第五百八十話 重い腰
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「報告!! 早馬で王国内での動きが伝わってまいりました! 王国軍の前線都市は陥落! さらに陥落後、王国兵が都市内の兵糧を燃やしたため、帝国軍は民に兵糧の供給を開始! 兵糧不足が心配されましたが、聖女レティシア様が王国北部の都市を調略し、そのまま北部から兵糧が届けられました!!」
情報が多い。
伝令の報告を聞きながら、俺はため息を吐く。
そのまま伝令を下がらせ、俺は机に広げた地図を見る。
「どう見る? セバス」
「私に聞くのは適切ではないかと」
そう言って音もなく背後にセバスが現れる。
公国内で叔父上の補佐に回っていたセバスだが、艦隊が合流したことで俺の下へ戻ってきた。
だが、軍事的な話に対してセバスは答えない。
「お前の意見を聞いているんだが?」
「専門外ですな」
「役に立たない執事だな」
「執事ですので。戦争について聞きたいなら軍人に聞くべきかと」
その軍人たちがあてにならないから聞いているんだが。
俺の言いたいことは伝わっているだろうに、セバスは何も言わない。
自分で考えろってことだろう。
「少しは楽をしてもいいだろうに……」
「自分に注目を集めると決めたのでは?」
「小言はよせ。わかった、ちゃんとやればいいんだろう。まったく……」
困った執事だ。
本来、主を助けるのが執事だというのに、主を働かせるなんて。
「……アンセムの基本戦略は帝国軍を王国の内部に引き込むこと。俺たちが海軍を用意しているのは承知しているからこそ、内地で決着をつける気だろう」
「自慢の要塞に籠らないのは二正面作戦になるからですかな?」
「そうだ。片方だけならいくらでも防げるだろうが、二方向から大軍勢で囲まれれば、いくらルイヴィーユ要塞でも落ちる。それがわかっているから、帝国は要塞に押し込もうとしたわけだが……アンセムはそれを理解して、要塞に籠らない選択をした。強力な防衛網を敷き、時間をかけてレオの本隊を削り、勝てるタイミングで決戦を仕掛ける。それがアンセムの戦略だ。しかし……ほころびが生じたな」
「民の兵糧まで燃やしたのは悪手でしたな」
「悪手というか……おそらく現場の判断だろう。敵に渡すぐらいなら。そんな考えなんだろう。多少、賢い奴が前線にいたんだろうな。王国軍の基本戦略は兵糧攻めだと理解して、ならば兵糧を渡していけない。命令は出てないが、それが最善だと思っての行動。そんなところだろう」
「それは賢いといってよいのですかな?」
「馬鹿は基本戦略を理解できない。ただ、ときには馬鹿より多少賢い程度のやつのほうが厄介だ。自分が物事を見えていると考えて、勝手に動くからな。アンセムとしても頭を抱えているだろうな。兵糧を渡さないという判断自体はよくあることだ。しかし、今は違う。アンセムが敷いた防衛網は都市を根幹としている。民が協力してくれないと成り立たない。だから前線の都市に求められるのは、民に被害が出ない程度の抵抗。それをいくつもの都市で続けることで、帝国軍を疲弊させるのが狙いだ。けれど、ラインを超えてしまった」
地図の上。
そこに置かれている三つの拠点。
俺は帝国の駒をその拠点に置く。
それ自体は想定内。いずれ落ちるのはわかっていた。
ただ、思った以上に帝国に対して追い風が吹いた。
「今頃、王国では都市の離反が起き始めているだろうな」
「何もかも犠牲にできるのは軍人だけですからな。民からすれば、それを自分たちに求められても困る。そういう話ですな」
「そういうことだ。やりすぎればついていけないと思われてしまう。アンセムとしてもまさか、そんなことを部下がするとは思わなかったんだろうな。民すら切り捨てて、徹底的にやるなら最初からやっている。侵攻してくることはわかっているんだからな。やろうと思えば、前線の食糧を根こそぎ集めることもできたはずだ。レティシアを担ぎ上げている時点で、帝国は民を見捨てられない。民に食料を分け与えていけば、そのうち帝国軍は干上がる」
「焦土作戦ですな。有効と言われながらもやらないのは……」
「その後が大変だからだ。統治も難しくなるし、帝国がその前線地帯を上手く越えてきたら勝ち目がない。それに性格的にもアンセムは使わないだろうな。そこまで徹底するということは、勝ち目が薄いというようなものだ」
プライドの高さはちらほらと垣間見えた。
自分に絶対的な自信も持っているだろう。
そのアンセムが焦土作戦を取るとは思えない。だから今回のは現場の判断。あまりにも中途半端すぎるし、戦略を切り替えたにしては他のアクションがないのも不自然だ。
アンセムにとっては手痛いことだろうな。
せっかく順調だった戦略が崩れ始めた。
まぁ、何でも思い通りにいくことはないだろう。なにせ戦争だ。
「そろそろ出番か……」
「重い腰を上げるときが来ましたな」
「そうだな。今すぐというわけじゃないが、そろそろ報告を待っていたら出遅れかねない状況にはなってきた」
王国内の情報はなるべく早くこちらに伝わるようにしてあるが、それでも数日のラグが出てしまう。
艦隊の移動には時間がかかる。先読みで動かなければ、レオが要塞に敵を押し込んだときに海上から援護できない。
「……セバス。頼みがある」
「なんなりと」
「……俺が出発したあと、帝都に戻って母上の傍にいてほしい。今はフィーネが傍にいてくれるが……お前も一緒にいてやってくれ」
「アルノルト様がそれでよいというなら」
「構わない。お前が傍にいると……俺のやりたいことができないからな」
言いたいことを察したのか、セバスは深々と頭を下げたのだった。