第六百四話 ルイヴィーユ要塞
ルイヴィーユ要塞。
王国最大にして、最高の要塞。
海に面しており、港を覆うようにして三層の壁が並んでいる。
そこにレオ率いる帝国軍、アンセム率いる王国軍、ウィリアム率いる竜騎士団はやってきていた。
彼らが守るのはシャンタルの民、五万。
要塞までの道中は一応、平和だった。
偽人兵を食い止めるため、軍を分けたレオとアンセムだったが、偽人兵は一定距離離れると攻撃してこなくなった。
しかし、近づけば攻撃してくる。
民の護送が最優先ということで、レオとアンセムは分けた軍を再合流させた。
その道中。
レオとアンセムは完全に帝国軍と王国軍を分けた。指揮官同士の合意があるとはいえ、先ほどまで戦っていた相手だ。
仲良くするなど不可能。
そのため、何かに共同で当たらせる気はなかった。
民の前方に王国軍、後方に帝国軍がついた。
万が一、王国軍が裏切ったときに挟撃されないためだ。
空には竜騎士団。
王国軍としても攻撃されたらひとたまりもない。異常な緊張感が王国軍の中には漂っていたが、その緊張感の中で暴発することがなかったのは指揮官であるアンセムに対する信頼があったからだった。
そんな事情がありながらも、どうにかルイヴィーユ要塞にたどり着いた。
「で、殿下! これはどういうことですか!?」
「王太子は民をモンスターに変えようとした。じきに王国は大陸の敵として認識されるだろう。もはや王太子にはついていけん。俺は王国を残すために、帝国と手を組んだ。帝国は敵ではない。敵は王太子だ。門を開けろ。まずは民を逃がす」
アンセムの言葉に将軍はすぐに門をあけた。
すんなりいったのも当然。
王国軍に所属する多くの者は、王太子よりもアンセムが王位を継ぐべきだと思っていたからだ。
ようやく立ってくれた。
そんな思いが要塞の兵士たちにはあった。
そのため、アンセムは大歓迎で要塞に迎え入れられたのだった。
■■■
「第一層の守備は我々王国軍が引き受ける。第二層は帝国軍。第三層は予備戦力だ。空の守りは竜騎士団に任せる。それで構わないな?」
「帝国としては問題ありませんが、一番血を流すことになるのは王国軍だ。後ろに帝国軍がいる状況でまともに戦えると?」
「戦ってみせるさ。元々、王国の問題だ。矢面に立つのは当然。それに即席の同盟軍に連携は期待できん。同士討ちになるのが目に見えている」
「アンセム王子の言う通りだ。これ以上の布陣はない」
ウィリアムがアンセムに賛成したことで、レオは苦笑して頷いた。
王国軍の被害は甚大なものになるだろう。
しかし、その姿を見せなければ帝国軍とは協力できない。
流す必要のある血といえた。
それはレオにとって受け入れがたいものだったが、どうにかする時間もなかった。
「避難民の船は?」
「用意している。避難民のことは姉上に任せる。とにかくここから脱出させるのが先決だ」
「船は足りますか?」
「老朽船まで動員し、ギリギリまで乗り込めばなんとかなる。目的地は獅子の顎の手前。そこまで行けば王太子の影響力は届かない。あとのことは帝国任せになるが……」
「すでに伝令を出しています。無事に伝令がたどり着けば、ハーニッシュ将軍の軍が対応するかと……ただ、その前に兄の連合艦隊と遭遇する可能性が」
「アルノルトなら軍船か避難船かの区別くらいはつく。保護してくれるならそれに越したことはない」
「たしかにアルノルト皇子なら問題あるまい。その場合、こちらへの援軍が遅れるという問題が発生するが。レオナルト皇子、連合艦隊の位置は?」
「さぁ? 何の話もしていないので。こちらの状況を見て、兄さんが合わせるというのが作戦ですから。僕には何とも」
アンセムとウィリアムは同時に顔をしかめる。
愚か者ならそんなものは作戦と呼ばないと叫ぶだろうが、二人は愚か者ではない。
成立させる能力があるならば、それは作戦として成り立つ。
そしてアンセムもウィリアムも、〝してやられた側〟なため、それが成功するだろうことは予想できた。
ただ、実情を聞くと複雑な気持ちになった。
レオですら知らないことを、敵が読めるわけがない。
ウィリアムはまんまと挟撃され、アンセムはそれを知っていたから挟撃されるような場所には入らなかった。それしか手がなかったのだ。
「双子というのは……理不尽なものだな」
「双子で括るな。こいつらだけだ。他に居てたまるものか」
何の連絡も取らず、遠く離れた軍隊同士で連携が取れるわけがない。
どのような兵法書にもそんなことは書いてない。
しかし、やってしまう存在がいる以上、認めざるをえない。
「しかし、あの空飛ぶモンスター、偽人兵といったか? あれ相手に籠城がいつまで持つか……」
「竜騎士でも相手は厳しいか?」
「試作品の竜魔槍はまだ少数だ。装備している者は戦えるが、そうでない場合は接近戦をする必要がある。しかし、空での小回りは向こうのほうが上だ。短時間の交戦だったが、それなりの損害が出た」
空での戦いは機動力。
相手は人間が空を飛んでいるようなものであり、竜騎士は空飛ぶ竜に跨っている。普通の竜騎士が機動力で勝てるわけがない。
「要塞に攻め込むときはさらに戦力を増やしているだろう。あれが数万いるなら……もはや戦争ではない。討伐だ。専門家に任せるべき案件だが……この大陸では専門家の手足を国家が縛っている。しばらく来ないだろう」
「来るまで時間を稼ぐまでのこと」
アンセムの言葉にウィリアムが告げる。
しかし。
「王国は連合王国とは違う。SS級冒険者の力は重々承知のはず。それなのに参戦理由を作り出した。僕には……SS級冒険者が来ても問題無いという意思の表れに思える」
「というと?」
「あの偽人兵の後ろには悪魔がいる。SS級冒険者の相手は彼らにさせるつもりだと思います」
「王太子が悪魔と手を組んだと?」
「僕は悪魔と戦ったことがありますが……手を組むというのは難しいかと。悪魔と人は対等じゃない。上手く利用されているか……取り込まれたか。どうであれ、さらに危険が予想される以上、ここでSS級冒険者を消耗させるわけにはいかない。この場は僕らでなんとかしましょう」
「やれやれ……王国軍と戦う予定で出陣したのに、相手がモンスターとはな。王国上層部が取り込まれているなら、これは悪魔による大陸侵攻と同義だ」
ウィリアムはそう言いながらも笑う。
面白いとばかりに。
「何が面白い?」
「良い機会だと思ってな。この目で聖剣が見られる機会かもしれん」
「勇爵家の神童か……伝令が間に合えばいいが」
「伝令は走らせていますが、北部まで距離がありますからね。それに来ても僕には聖剣を使用させる権限はありません。持っているのは全軍総司令です」
「つまり……すべてはアルノルト次第か」
「いつものことですよ。安心してください。兄さんは鼻が利きますから」