第五百九十三話 獅子の心
総大将同士が剣を交える。
その光景に両軍の兵士たちの士気は最高潮に達した。
空を自由に舞えるレオは、アンセムから距離を取り、急接近から一撃を放つ。
それをアンセムは見切り、すれ違う一瞬の間にお返しの一撃を放った。
間一髪でその一撃を避けたレオだったが、剣が頬をかすったせいか、頬から血が流れていた。
「勝負は上を取っていたほうが強い。鷲獅子に跨りながら、その程度か? 随分と軽いな? レオナルト」
「まだまだこれからですよ。アンセム王子」
レオは再度、突撃をかける。
直線的な動き。
アンセムはレオに狙いを定めて、突きを放つ。
だが、その突きはレオには当たらない。
レオが鷲獅子の背から飛び降りたからだ。
有利を捨てる動きにアンセムは目を見開くが、その間にレオはアンセムの背後に回り込み、アンセムの腕を掴み、馬上から引きずりおろす。
「ぐっ!!」
地面に引きずり降ろされたアンセムは、すぐに体勢を立て直し、地面の上でレオと対峙する。
「空を取られていたから負けたとは言わせない。これで互いに言い訳はなしです」
「面白い……!」
アンセムは一気にレオと距離を詰める。
怒涛の攻撃。
それをレオは受けとめ、お返しとばかりに剣を真上から振りおろす。
重い一撃。
それをアンセムは真っ向から受け止めた。
押し込むレオと、耐えるアンセム。
そんな中でアンセムは笑う。
「ずいぶんと周りが手薄なようだが、帝国自慢の近衛騎士はどうした?」
「どこに行ったんでしょうね? 僕も知りたい」
「ふん、とぼけるな。背後に回らせたか? そうだろうと思った」
防御に優れた第二近衛騎士隊。
本来ならばレオの傍に控えさせるのが一番効果的だ。
だが、レオはそんな第二近衛騎士隊を自分の傍から外した。
攻勢に出ると決めたときから、レオはことごとく攻撃よりの采配を取っていた。それは自分らしい采配をしないということだ。
この大一番で慣れないことをするのは、度胸が必要だった。
不安はもちろんあった。安定を取るならばいつもどおりにやるべきだ。慣れていることをすれば、それなりの戦いはできる。
けれど。
それなりの戦いをするなら、攻勢には出ない。
善戦をするために前に出たわけじゃない。
良い戦いだったと言われるのはもう十分だ。よく頑張ったと励まされるのにももう飽きた。
欲したのは勝利。
だから恐れを捨てて、挑戦した。
だが、アンセムはそれをしっかりと予測していた。
「どういうつもりか知らんが……奇をてらえば俺の背後を取れると思ったか? あまり舐めないでもらおう!!」
アンセムはレオの剣を押し返し、その一瞬の隙をつき、レオを蹴り飛ばす。
強烈な蹴りを食らい、レオは顔をしかめながら追撃に備える。
だが、アンセムは追撃をせず、周囲の部下に指示を飛ばす。
「中央に近衛騎士はいない! 空の鷲獅子騎士には弓を断続的に放って、近づけさせるな! このまま押し切るぞ!!」
一対一の戦い。
その間にもアンセムは戦況を把握していた。
どこまでいってもアンセムは指揮官なのだ。
一対一でレオと渡り合える者は少ない。それだけの力を持ちながら、アンセムにとっては敵の指揮官を拘束する手段でしかないのだ。
「どうした? かかってこないのか? 剣での勝負は望むところなはずだ。あまりがっかりさせるなよ? レオナルト。お前は死力を尽くすべき相手だと判断したのだからな!」
そう言ってアンセムはレオに向かって剣を振るうのだった。
■■■
帝国軍右翼。
森の中の戦線を少数の騎馬隊が容易く突破した。
中央に主力が集中していたからというのと、その少数の騎馬隊の練度が著しく高かったからだ。
その騎馬隊はセオドアが率いる第二近衛騎士隊だった。
数は十名。
残る近衛騎士はセオドアたちが突破するために、道をこじ開けた。
「急げ! 敵本陣を突く!!」
たかが十名。
それでも精鋭中の精鋭だ。
セオドアもいる以上、その戦力は看過できないものだった。
このまま本陣に近づければ、必殺の一撃を王国軍に与えられる。
だが、そんなセオドアたちの行く手を阻むように鷲獅子騎士たちが空から襲い掛かった。
数は二十騎。
中央に鷲獅子騎士が少なかった理由は、こちらに回していたからだった。
「読まれたか!」
セオドアは剣を抜き、迎撃体勢を取る。
そんなセオドアに赤い鷲獅子騎士が襲い掛かった。
通常の槍よりだいぶ長い特別製の長槍。それによる空中からの一撃。
セオドアはその攻撃を受け止めるが、すぐにわかった。
強い、と。
「――帝国近衛騎士団所属、第二近衛騎士隊隊長のセオドア。そちらは?」
「――第三王子直轄強襲部隊〝獅子の心〟、隊長のリゼット」
「獅子の心か……とうの昔に解散したと思ったが……」
かつて第三王子の直轄として動いた鷲獅子騎士だけの精鋭部隊。
第三王子が勝負を決める時。常に空から相手を強襲したと言われている。あまりにも勇猛な戦いぶりから〝獅子の心〟という名を国王直々に送られた部隊。
率いる者が倒れ、その名を聞かなくなった。
だが、目の前に立ちふさがった鷲獅子騎士たちはどれも精鋭ばかり。
「健在だったか……相手にとって不足なし」
「こちらもです。護剣のセオドア。その防御を破れる機会に恵まれるとは思いませんでした」
「その機会、大事に使ったほうがいい。おそらく一度きりだ」
二人は互いに得物を構える。
そして別次元の戦いが始まった。