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第五百九十九話 虚勢



 激しさを増す雨は両軍の戦意を大いに挫いた。

 長時間の交戦で兵士たちは疲れ切っていた。

 それでも戦い続けることができたのは、総大将同士がなおも戦い続けていたからだ。

 しかし。


「ぐっ……!」

「くっ……!」


 互いに顔を歪めながら、レオとアンセムは剣を振るう。

 レオは体力が限界に近付いており、アンセムも徐々に体の感覚がなくなってきていた。

 本来ならこのあたりで一度後退し、仕切り直しをするべきだった。

 兵士は疲れ、雨はさらに激しさを増す。このまま戦うのは愚かとすらいえた。

 それでもアンセムは退かない。だからレオも退かない。

 ただ、レオが退かないのは弱気を見せたら押し切られてしまうから。

 アンセムが退かないのは――後がないから。

 ここで退けばもう自分は戦えない。

 わかっているから、退くという選択は取れなかった。


「はぁぁぁぁぁっっ!!」


 レオの脳裏には後退の二文字があった。

 退くべきという思いが当然あったのだ。

 それでもアンセムが退かない以上、自分も退けない。

 しかし、そんな生半可な覚悟では今のアンセムは止められなかった。アンセムは命を賭けているからだ。

 勢いよく振り下ろされた剣がレオをふきとばす。

 踏ん張ろうにも泥に足を取られ、踏ん張ることもできない。

 這いつくばったレオはすぐに体勢を整える。アンセムの追撃が来ると思ったからだ。

 だが、アンセムの追撃は来ない。

 アンセムはただそこに立っているだけだった。


「……もう……時間か……」


 アンセムは胸を押さえながら呟く。

 徐々に感覚を失っていた体に痛みが走っていた。特に痛みがひどいのは心臓。

 立っているのも辛いほどの激痛。

 しかし、アンセムは笑った。

 笑ってみせた。


「少し意地を張りすぎたな。続きはまた今度ということにしよう」


 悟られれば全軍が壊滅する。

 だからアンセムは精一杯の余裕を見せつけ、レオに背を向けた。

 そして。


「全軍後退!」


 両軍ともに疲弊しきっている。

 ここで帝国軍が追撃してくることはない。

 レオが後ろから襲ってくることもない。

 すべてを把握したうえでの後退指示。

 レオが体勢を崩された状態での指示だったため、アンセムが優勢で終わったかのような印象を受けた王国軍は歓声を上げながら後退していく。

 それを見ながら、レオは静かに告げた。


「こちらも全軍後退だ」


 アンセムが退くならこちらも退くまでのこと。

 向こうに優勢な形での後退となったが、その程度の士気の差は微々たるもの。

 とにかく疲れ切った兵士を休ませることが大切だとレオはわかっていた。




■■■




「お許しください……殿下……」


 王国軍本陣。

 激痛に苛まれながらも、なんとか自分の天幕に戻ったアンセムの下にリゼットがやってきた。

 その体は傷だらけであり、とくに左肩の傷はひどく、まともに動かせないほどだった。

 それでも。


「ボロボロだな……しかし、セオドアを相手にして首が繋がっているのだ……よくやったというべきだな……」

「部隊はほぼ壊滅しました……セオドアを討ち取ることもかなわず……」

「敵の奇襲部隊を食い止めたのだ……お前や部下たちは役目を果たした……気に病むな」


 荒い息を吐きながら、アンセムはそういってリゼットを慰めた。

 しかし、そこまでが限界だった。

 ベッドにたどり着くと、崩れように横たわった。

 もはや立つこともできない。


「殿下ぁぁっ……!!」

「泣くな……俺は死なん……安心しろ……」

「はい……信じております……!」

「手間をかけるが……全軍を近くの都市まで退かせろ……とにかく……俺が目覚めるまで時間を稼いでくれ……」

「お任せを……! この命にかけて必ず!」

「馬鹿を言うな……俺が目覚めるまでは死ぬことは許さん……いいか? 俺はまだ……勝利を諦めてはいない……わかったな?」

「……かしこまりました」


 リゼットの返答に満足すると、アンセムは目を閉じる。

 激痛のせいで、意識を保てないのだ。

 闇の中にアンセムは沈んでいく。

 その後、王国軍は夜のうちに撤退を開始したのだった。




■■■




「お許しを、殿下」

「仕方ないさ。相手の裏をかけなかった僕が悪いんだよ」


 帝国軍の本陣。

 そこでレオはセオドアからの謝罪を受けていた。

 セオドアの体に傷はない。

 しかし、そのことを誇る気にはなれなかった。


「しかし、私が突破できていれば……」

「敵は獅子の心。数で劣る中、討たれなかったなら上々だよ」

「……感謝いたします」


 防御に優れるセオドアだからこそ、討たれることはなかった。

 それはたしかにそうだ。

 しかし、セオドアの受けた命は敵本陣を突くこと。

 それが成せなかったのはセオドアの落ち度だ。

 奇襲をかけた第二近衛騎士隊と、獅子の心は双方ともに損害を出し、撤退することになった。

 数で劣る近衛騎士隊が互角の戦いをできたのは、セオドアがいたからこそ。

 しかし、敵の決死の猛攻に対してセオドアは守備だけで手一杯になってしまった。

 セオドアにとって、それは屈辱以外の何物でもなかった。


「もう一度、機会をいただけないでしょうか? 次は必ず!!」

「もちろん次もセオドアに任せるよ。けれど、まずは全軍の休息のほうが大切だ。上がってきている報告だけでも、損害は大きい。士気も下がっているし、しばらくは戦えない」

「殿下もご休息を。警護はお任せください」

「ありがとう、頼りにしているよ。王国軍も似たような状態だろうし、攻めてくるようなことはないはずだけど……何をしてくるかわからない相手だ。油断せずに、頼むよ」

「はっ!」


 そう言うと、レオは横になった。

 気力だけで支えていたが、体力はもう限界だった。

 アンセムと一騎打ちを行いながら、指揮をとるのは想像以上に精神を削る作業だった。

 最初は良いようにやられたが、最後は完全に互角だった。

 次やれば勝ってみせる。

 そんなことを思いながら、レオは眠りについた。

 ゆえに、起きた時。

 王国軍撤退の報には驚くしかなかった。


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― 新着の感想 ―
アンセムとリゼットは死んでほしくないなぁ…
[一言] アンセムを死なせないでください(T0T)
[一言] アンセムは殺すには惜しすぎる。 死んだ振りしてもらって、悪魔との戦いの伏兵として動いてもらいたいところ。 果たして説得できるか、ですが。
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