第五百九十四話 藩国の苦労
YouTubeでジャックのSSを書きました(`・ω・´)ゞ
時間は少し遡る。
王国軍が二手に分かれた頃。
藩王であるトラウゴットはここ最近の激務からようやく解放されていた。
「疲れたでありますよ……」
「お疲れ様です、あなた」
王の自室というには質素な部屋で、トラウゴットの王妃であるマリアンヌが出迎えた。
激務の理由の一端はマリアンヌにあった。
皇帝の使者としてミアがマリアンヌの下を訪ね、マリアンヌはそのまま連合王国に旅立った。
その後、藩国に帰国してからは怒涛のような毎日だった。
とにかく初めての試みだったため、やるべきことが山積みだった。
しかし、それも今日までのこと。
「無事、あの方を送り出せてホッとしています」
「そうでありますな。まぁ、忙しさの原因は向こうの発案した作戦にあるわけでして、厄介者がいなくなったという感覚のほうが近いでありますが」
「そうは言いつつ、すぐに準備ができたあたり、あなたも似たようなことを思いついていたのでは? あまりにも鮮やかな手並みでしたから。私が向こうに渡っている間に準備を進めていたとしか思えません」
「まぁ……何が起きてもいいように備えていただけでありますよ」
「私を信用してくださって、ありがとうございます」
「もちろん、マリアンヌのことは信用していたでありますよ? けれど、この行動はそれだけではないであります」
「戦ったからこそわかる。あの方のことも信用していたのですね」
「信用しているかどうかは難しいところであります。やられたことを考えれば仲良くなれる気はしないでありますが……敵味方に分かれるのは戦の常。敵が味方になるのも、また戦の常。あの男が味方になるなら心強いと感じたでありますよ。苦労をする価値がある男なのは認めているであります」
トラウゴットはそういうと椅子に腰かける。
そんなトラウゴットの後ろに回り、マリアンヌはトラウゴットの肩を揉む。
気持ちよさそうにしながら、トラウゴットは話を続ける。
「王国内での戦況は聞いたでありますか?」
「多少は。レオナルト殿下は苦戦気味のご様子だとか」
「相手があのアンセムでは仕方ないことでありますよ。ヴィルヘルム兄上が健在だったころ、将来的にライバルになるだろうと目された男であります。多少の戦力差などひっくり返すだけの力を持っている。現状、大陸で三指に入る智将といっても過言ではないであります」
「あなたがそこまで評価するのは珍しいですね? レオナルト殿下は勝てるのですか?」
「戦況を聞く限り、負けないように戦っているであります。ただ、アンセムもそれがわかっているはず。本来、負けないように戦う相手を倒すのは至難の業であります。盾を構えて、動かない相手を倒すのは難しいように、動きを徹底されると攻略は難しくなる。とにかく隙がないからであります。けれど、アンセムのような智将は僅かな隙を見つけ出し、なければ作り出してしまう。負けないことばかり意識していると、足をすくわれるかもしれないですな」
分析しながらトラウゴットは目を瞑る。
こうやって遠くから戦況を分析するのは容易い。
だが、実際は困難の連続だ。
すでにレオも大陸では屈指の指揮官といえる。
そのレオですらアンセムの相手は厳しい。
こうやって分析しているとはいえ、トラウゴットが前線に出ても結果は同じこと。
善戦はできても、勝つのは難しい。
もっと言い換えれば、簡単に勝たせるようなことはさせないが、最終的な結果は変えられない。
それが自分の限界だとトラウゴットは知っていた。
だが。
「レオナルトも相手が強いことはわかっているはず。皇太子の座を狙う以上、何か手を打つはずでありますよ」
その手が何かはわからない。
想像もできないからだ。そこが自分の限界であり、そこが弟たちとの違い。
それでいいとトラウゴットは思っていた。
そう思っているからトラウゴットは成長しない。他人に負けてなるものかと思うことがほとんどないからこそ、優秀でありながらも何かを極めることはできなかった。
ただ、極めなかったからこそ、トラウゴットは藩王の地位にいる。
そして藩王の地位にいるからこそ、できることもあった。
「無事に終わるといいのですが……」
「南からはアルノルトが出撃しているはずであります。北からはあの男を送り出したであります。まぁ、できることはしたでありますよ。あとは結果を待つのみ」
そう言ってトラウゴットは優しくマリアンヌの手に自分の手を重ねた。
戦争は悲惨だ。
ぶつかりあえば人が死ぬ。兵糧がなくなれば兵士が飢える。生活圏を荒らされれば、民は路頭に迷う。
そんな戦争にマリアンヌは心を痛めている。
侵攻された国の王女として、侵攻される王国の痛みは多少なりともわかってしまうからだ。
それでもマリアンヌは皇帝のために動いた。
王国と帝国の対立は決定的であり、どうせ戦争は起きた。
ならば、帝国のために最善を尽くすのみ。そう判断したからだ。
その判断の中に、トラウゴットのためという想いが入っているのをトラウゴットは理解していた。
「マリアンヌ」
「はい?」
「感謝しているであります。マリアンヌの頑張りがあればこそ、自分は弟に援軍を送れた。無力感に苛まれずに済んだでありますよ」
「感謝だなんて……あなたの弟ならば私の弟です。頑張るのは当然では?」
マリアンヌの言葉に笑みを浮かべ、トラウゴットは立ち上がる。
話をしたせいか、心が軽くなった。肩を揉んでもらったおかげで、肩も軽くなった。
「今頃、あの男は空の上でありますな」
「ずっと窮屈な思いをしていましたし、きっと楽しんでいるんじゃないでしょうか? 竜は空が好きですから」