第五百七十七話 公国艦隊
帝国軍苦戦。
その一報が届いた頃。
帝国軍の港にはアルバトロ公国とロンディネ公国の艦隊が到着していた。
両公国を代表して、艦隊を率いるのはアルバトロ公国の公子、ジュリオだった。
「アルバトロ、ロンディネ、両公国艦隊。ただ今到着いたしました。これよりアルノルト元帥の指揮下に入ります」
「援軍、感謝する。ジュリオ公子。帝国を代表してお礼を言わせてほしい。ありがとう」
「同盟を結んだのです。当たり前のことです。それに幾度も我が国の危機を救ってくださったのは帝国です。それを返す機会を、アルバトロもロンディネも待っていました。しかし、帝国は強大です。我らの力などあってもなくても構わない。けれど、海が舞台とならば話は別です。我らの主力は海軍。我らの力、とくとご覧あれ」
そう言ってジュリオは公国艦隊を指さす。
アルバトロ公国二十隻、ロンディネ公国二十隻。計四十隻の艦隊がそこにあった。
帝国海軍は六十隻。
合計百隻の連合艦隊となる。
両公国とも妨害を受けたにもかかわらず、この数を派遣できるあたり、海軍主体の底力というべきだろう。
「期待している。だが、しばらく俺たちの出番はなさそうだ」
「レオナルト殿下は苦戦していると聞きましたが……」
「そのようだな。まぁ、想定の範囲内ではある。そう簡単に押し込めるほど王国は甘くない」
開戦当初、十五万の大軍を有する帝国軍が王国軍を圧倒するという見方が大半だった。
しかし、蓋を開けてみれば十五万の大軍で攻めかかる帝国軍を王国軍は食い止めている。
楽観視していた者は驚き、多少は苦戦するだろうと見ていた者も驚く結果となっている。
それだけアンセムが周到に対帝国戦を準備していたということだ。
そもそも戦いは守りのほうが有利。攻めかかるほうが多少戦力が上だとしても、地の利でどうとでもなる。
「まず要塞に敵を籠らせなければ、我が連合艦隊に出番はありません。アルノルト閣下が援軍に行かれてはどうでしょうか? アルノルト閣下とレオナルト殿下ならば王国軍の堅い守りも破れると僕は思いますが」
「今更援軍にいっても遅いさ。それに俺一人いったところで、大して変わらない。王国軍の守りは徹底されている。帝国軍を損耗させながら、王国内部に引き込み、そこで決着をつけるというプランを忠実に実行している。シンプル故に付き合わざるをえない。俺があの場にいても地道に都市攻略をするはずだ」
奇策でどうにかなるタイプの状況じゃない。
あのアンセムが対帝国のために、時間をかけて作った防衛網。
あらゆる可能性を考慮しているだろう。
向こうが時間をかけて作ったものを、ひらめきだけで突破するのは至難の業だ。
相手に何もさせないのではなく、相手の行動を制限する。そして自分が望む展開に持っていく。
アンセムらしいコントロールだ。
「では、このまま待機ということでしょうか?」
「そうなるな」
「公国の船乗りは海の上での生活に慣れています。海上待機でもしばらくは大丈夫でしょうが……長引けば士気に関わるかと」
ジュリオが鋭い指摘をする。
帝国の港に百隻の船が入っているわけじゃない。
入りきらない船は海の上で待機中だ。
百隻を十分に賄える物資は蓄積されているが、陸の上より海の上のほうが消耗は早い。
食べ物や水があろうと、気力が途切れれば戦えない。
いつまでもこの状態は維持できないのだ。
そしてそれが王国軍の狙いだ。
大規模な侵攻作戦を練ってきた帝国。
その第一手を遅らせることで、すべての歯車を狂わせる。
戦争は人だけじゃできない。膨大な物資が必要だ。そしてその準備には時間がかかる。
一度失敗すれば、即もう一度、というわけにはいかない。
大国の軍事進攻の弱点をよくわかっている。
出鼻をくじかれ、予定通りにいかなければ帝国とて打つ手はない。
ましてや出鼻が挫かれないように十五万の大軍で攻めかかっているのだ。そこが躓けば、取れる対策はほぼない。
「帝国元帥として保証しよう。そのうち戦局は動く。どうにか士気を持たせてくれ」
「その言葉は信じますが……一体、どうやってこの状況を動かすのですか? 連合王国からの援軍が入ったという情報もありませんし……」
ジュリオの言葉に俺は頷く。
連合王国には帝国からの援軍要請が入っている。
クーデターで竜王子ウィリアムが玉座を奪ってから、連合王国は帝国の同盟国だ。
しかし、クーデターで玉座を奪ったウィリアムにとって、国内を安定化させるのが最優先事項。
王国に侵攻しようと思えば、海上から大規模な攻撃を仕掛けることになる。
それは連合王国にとって美味い話ではない。
所詮は帝国の援軍。
王国を負かしたとしても、連合王国への配分は微々たるものだ。
安定しない中で、必死に帝国のために動いてもリターンが少ない。ならば動かないというのも一つの手だろう。
普通の王ならば。
「王国軍の総司令を務めるアンセムは非凡だが、連合王国の竜王も非凡だ。援軍要請はかなり前から入っているはず。何か策を講じる時間はあったはず。それに期待している」
「期待ですか……」
なんの確証もない話だ。
ジュリオも少し懐疑的だ。
竜王なら何かしているはずという期待。
それだけで士気を保つのは難しいか。
これはあくまで俺の期待だからな。
「それじゃあ、一つ面白い情報を提供しよう」
「なんでしょうか?」
「連合王国と藩国はここ最近、頻繁に貿易船を行き来させている。共に帝国の同盟国となった以上、そうやって物資を流通させたほうが得だからだ」
「はい、それがなにか?」
「その中には大型船がかなり含まれるそうだ。一体、藩国と連合王国は何をそんなにやり取りしているんだろうな? 元々藩国の宰相だった俺としては、そんな大型船で取引するようなものは想像つかない」
「すみません……一体、どういうことなのかご説明願えますか?」
ジュリオが俺の言葉に困った表情を浮かべた。
そんなジュリオに苦笑しつつ、俺は答える。
「海を通るには侵攻ルートの開拓が必要だが、陸を通る分には問題ない。そういうことさ」
俺の言葉にジュリオはハッとする。
これの厄介な点は、あまりにも自然だったということ。
藩国は復興途中であり、どんどん貿易をしたい国だ。とにかく金を稼がないといけない貧困国。
一方、連合王国も島国のせいか、大陸からの物資が乏しい。だから藩国が物を集めて、連合王国に物資を送るというのは自然な流れだった。
誰も空になった大型船に何が乗っているかは気にしない。
もちろん、竜王だけでは成し得ないことだ。
きっと、もう一人。
非凡な人物が携わっているだろう。
「さて、話は終わりだ。暇を持て余してもしょうがない。艦隊を総動員しての演習といこう」
「はい!」