第六百話 動いてはいけない
無事六百話達成!
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アンセムが倒れたことで王国軍は戦場から最も近い中規模都市、シャンタルに籠城することになった。
そんな王国軍に対して、レオには二つの選択肢があった。
一つは無視して、北部に向かった別動隊を討ちにいくという選択肢。
もう一つは籠城した王国軍を監視するという選択肢。
前者は撤退した王国軍がもう動けないという判断の下、残る戦力を削りにいくという策だ。籠城されては時間がかかる。それなら無視してしまえばいい。
一方、後者は籠城した王国軍に付き合うという策。
王国軍はたしかに大ダメージを受けているが、それは帝国軍も一緒だった。
「殿下、ここは一旦、北部に向かうべきでは?」
「僕もそう思うけれど……」
中規模都市シャンタルを前にして、レオは決断しかねていた。
入念な情報収集の結果、王国軍の総大将アンセムが撤退の際に姿を見せなかったということがわかった。
あのアンセムが士気の低下した軍の前に姿を現さないということは、姿を現せない理由があるということだ。
アンセムの身に何かあったのではないか?
それが帝国軍の結論だった。
それならば急な撤退も頷ける。
そうとわかれば、目の前の王国軍に拘る必要はない。
アンセムの首に拘り、無理な攻めをすれば帝国軍も相当な被害を受ける。ならば、残る七万と合流することを優先したほうがいい。
わかっていた。
わかっていてもレオにはその決断ができなかった。
「王国軍との戦いで我が軍も相当な損害を受けた。兵士は疲れ、士気も低下している。この状態で北部に向かえば、かなりの兵士が脱落する。それにそんな状態で奇襲を受ければ、立て直すのは難しい」
「アンセムが動けないならば奇襲はありえません」
「姿が見えないだけだ。倒れたという確証はない。すべてが罠である可能性がある」
レオの目に思い浮かぶのは颯爽と去っていくアンセムの姿だった。
あの状態から容体がいきなり変化して、倒れることがあるのか?
それとも一騎打ちの状態から体が病んでいたのか?
レオの中で疑念は脹らむばかりだった。
体を病んでいる相手が、あそこまでの一騎打ちを演じることができるわけがない。
考えられるのは、一騎打ち後、アンセムの体調が悪化した場合だ。元々、アンセムは体調に問題があった。激しい戦闘で体調を崩すことはあるだろう。
しかし、しかしだ。
「このタイミングでアンセムが倒れるなんて……あまりにも帝国軍には都合がよすぎると思わないかい?」
レオの脳裏にはこれまでのアンセムの姿が焼き付いていた。
状況をコントロールして、自分の有利を作り上げてきたアンセムの姿が、だ。
ゆえにアンセムが倒れたという結論を信じ切ることができなかった。
よほど、すべてアンセムによる罠というほうが信じることができた。
だから。
「……ここで対陣する。移動するにしても、兵士を休ませなければ動けない」
「王国軍の思う壺ではありませんか?」
「思う壺ならそれでいいさ。向こうが休む時間を稼ぎたいなら、こちらも休むだけ。策にしろ、アンセムが倒れたにしろ、向こうも長期間、あの都市に籠ることはできない」
時間は帝国軍の味方だからだ。
現状維持は消極的に映るため、できれば取りたくはない。
しかし、情報が確定的でない状況で無暗に動けば、状況を悪化させてしまう。
レオとて熟慮の末だった。
「かしこまりました。包囲はしなくてよいのですね?」
「包囲をしたところで、攻城戦をする余裕は今の僕らにはない。見せかけだけじゃ意味はない。疲れるだけさ。ここで陣を敷くだけでいい」
何もしないというのも勇気がいる。
惰性で何もしないわけではない。あえて何もしないのだ。やれることはたくさんある。
敵を前にして、あえて何もしないのは勇気がいる。そして不安が募る。
兵士たちは動揺するだろう。
それを抑える必要もある。
それでも。
「休んだあとに再決戦というわけですね」
「わからない。ただ……心の中で警鐘が鳴っているんだ。ここを離れてはいけないってね。だからここに残るし、有事に備えて兵士はできるだけ休ませる。それが正しい判断なのかどうかは僕にはわからない。それでも、ここを動く気はない」
レオの言葉に強い意志を感じて、傍に控えていたセオドアはその場で一礼する。
そこまでの固い決意ならば、何か言う必要はなかったからだ。
■■■
闇の中からアンセムが帰還した時。
アンセムの傍には王太子の側近であるマゼラン伯爵がいた。
「……貴様がなぜ……ここにいる……?」
「おお、これは殿下。お目覚めですか。皆、喜びます。英雄であらせられる殿下を皆、心待ちにしておりましたからな」
「質問に答えろ……」
アンセムは上手く動かない体を無理やり動かし、どうにか体を起こす。
眠りにつく前、アンセムはリゼットに近くの都市に撤退するように命じた。
周りを見れば、それは成功したように思える。
なのに、傍には王太子の側近であるマゼランがいる。どういうことかアンセムには理解できなかった。
「怖い怖い。援軍に来たのですよ。正確には援軍を連れてきた、ですが」
そう言ってマゼランは窓を指さす。
アンセムはマゼランを睨みながらも、なんとか壁を伝って窓へ向かう。
そこでアンセムが見たものは想像を絶するものだった。
「なんだ……? あれは……?」
都市から離れた場所に陣を張っている帝国軍。
そこを空飛ぶ何かが襲っていた。
数はゆうに一万はいる。
「とある組織から流れてきた物でして……人間を吸血鬼にする薬の発展型だそうです。空飛ぶ亜人のように翼が生え、容姿も人間からだいぶかけ離れたモノになりますが、〝性能〟は見てのとおり。しかもこちらの命令をしっかりと聞けます。まぁ、成功するのは十人に一人くらいですが……戦争となればかなり人が死にますから。この程度のデメリットには目を瞑るべきでしょう」
「貴様は……何を言っている……?」
「安心してください。薬はたくさんあります。奴らが気を引いている間に、続々と運び込まれているはず。この都市は五万人くらいいますから。あと五千は確保できますな」
理解が追い付かない。
アンセムはそれでも近くにある剣に手を伸ばした。
この男を野放しにしていけないとアンセムの心が告げていたからだ。
しかし。
「ああ、姉君にもご同行いただいていますので。あまり軽率な判断はしないほうがよろしいかと」
「このっ……! 王太子は……兄上は承知したのか!?」
「もちろん。王太子殿下のご発案ですので」