みの近衛騎士を容易に上回る。

 しかし、現役の近衛騎士隊長が稽古をつけることは滅多にない。

 ルーペルトが無理を言っての稽古だった。


「殿下、踏み込みが甘いですよ」

「うん!」


 模擬戦用の剣。

 その子供用のやや短く、軽い剣。

 ルーペルトの体格ではその剣が最適だった。

 しかし、そういう剣を使う以上、より強く踏み込まなければ強い一撃は放てない。

 ましてや相手はオリビエだ。

 怖がっていては稽古にならない。

 だからルーペルトは思いっきり前に踏み込んだ。

 しかし、すぐに後ろに下がってしまう。


「殿下?」

「ご、ごめんなさい……なんだか嫌な予感がして……」

「なるほど」


 技術は未熟。

 体もできていない。

 今まで剣術の稽古に本腰をいれていない皇子なのだから当然だ。

 しかし、さすがはアードラーの家系。

 勘が良いとオリビエは感心していた。

 踏み込むルーペルトに対して、オリビエはカウンターを用意していた。

 それを行う寸前、ルーペルトは察知して身を引いたのだ。

 アードラーらしい感覚。

 危機察知能力は兄たち譲りかと思いつつ、それを気にしてばかりいたら稽古にならない。


「殿下、危ないと思う感覚は大事ですが、その感覚に従ってばかりいては攻めることはできません。怖いと思えば、体が竦みます。しかし、人と戦う以上、怖いと感じるだけでは勝てません。ときにはそれを克服しなければ」

