第五百八十六話 二手
「報告!! 王国軍が軍を二手に分けました! 五万の軍勢が猛烈な速さで北部へ進軍しております!!」
「軍を分けた……?」
報告を聞いたレオは一瞬、誤報を疑った。
これまでの王国軍とは明らかに違う戦い方だからだ。
粘り強く戦い、自分たちの有利を確立しようというのが王国軍の戦いだった。
そういうスタンスだからこそ、レオも付き合わざるをえなかった。
そんな王国軍がわざわざ、軍を二手に分けるというような大きな一手を打ってくるとは思えなかったからだ。
だが、報告は次々に届く。
「報告!! 正面に展開中の王国軍五万が徐々に後退を開始!」
「今度は正面の軍が後退……?」
後退したら、北部に向かった友軍と距離が離れる。
分断されることは必定。
あまりにもありえない動きにレオは思わず聞き返した。
「敵将に変更は?」
「い、いえ、そういった情報は入っておりません!」
「そうか……」
アンセムから指揮官が変わったなら、王国軍に何かしらの動きがあるはず。
何の動きも察知できないなら、指揮官の交代はない。
そうなると、この奇妙な行動はアンセムの指示ということになる。
「ヴィン! 意見を!」
「当たり前の話だが、どちらかが囮で、どちらかが本命だ。どういうわけか知らんが、向こうは勝負に出てきた。どちらかにアンセムがおり、こちらの背後を狙っている。北部の軍を追えば、後退している軍に背後を晒すことになる。後退している軍を追えば、北部に向かっている軍に回り込まれる。問題なのはどちらにアンセムがいるか、だ。軍に背後を取られるのがまずいんじゃない。アンセムに背後を取られるのがまずいんだ」
二択の強要。
何もしないという選択はない。
選択しなければいけない。
その代償として、王国軍は賭けに負けたらほぼ勝ち目がなくなる。
アンセムが率いる部隊を正面に捉えることができれば、帝国軍に恐れるモノはない。
アンセムが指揮を取るからこそ、王国軍は脅威となる。他の将が率いた軍ならば、多少背後を取られたところで、どうということはない。
「このタイミングでそんな賭けに出ると思うかい?」
「やるならこちらが再編成しているタイミングだろう。それを見逃して今やる意味はない。ただ、それは現場視点の話だ。そうじゃない理由が向こうにはできたとみるべきだろう」
「いよいよ王太子が介入し始めたってことかな?」
「とはいえ、唐突すぎる。王太子はアンセムに長らく軍を任せてきた。王国を立て直すために小国に侵攻し、帝国に対しても備えてきた。もちろん動いたのはアンセムだが、任せてきたのは王太子だ。長く任せてきたのに、今、唐突に介入するか?」
「介入したとして……理由は?」
「勝たなきゃ王太子の命はない。だからアンセムを使ってきたわけだが……別のなにかに勝機を見出したなら、アンセムの好きにやらせる必要もないな。帝国軍を撃退したら、アンセムは間違いなく玉座を狙うだろうからな」
ヴィンの言葉にレオは頷く。
納得できる答えはそれしかなかった。
アンセムの自由にやらせるより、無理やりにでもアンセムと帝国軍をぶつけて、疲弊した帝国軍を叩く。もしくは疲弊したアンセムを叩く。
そういう狙いしか考えられない。
ただ、その場合は疲弊した帝国軍かアンセムを叩ける見通しが立ったということだ。
そんな戦力がどこにあるのか?
もちろん各都市に駐屯している戦力や、国境に配置している戦力などがあるだろうが。
それを束ねるのは難しいし、動かせば支障が出る。だからアンセムの下には十万しかいないのだ。
考えても答えは出ない。
しかし。
「放置すれば北部に向かった軍に追いつけなくなるぞ?」
「わかってる」
決断しなければいけない。
だが、二択を当てるには情報が少なすぎる。
運任せで帝国軍全体を危険に晒すわけにはいかない。
答えが出ないまま、しばらく経ち、レオは一言告げた。
「ハーニッシュ将軍をここへ」
■■■
二手に分かれた王国軍。
どちらかに全軍で向かえば後方を脅かされる可能性がある。
ゆえにレオは賭けには出なかった。
もっとも無難な策を取った。
それは自軍も二手に分けるというものだった。
「やれやれ……戦時中というのは何が起きるかわからないものですね? 軍師殿」
「まったくだ。十五万の大軍ではオレの出番なんてないと思っていたが……」
ハーニッシュとヴィンはため息を吐く。
二人にとってレオの判断は予想外だったからだ。
レオは六万を率いて後退している王国軍を追撃、残る七万をハーニッシュに預けて、北部に向かう王国軍の追撃を命じた。
三万の先鋒部隊でもハーニッシュにとっては大任だった。
それなのにその倍以上の戦力を預けられてしまった。
「補佐に期待します。軍師殿」
「やれるだけやるが、アンセムが向こうの軍にいたら諦めろ。オレは普通のことしかできんからな。ああいう非凡なやつには絶対敵わん」
「それは私も同じです。そこそこ優秀だという自覚はありますが……格の違いくらいはわかります」
ほかにも将軍がいるにもかかわらず、レオはハーニッシュに全権を預けたうえで、補佐にヴィンをつけた。
指揮系統に混乱をきたさないためだ。
同格の将軍に指揮権をわければ、必ず問題が起こる。
だからこそ、ハーニッシュに全権を預けた。
ただし。
「まぁ、安心しろ。オレたちの役割は北部に向かう王国軍を捕まえることだ。こちらのほうが数も上だ。少し近づけば、無視して進軍というわけにはいかないだろうからな」
「その言い方だとアンセムがいないように聞こえますが?」
「いないだろうな。アードラーの勘は当たる。レオが後退する王国軍のほうを追ったってことは、そういうことだ。もうオレたちにできることはあまりない。いよいよ両軍の指揮官による決戦だ」
「それが敵の狙いですか」
「わかっていても、乗らざるをえないだろう。二択を外したら後ろからアンセムが襲ってくるんだからな。三万の部隊を一万で破る奴だぞ? あの被害を見て、それを決断出来る奴はいない。オレなら正面からの決戦もごめんだけどな」
ヴィンの言葉を聞き、ハーニッシュもそれには同意だった。
だが、まだ自分たちが追う王国軍にアンセムがいる可能性は捨てきれない。
心の中にある恐れを飼い慣らし、ハーニッシュは告げる。
「全軍前進!!」