第五百七十九話 北部の重要性
今日の配信で、即興でミツバとアンナのSSを書きました。
配信の終わりごろにあるので、見たい人は見てみてくださいm(__)m
前線都市陥落。
その一報は当然、後方で状況を窺っていたアンセムの下へも届いていた。
もちろん。
自分の部下が都市の兵糧を燃やしたことも。
「ふざけるな!!」
報告を聞き、思わずアンセムは近くの椅子を蹴り飛ばした。
鈍い痛みが足に走るが、そんなことを気にしている場合ではない。
「帝国軍は!? 受け入れたのか!?」
「はっ、兵糧を提供したようです。命令にはない行動ですが、結果的には敵の兵糧を削ることになりました」
「敵の兵糧を削るためなら何をしてもいいと言いたいのか? 守るべき自国の民に餓死の危険を突き付けて、削った兵糧に何の価値がある!?」
「我々には方法を選んでいる余裕はありません。殿下」
「方法は選ばなければいけないのだ! なぜわからん!?」
アンセムはバランドを思わず怒鳴りつける。
普段、聞くことがない怒号にバランドは固まる。
バランドは優秀な将軍だ。しかし、あくまで将軍止まり。
前線で敵を倒すことに長けているが、大局を見ることには長けていない。
そういう将軍が王国には多かった。ゆえに全体を指揮する者が必要だった。
使われることで力を発揮するタイプだからだ。
アンセムが倒れて以後、戦力がありながら連合王国に苦戦したのもそれが要因だった。
そんな将軍にとって、十五万の大軍に対して兵糧攻めをしている現状において、降伏した都市が兵糧を燃やしたのは好判断と思えた。
しかし、アンセムは違う。
「……我が国は侵攻を受けている。だからこそ、今、団結して事に当たれているのだ。帝国軍という共通の敵。それが大事だ。しかし、兵糧を燃やしてしまえば民の敵は王国軍になってしまう。彼らは駒ではない。民の協力なくして、籠城戦はできない。これほどまでに前線の都市が持ちこたえられたのは民の協力があればこそ。彼らは戦友だ。そして戦友には誠意を見せねばいけない。だから俺は兵糧が尽きる前に降伏しろと指令を出した」
たとえ帝国軍の総大将、レオナルトが絶対に民を受け入れるという確信があったにせよ。
その現場の判断は全体の方針に反する行動だった。
各都市で籠城戦を繰り返し、敵を疲弊させながら王国内部に引き込むというのがアンセムの基本戦略だ。
これからも都市の籠城戦は続く。だが、王国軍が籠城戦の果てに兵糧を燃やすと知れば、民の士気は大いに下がる。
「しかし、民として侵略者との戦いであれば……」
「民にとって大事なのは自分たちの生活だ! 日々の暮らしを保証してくれる者が庇護者なのだ! 日々の暮らしを脅かせば、我らが侵略者となる! 彼らは軍人ではない。命を捨てて王国のために戦う義務などない。それでも籠城戦に付き合ってくれたのは、王国という国に愛着があったからだ。その愛着が消え去るような行為は、王国軍はしてはいけないのだ!」
アンセムは説明を終えると、すぐに机へ向かった。
一刻を争うからだ。
「殿下、一体なにを……?」
「前線に送る兵糧を計算する」
「すでに落ちた都市に送るのですか!?」
「後から兵糧が来るからこそ、兵糧を燃やした。そう言い訳ができるようにする。どれだけ苦しかろうが、ないよりはマシだ」
「ないよりはマシのために大量の兵糧を敵に渡すのは……」
「敵に渡すのではない。王国の民に渡すのだ。我らからの兵糧を受け取れば、帝国軍もこの一件について広く喧伝はできん。とにかく我らは前線の民を捨て駒のように使いはしないと、そう示す必要がある!」
そう言ってアンセムは驚異的な速さで兵糧の計算をし始める。
多すぎても少なすぎてもいけない。
適切な量を送る必要がある。
ただ、それは体に負担のかかる行為だった。
「ごっほっ! ごっほっ!」
「殿下!?」
「気にするな!」
口から血を吐き出しながらも、アンセムは手を止めない。
今ならまだ間に合うからだ。
兵糧さえ送れば、一致団結した王国を維持できる。
これに失敗すれば瓦解が始まってしまう。各地の都市の離反が続けば、当初の戦略を変更せざるをえない。
それを食い止めるための一手。
その計算を終えたアンセムは、紙をバランドに手渡す。
「そこに書かれているとおりの兵糧を、前線の都市に送れ。至急だ!」
「は、はっ! 了解いたしました! ですから殿下はお休みを……」
「休んでほしいなら、休んでいいと思わせることだな! 早くしろ!」
「はっ!」
バランドを叱責して、アンセムはとにかく急かす。
今は時間との勝負。
この一件を大事にしてはいけない。
そう思い、焦るアンセムの下に伝令が届いた。
嫌な予感をしつつ、アンセムは口元の血をすぐに拭う。
「どうした!?」
「伝令! 北部都市群が聖女レティシア様の呼びかけに応じて離反! そのまま大量の兵糧の移動が始まった模様!!」
「くそっ! 遅かったか!!」
アンセムは悔し気に顔を歪める。
王国北部は農作物が豊かな土地だ。
しかし、十五万の兵糧を維持できるほどの規模ではない。
だから積極的な手を打たなかった。
当時の状況では離反したところで、大した痛手ではなかったからだ。
しかし、今は違う。北部の重要性は変わってしまった。
帝国軍のために、ということなら北部の都市もこんなに早く兵糧の受け渡しに同意したりはしないし、そもそも離反するまでに時間がかかったはず。
だが、この一件ですべてが加速した。
今、送られているのは前線の都市を維持するための兵糧。同胞を助けるための兵糧だ。
しかも、それを主導しているのは聖女レティシア。
これでレティシアの人気は蘇る。
すべてを見越して北部にいったわけではないだろう。
それでも北部に行ったのは、何かできると判断したから。
鼻が利くというか、勘が鋭いというか。
とにかく、かつて王国を救ったレティシアの行動力に対して、アンセムは思わず舌打ちをした。
「……バランド……兵糧の運搬はやめだ……もはや手遅れだ」
「それではこれからどうされるのですか……?」
「各地の都市が離反を始めるだろう……防ぐ努力はするが、すべてを防ぐことは不可能。こちらの防衛網は崩れた……戦略を変えるぞ」
言うことを聞かない体にアンセムは活を入れる。
予想外ではあるが、絶望的な状況ではない。
まだ負けてない。
そう自分に言い聞かせて、アンセムは椅子から立ち上がったのだった。