「う、うん」

「それではもう一本いきましょう」


 そう言ってオリビエは剣を構えた。

 それに対して、ルーペルトも剣を構える。

 隙だらけの構えだが、それでも立ち向かおうという気概はあった。

 頼りないと言われるルーペルトだが、帝都での反乱以降、常に稽古を怠らなかった。

 まだまだ体も技術も成長段階ゆえ、結果は伴っていない。

 けれど、素質はあるとオリビエは思っていた。

 少なくとも頼りないだけの皇子はもう卒業したといっていいだろう。


「はぁっ!」


 ルーペルトは声と共に仕掛ける。

 オリビエはそれを受けていく。

 子供の攻撃だ。オリビエからすれば捌くのは簡単といえた。

 けれど、オリビエはあえてギリギリで受け止めていた。

 そして、隙をあえて作りだした。

 その隙に気づき、飛び込むことができるか見ていたのだ。

 一方、ルーペルトは必死に攻めていた。

 本能が危険だと呼びかけてくる。

 アードラーの血が騒ぐのだ。

 相手のほうが強い、と。

 しかし、それに従ってばかりでは成長できない。

 逃げることしかできない自分が嫌だから、わざわざ稽古をつけてもらっている。

 思い出せ、とルーペルトは自分を奮い立たせた。

 あの日。

 あの時。

 家族を見捨てることしかできなかった無力感を。

 自分が強ければ逃げることはなかった。

 強ければ自分の我を通せる。あの日、弱いから逃げるしかなかった。

 強ければ……家族を守れたし、任された任務を果たせた。

 強くなりたい。

 初めてそう思えた。

 優秀な兄たちがいるから、自分は何もしなくてもよいと思っていた。

 母は皇国との関係のために帝国に入り、そして自分が生まれた。

 必要とされて生まれてきたわけじゃない。

 だから、何かを頑張ろうと思ったことはなかった。

 だけど。

 困難は予期せぬところでやってくる。

 誰も助けてくれないときもある。

 誰かに救いを求めるのは簡単だけど。

 その前に自分にできることをやるべきだ。

 兄や姉は戦っている。

 役には立たないけれど。

 せめて。

 アードラーの名に恥じない皇子になりたかった。

 そんなルーペルトの目に、オリビエがあえて作った隙が映った。

 これ以上進めば、逃げられなくなる。

 そう本能が訴えかける。

 それを無視して、一歩踏み出したとき。

 声が届いた。


『行け。恐れなど踏みつぶせ』


 懐かしい声だ。

 その声に従い、ルーペルトはオリビエの懐にもぐりこんだ。

 今までとは動きが違った。

 突然の変貌にオリビエは目を見開く。

 そして、剣士としての本能に従って、全力でルーペルトの攻撃を防御した。

 オリビエから見て、右の下からルーペルトは剣を振り上げてくる。

 それに対してオリビエは剣を振り下ろす。

 受け止めてはいけない。そう思っての対処だった。

 小柄な女性とはいえ、大人なオリビエの振り下ろし。

 普通ならルーペルトの攻撃が弾かれる。

 しかし、想像の上を行くルーペルトの一撃で、オリビエの剣が宙に舞った。

 弾かれたのだ。オリビエの剣が。

 子供の剣じゃない。

 まるで大柄な男性のような、剛の剣。

 驚き、オリビエはルーペルトを見つめる。

 ルーペルトの方も驚いているのか、唖然としている。


「さすがは殿下……素晴らしい一撃でした」

「う、うん……あれ? 痛っ……」


 ルーペルトは体中が痛いことに気づいた。

 全身が筋肉痛のようだ。

 それを見て、オリビエは笑みを浮かべた。


「今日の稽古はここまでにしましょう」


 言いつつ、オリビエはルーペルトから剣を受け取る。

 子供用の模擬剣には耐えきれない一撃だったからだろう。

 ルーペルトの剣にはヒビが入っていた。

 あの小さな体のどこにそんな力があるのか。


「あの剣はまるで……」


 少し考えこみ、オリビエは思考を振り払った。

 いくら弟とはいえ、いきなり剣技を模倣できるわけがないからだ。




■■■




 ルーペルトが剣術の稽古をしている頃。

 クリスタも別の場所で稽古を行っていた。

 魔法の稽古だ。


「さすがは殿下」


 魔法の教師がそう言って、クリスタを褒める。

 クリスタが行っているのは、簡単な魔力の弾を作り出し、教師が作り出した球体を壊すというものだった。

 しかし、想像以上に集中力を消費するため、クリスタは目に見えて疲れていた。


「疲れた……」

「そうですね。では、これを最後にしましょう」


 そう言って教師はかなりの数の球体を作り出した。

 それを見て、クリスタは固まった。


「……無理」

「すべてを壊す必要はありません。できるだけ壊してみましょう」

「それなら……」


 渋々ながら受け入れたクリスタは、右手を前に出す。

 クリスタは膨大な魔力を持っているが、魔法が苦手だった。

 しかし、最近のきな臭い状況からせめて護身用の魔法くらいは覚えたほうがいいということで、こういう稽古が行われていた。

 しかし、あまりやる気を見せないクリスタがこういう稽古を受けるのは珍しかった。これまでも皇帝は何度も魔法を習わせようとしたが、すべて長続きしなかった。

 今回、多少なりともやる気を見せたのは、弟であるルーペルトに触発されたというのもあった。

 クリスタにとって、ルーペルトは唯一の年下の皇族だ。

 そのルーペルトが頑張っている。

 それを見て、自分も頑張らなければという思いが芽生えたのだ。


「よいしょ……」


 どうにか魔力弾を作り出したクリスタは、それをコントロールすることに苦労していた。

 けれど。


『腕を使いなさい。頭で考えるより楽よ』


 頭の中に聞こえてきた声に従って、クリスタは腕を振る。

 すると、思ったとおりに動いた。

 さらに。


『動かしたい場所を先に想像しておきなさい。ルートを設定して、その通りに動かすの』


 言われるがままにクリスタは、すべての球体を壊すルートを頭の中で想像する。

 そして、腕を振った。

 高速で魔力弾が動き、教師が生み出した球体をすべて破壊して見せた。


「で、殿下……?」

「意外に簡単……」


 まるで別人のような手腕に教師は固まる。

 クリスタはというと、自分がしたことをただ振り返っていた。

 頭に聞こえてきたアドバイスに従った結果、上手くいった。

 懐かしい声な気もしたが、とにかく疲れすら感じることなくクリアできた。


「魔法、楽しいかも……」


 そうは言いつつ、クリスタは軽く教師に一礼するとそのまま部屋を後にしたのだった。




■■■




 帝剣城の廊下。

 皇帝であるヨハネスはそこを宰相であるフランツや、護衛の近衛騎士たちと共に歩いていた。 

 そんなヨハネスの後ろから声が聞こえてきた。


「父上!」

「お父様」


 ふとヨハネスは振り返る。

 それはきっと幻だった。

 疲れていたから、もしくはそういう願望があったからか。

 ヨハネスの目にはすでにこの世にいない息子と娘。

 ゴードンとザンドラの姿が映った。

 恐れはない。

 自らを死に至らしめた父に復讐しにきたとも思わない。

 ただただ、懐かしい子供の姿にヨハネスは一歩近づく。

 二人の幻はそんなヨハネスに向かって微笑む。

 同時に、幻は消え去り、駆け寄ってくるルーペルトとクリスタの姿が映った。


「父上! 聞いてください! 今日、オリビエ隊長の剣を弾くことができたんです!」

「私も教師の人の課題、簡単にクリアした……」

「お、おお! そうか! さすがは我が息子、我が娘だ! 父は誇りに思うぞ!!」


 そう言ってヨハネスはルーペルトとクリスタを抱き寄せる。

 しかし、視線はあちこちをさまよう。

 すでにいない幻を探しているのだ。

 自分の見間違えと納得すると、ヨハネスは二人を伴い、歩き始めたのだった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 何かの術で蘇ってる?それだと良いなー。 狂ってなければこんな未来が普通にありえたのか。。。
[一言] となると...旗艦でアルを手助けしてくれたあの人はやはり...
[気になる点] ザンドラとゴードン、肉体から解放されて本来に戻った?
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