第五百九十五話 獅子の顎
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記念SSも書いたので、良ければSS集のほうも見てみてください。
感謝m(__)m
「ちっ! 各船の状況は!? アルバトロ、ロンディネの艦隊はどこにいる!?」
揺れる船の中。
俺は大きな声で報告を求めた。
それでも周りの音が凄すぎて、近くにいた者にしか声は届かない。
「随伴船は確認できますが、その他の船は確認できません! 両公国艦隊も行方知らずです!」
「ちっ! この一帯の嵐を舐めすぎたか……随伴船と連結! とにかく転覆しないようにしろ! この嵐を乗り切らないと先はないぞ!」
俺の指示を聞き、船長が大きく頷いた。
■■■
かつて帝国が王国と戦争をしていた時。
王国軍は要塞に籠城する策をとり、帝国はその要塞を突破することができなかった。
大きな要因は要塞にアルバトロ公国の海軍が補給していたからだ。
もちろん帝国はそのことを承知していた。
だから阻止しようとしたが、できなかった。
理由は海軍力に差があったことと、王国の海域は非常に荒れやすいということだ。
すべての海域が荒れやすいわけではない。帝国と王国の間にある海域が、極端に荒れやすい。
その海域は天候がコロコロ変わるため、熟練の船乗りでなくては突破できない。
ついた名は〝獅子の顎〟。
王国に近づく船を嚙みちぎる海域だからだ。
本来なら避けるべき海域だが、この海域を避けて王国側に近づくには大きく迂回することが必要になる。通常の船乗りが使うルートだ。
しかし、そのルートはかなりの長旅になるし、そんな長旅を百隻の連合艦隊で行うのは非現実的だ。用意していた食料では到底持たないし、時間的にも間に合わない。
そのため、必然的に獅子の顎を突破するという選択を連合艦隊は取った。それしか手がないからだ。
被害は覚悟の上。
ただ、あまりにも危険なため、技量が劣ると判断した二十隻の帝国船は迂回ルートを取らせた。物資を大量に積み込んだうえで、補給船としたのだ。
突入したのは帝国艦隊四十隻と、両公国艦隊が二十隻ずつの計八十隻。
十隻以上の損害は覚悟するべきというのがアルバトロ公国艦隊の忠告だった。
しかし、突破できる勝算はあった。
アルバトロ公国の船長たちが比較的穏やかと判断したタイミングで突入したし、〝獅子の顎〟自体、かつてほど危険ではない。
おそらくこの海域に漂う強力な魔力が徐々に減少しているからだろう。
それでも危険なことには変わりないが、十年以上前の、アルバトロ公国の精鋭しか突破できないと言われたほどではない。
しかし、それはさすがに認識が甘かった。
最初は穏やかだった獅子の顎だが、数分で天候が一変。
気づけば嵐に飲み込まれていた。
そうなる可能性は指摘されていたし、そうなった場合は艦隊として動くことはほぼ不可能なため、各船長の判断で突破を試みるようにと通達してはいた。
だが、さすがにこれほどとは思っていなかった。
「随伴船、カスパル、ヨルダン、クリストフ、オスカー。連結完了!!」
「そのまま連結を維持! 海域の突破を目指せ!」
「閣下! この嵐では突破したとしても、艦隊を維持できているかわかりませんよ!?」
「そういうことは突破してから考える! とにかくこの五隻さえ残っていればやりようはある! 失わないようにしてくれ、船長!」
「無茶を言わないでください!! 海竜が生み出した嵐並みですよ! 中心地にいたら沈んでます!」
「幸い、中心地じゃないみたいだな! 運が良かった!」
「嵐に飲み込まれた時点で運が悪いんですよ!」
軽口を叩きながらも船長は連結した船を巧みに操り、嵐の中を進んでいく。
旗艦の船長を任せられるだけはある。
そんな船長でもまずいと判断する嵐だ。
他の船がどうなったかは見当もつかない。
最悪、この五隻以外全滅もありえる。
そうなると戦略を大幅変更する必要も出てくるが……。
「公国艦隊は無事だと信じたいが……」
■■■
しばらく嵐の中を進み、ようやく俺たちは獅子の顎を抜けることに成功した。
抜けた先は先ほどまでの嵐が信じられないほど穏やかだった。
「周辺に船は!?」
「確認できるのは……連結しているこの五隻を除けば、十隻、いえ、十一隻です! すべて帝国船です!」
「合わせて十六隻……帝国海軍は四十隻もいたのに……」
旗艦の乗組員たちが大きく項垂れた。
この艦隊なら負けるはずがない。
そんな威容を誇った帝国艦隊はもういない。
獅子の顎を通る以上、損失は計算のうちではあったが、さすがに大きすぎる。
「両公国艦隊は?」
「姿が見えません!」
「閣下、十六隻では防衛する王国海軍を突破できません」
「わかっている。今、策を考える」
「この状況でまだ要塞攻略をするおつもりですか?」
「どんな状況でも攻略するつもりだ。それに公国艦隊が必ず無事なはずだ。まだまだ船は増える」
「恐れながら……まだ姿を現さないということは嵐の中ということです。我々よりも長時間、嵐の中にいたとしたら……もう……」
船長はかすかに顔を伏せながら告げる。
船長の言う通り、公国艦隊まで全滅していたら百隻が十六隻まで数を減らしたということになる。
大失態もいいところだ。
しかし、精鋭を誇るアルバトロの艦隊まで全滅するだろうか?
そう思っていると、見張りの者が大声をあげた。
「嵐の方面より船影多数……!! 両公国の艦隊です!」
報告を聞き、俺と船長は場所を移動して、嵐のほうへ視線を向ける。
そこには何事もなかったかのようにこちらへ向かってくる両公国の艦隊がいた。
さらには。
「アルバトロ公国艦隊! 数二十! ロンディネ公国艦隊! 数十五! さらに帝国船も十五!!」
「見る限り……アルバトロ公国の艦隊は……縄で帝国船を固定して嵐を突破したようですな……」
「だから時間がかかったのか。しかし、足手まといを抱えても突破できるのか……向こう十年はアルバトロ公国と海戦はしないほうが良さそうだな」
「一生ごめんです。あんな艦隊と戦うのは」
船長の言葉に苦笑しつつ、俺は頷く。
帝国艦隊の損失は九隻。ロンディネ公国艦隊の損失は五隻。そしてアルバトロ艦隊は損失なし。
ロンディネも海軍力には自信がある国だろうが、アルバトロはそれに特化した国だ。
船の差もあるだろうが、明確に人員の練度の差が出ている。
戦わないで済むなら戦わないほうがいいだろう。
「牽引されている帝国船のダメージは深刻なようですが……とにかく無事でよかった」
「船が駄目なら人員を移動させるだけだ。もう何隻か駄目になったとしても、両公国艦隊があれだけ健在ならいくらでもやりようはある」
そう言って俺は視線を西に向けた。
これで要塞までの最大の難関はこえた。
待ち構えているのは王国海軍。
「さて、レオは上手くやってるかな?」