第五百九十話 開戦二日目
開戦から二日目。
この日も王国軍が先手を取る展開となった。
しかし、帝国軍はそんな王国軍の攻勢に対応していた。
元々、一万の兵数差がある。
王国軍よりも帝国軍のほうが余裕を持った戦いが出来ていた。
とはいえ。
「左翼の歩兵団! 敵軍と衝突。押し込んでいますが、突破はできません!」
「右翼の歩兵団! 敵本陣近くまで接近するも、厚い防御に阻まれています!」
中央の膠着状態を利用し、王国軍の両翼は森を駆けあがっていた。
だが、帝国軍はその動きを察知しており、適切な対応をしてきた。
その報告を聞き、アンセムは静かに告げた。
「両翼に伝令。無理せず、後退せよ」
「はっ! 両翼に伝令! 無理せず、後退せよ、と伝えます!」
優勢なのは王国軍だ。
帝国軍は攻めに転じることができないでいた。
だが、王国軍も攻めきれていない。
レオの自信を見て、アンセムは自分の知らない援軍が来る可能性を真面目に考慮していた。
そのうえで、素早く決着をつけようと考えていた。
それができると思っていた。
だが、蓋を開けてみると、決めに行った手はことごとく阻まれている。
「勝負を急ぎすぎたか……」
アンセムは静かにこれまでの行動を振り返る。
開戦初日から敵本陣を狙う動きを見せ、あわよくば決めにかかるつもりだったが、それを帝国軍はあっさりと防いでしまった。
攻めかかっているときはそこまで手ごたえがないのに、決めに行くと途端に粘り強くなる。
やりづらい。
珍しくアンセムはそう感じていた。
「殿下、裏に回り込ませようとしていた奇襲部隊が看破され、撤退してきました」
「ふむ……これは間違いないな。どういうわけか知らんが、読まれているな。俺の手が」
「間者でしょうか? 初日の後方からの奇襲にせよ、殿下の手がここまで読まれるのは……」
「可能性はあるが……単純にレオナルトが俺の手を読んでいるんだろう」
「ですが、昨日の後方からの奇襲は我々が後退開始時点で潜ませていた部隊です。いくら手を読んでいるとはいえ、あの奇襲を事前に防ぐなど……」
副官であるリゼットの言葉にアンセムは頷く。
後方からの奇襲はアンセムにとって自信のある一手だった。
大抵の相手なら初日に本陣を突かれ、多大な犠牲を払っているだろう。
目の前で対峙している王国軍。しかも開戦したばかり。どうしても意識は目の前に向く。
その隙を突いたつもりだったが、結果は奇襲部隊をみすみす壊滅させただけだった。
焦ったつもりはないが、急ぎ過ぎたかもしれない。
「ありえないと思う気持ちはわかる。だが、事実としてレオナルトは俺の手に対応してきている。理由はどうあれ、これだけ手を読まれては早期決着は難しい。だが、悠長にしていると敵軍の援軍がきかねない」
「あれはレオナルトのハッタリでは? いくら帝国でもさらなる援軍を出す余裕はないかと」
「そう思うが……どうにもあの自信が引っかかる。それにレオナルトはとにかく守勢に強い。しかし、裏を返せば決め手に欠けるということだ。それでもこの決戦に乗ってきた。なにか策があるということだろう」
守りは得意だが、状況を一変させるような力はない。
それなのに決戦に乗ってきた。
相手が選んだ戦場にも関わらず、だ。
策がなければただの愚か者。しかし、これまでの戦いから、それはありえないとアンセムは考えていた。
レオは常に考えを巡らせている。
その行動にはきっと意味がある。
「我々をここで足止めし、別動隊の決着を待つつもりでしょうか?」
「向こうの決着が早期につくことはない。こっちの決着を待っているだろうからな。万が一、帝国軍がそういう方針だったとしても、バランドが誘いに乗ることはない。同じく膠着状態だろう」
「それが狙いでは? また王太子の介入を待っている、というのは考えられませんか?」
「それはありえるな。あの男の短絡さは俺の想像をはるかに超える。互いに決め手を欠いた状況をみれば、我慢できずに介入してきてもおかしくない」
そうは言いつつ、その策には疑問符がついた。
自軍の命運を敵国の王太子に委ねることになるからだ。
そんな危険かつ曖昧な策を取るだろうか?
大軍同士で対峙しているときは、持久戦前提だった。
何日も膠着状態が続き、王太子が我慢できなくなった。
だが、今は状況が違う。
膠着状態とはいえ、それでも両軍の大将が直接指揮をとってぶつかっている。
この状況での介入を待つのはいささか無謀ではある。
「やはり援軍があるとみるべきだろう。どこからの援軍なのか、どれほどの戦力なのか。それはわからないが、レオナルトはこの戦場に別の軍が介入するのを待っている。ならば、その前に決着をつけなければいけない」
しかし、レオの守りは固い。
どうやって突破するのか。
そこに結局は行き着く。
だが、アンセムにも策はあった。
「全力でレオナルトの本陣を狙いにいくぞ。機を見て、第二の矢を放つ」
「かしこまりました」
第二の矢。
それはアンセムが潜ませていた第二の奇襲部隊だった。
後退開始と同時にアンセムは二つの部隊を潜ませていた。
一つは看破されたが、まだ一つは残っている。
普通に後方からの奇襲に使えば見破られるかもしれないが、本隊が全力で本陣を狙いにいけば、目は必ず本隊に向く。
後方を取りに行く動きを見せれば、レオは必ずそれを防ぐだろう。
それを繰り返すことで、王国軍はまだ背後を取れていないと錯覚させる。
それがアンセムの思い描いた早期決着の策だった。