第五百八十八話 決戦開始
後退していた王国軍は突如として進路を変えて、王国中央に向かい始めた。
それに対して、レオは慌てることなく追跡を開始。
両軍ともに奇妙な距離を保ったまま、王国中央にある小さな平原へとたどり着いた。
中央は平原だが、左右には森が広がっている。小さな平原だけでは数万の軍が展開するには不十分なため、森を上手く活用する必要がある戦場だ。
戦術に長けた者が好みそうな戦場。
そう思いつつ、レオは敵軍と対陣していた。
「さて、どう出てくるかな」
呟きながら、レオはテキパキと周囲に指示を出し始めた。
相手はアンセム。
しかもアンセムが選んだ戦場だ。
何が起きてもいいように対処しなくてはいけない。
しかし、そんなレオの予想を超える一手をアンセムは打ってきた。
白い旗を持った王国の使者が、レオの本陣へと向かって来る。
そして。
「レオナルト殿下! 王国軍総司令アンセム殿下がお話したい、と申しております! 護衛は少数。中央にてお待ちするとのことです!」
「……すぐに行くとお伝えを」
唐突な招待。
危険な行為ではあった。
暗殺の危険は十分にあった。
だが、今は相手の思い通りの展開。
わざわざ暗殺などという手段に出る可能性は少ない。
そう踏んでの返答だった。
いざとなれば防御に優れたセオドアの部隊もいる。
なにより。
「殿下、危険では?」
「話してみたいんだ。アンセムと」
「話しても止まれないかと」
「わかっているよ」
今更、和平などという話はない。
ここまで来たなら一戦交えるしか手はないのだ。
それでも話してみたい。
その気持ちに従って、レオは馬に跨った。
■■■
向かい合う両軍。
その中央にレオとアンセムはいた。
「お初にお目にかかる。レオナルト皇子、王国第三王子のアンセムだ」
「帝国第八皇子のレオナルトです」
互いに短い挨拶を交わす。
どちらも馬上。
両軍のトップが会談するにしては味気ないものだったが、どちらもお茶会という気分でもなかった。
「ようやく会えたな。さすが双子というべきか。アルノルトにそっくりだ」
「能力までそっくりだったらよかったんですが、そうもいかないのが弟としての悩みです」
「それもそうだろうな。お前の兄なら相手の選んだ戦場に飛び込んでは来ないだろう」
アンセムの言葉にレオは黙る。
そんなレオにアンセムは言葉を投げかける。
「なぜ追ってきた? 俺がいると知っていたとしても、ここまで追ってくる必要があったか?」
「なぜ追ってきたのか……あなたらしくない質問だ。答えはわかっているのでは? 決着をつけるためです」
「相手の選んだ戦場でか? それでも俺に勝てると?」
「圧倒的にあなたが有利な戦場ならさすがに飛び込んだりしない。あなたは僕を誘い込みたかった。だからここは五分五分の戦場。一万の優位がある以上、状況はせいぜい互角といったところでしょう」
「ふん……解せんな。これまで慎重だったお前がどうして誘いに乗った? こちらに付き合う必要はなかったはずだが?」
アンセムにとって思い通りの展開ではあったが、同時に解せないという気持ちもあった。
帝国軍が二手に分かれる必要はなかったからだ。
大軍で動けば不測の事態にも対応できる。
少なくともほぼ互角の状態で決戦に持ち込むのは、圧倒的な優位にあった帝国軍にとって不利益でしかない。
それでもそうせざるをえない状況にアンセムがしたのだが、すんなりと行動したレオに疑念があったのだ。
「逆に問いたい。これまで慎重だったあなたが、どうして勝負を焦るような真似を?」
「ふん……」
「僕には兵糧という時間制限があり、あなたには王太子という制限がある。互いにいつまでも長引かせることができない立場だ。ここで決着をつけたいと思うのは不自然ではないでしょう」
「帝国軍の兵糧はまだまだ持つはずだが?」
「あなたを倒して終わりなら限界まで使う。だが、この軍は王国侵攻軍。狙いは王都だ。アナタだけを倒せばいいというわけじゃない」
「なるほど……それでもお前が俺に勝てると踏んだのは意外だがな」
アンセムの言葉にレオはしばし考え込む。
そして一言呟いた。
「僕だけじゃあなたには勝てない」
「援軍のアテがあるとでも?」
「想像にお任せします」
アンセムは帝国軍の戦略を看破していたし、北と南からの援軍にも対処していた。
さまざまな情報網を駆使して、各地の情報を集めてもいる。
連合王国は今、ようやく海軍を動かし始めたばかり。
進軍ルートを確保するためには、王国の艦隊と一戦交える必要がある。
南の連合艦隊はいまだ帝国の港におり、すぐに出航したとて到着までには時間がかかる。
とくに王国の海域に入るためには、厄介な障害が存在する。
そう簡単に来られるものではない。
北と南。どちらからも援軍が来ない以上、レオが示唆した援軍はありえない。
ただ。
「俺の知らない援軍があったとして……それまでお前が耐えられるかな?」
「あなたは強い。それは認めます。けれど、最強ではない。僕はあなたより強い人を傍でずっと見てきた。だから僕は負けない。負けるわけにはいかない」
「負けるわけにはいかないのはこちらも同様。気持ちで決着がつくなら、戦争に軍師や司令官など不要。こちらには万全の備えがある。援軍が来る前にお前の首を取ってみせよう」
「その言葉をお返しします。あなたを討てば勝ったも同然。決戦の場に出てくるには、あなたは王国にとって重要すぎる」
「それはお前も同じこと。殺すには惜しいが……お前を隣国に置いておくのは危険すぎる。ここで果ててもらうぞ、レオナルト」
そう言ってアンセムは王国軍のほうへ退いていく。
レオもそれに合わせて本陣へと退いた。
そして。
「第一陣、突撃!!」
決戦の火蓋は意外にもレオの号令によって切られたのだった。