第五百六十六話 軍港視察
レオが去ったあと、正式に俺を臨時元帥に任命するという通達が各所にいきわたった。
表面上は帝国海軍および、公国海軍を率いるため、ということだが、真の狙いはアルノルト・レークス・アードラーに注意を向けるため。
もちろん真の狙いは公にはされてない。
そのため、大小さまざまな反対がなされた。
元帥は帝都に一人、国境に二人というのが基本だ。帝国軍のトップであり、現場の総監督でもある。
その役職に臨時とはいえ、圧倒的な戦績を誇るレオではなく、俺がつくということに反対の声が相次いだ。なにせ、レオは元帥ではない。前線で合流すれば、俺の下にレオがつく。
レオならばわかるが、なぜ俺なのか。
指揮系統の問題で、レオには元帥の位が与えられていない。あれほどの功績がありながら、それを簡単に飛び越えて俺が上に立つということに納得できない者が多いようだ。
ただ、それに対しての説明もなされた。
公国海軍を完璧に統率するため。レオナルトほどの実績のないアルノルトには見せかけだけでも位が必要だった。
王国で合流したあとはアルノルトが総司令となるが、あくまで後方のまとめ役。軍の指揮はレオナルトが執る。
そういう説明で宰相は多数を黙らせた。
それでも不満を抱いたのはエリクの支持者たち。
彼らからすればたまったもんじゃない。
レオの腰ぎんちゃくくらいにしか思ってなかった俺が、いきなりエリクやレオと並ぶ軍部の実力者になったのだから。
それに対して、父上はエリクにも〝軍務卿〟と呼ばれる地位を与えた。
これは戦争時のみの役職で、軍事顧問に近い役職だ。皇帝に対して最も近いところで軍事的アドバイスや進言ができるポスト。
本来なら帝都にいる元帥がその役目を担うが、今回はわざわざエリクにその役目と役職を与えた。
バランスを取るためだ。
おかげでエリクの支持者たちも黙った。エリクにも十分すぎるメリットがあったからだ。
そんなこんなで、父上と宰相の働きによって俺は臨時元帥という地位に無事つけた。
形だけの臨時元帥。
俺の初仕事は帝国海軍の視察だった。
「アル皇子! よく来てくださいました! 私はアル皇子が来るのを今か今かと待っていましたよ!!」
帝国海軍の本拠地である、帝国の港町ウォルタス。
そこで真っ先に俺を出迎えたのはキューバー技術大臣だった。
どうしてキューバーがここにいるかといえば、旗艦アルフォンスに続いて新型船の開発に携わっていたからだ。
携わっていたのは旗艦アルフォンスに関連する艦船だ。
先に旗艦アルフォンスが完成したため、公国に派遣されたが、本来ならセットで運用することが想定されていたらしい。
「私の渾身の力作をですね! アル皇子にご紹介したくて、したくて! 居てもたってもいられずおむかえにあがりましたよ!」
「ありがとう、キューバー大臣」
「いやいや、そんな大したことでは……しかし、似合いませんね。そのマント」
俺がつけている元帥用の蒼いマントを見て、キューバーは正直な感想を述べる。
自分でも似合ってるとは思ってないため、その意見には同意だ。
「相応しくないと自分で思っているからな。着こなすのも無理だろうさ」
「なるほど、アル皇子らしい意見ですね。まぁ、いきなり元帥だと威張られるよりましですよ。さぁさぁ、こちらへ」
そう言ってキューバーは俺を連れてさっそく港へ行こうとする。
だが、俺はそれを制する。
「悪いが、俺の後ろにいてくれるか?」
「おや? なにか困りますか?」
「これでも元帥なんでな」
そう言って俺はキューバーの前に出る。
不思議そうなキューバーをよそに俺は港へ入っていく。
これから起きることはわかっている。
そういう慣例だし、キューバーが来る前に伝令は来ている。これは儀式でもあるのだ。士気を高めるための。
港に入るとズラリと並んだ将兵が道を作っていた。
その一番奥。
海務大臣ギレスベルガーが立っていた。
そして。
「帝国海軍全将兵!! アルノルト元帥に対して……敬礼!!」
号令と共に港に立っていた将兵たちが一斉に俺へ向けて敬礼してきた。
ギレスベルガーの下へは一本道。
そこを俺は敬礼を返しながら進む。
「出迎えに感謝する。海務大臣」
「新任の元帥閣下を出迎えるときは、全将兵にてあたるというのが慣例です。もちろん、閣下を盛大にお出迎えするのはそれだけが理由ではありません。閣下が我が帝国海軍を率いる初めての元帥だからです。帝国では海軍は肩身が狭い。しかし、これからは海軍の時代です。閣下にはその象徴になっていただきたいと、皆思っております」
「あまり期待しないでくれ。あくまで臨時の元帥だ。もちろん、やるべきことはやるがな。それに肩身が狭いのは戦場に恵まれなかっただけだ。この戦で存在感を示せば、海軍の重要度は上がる。俺に頼る必要はない。頼るなら磨いてきた自分たちの実力にするべきだ」
「たしかに……お恥ずかしい。自らの居場所は自らで勝ち取ることにいたしましょう。お忘れください」
「いいさ。キューバー大臣! 出迎えは終わった。新型船について聞きたい。案内してくれ」
「かしこまりました!」
つまらなそうに出迎えを見ていたキューバーだったが、俺が声をかけるとわかりやすく明るくなった。
それを見て海務大臣のギレスベルガーは顔をしかめるが、キューバーに儀礼とかは求めないほうがいい。
求めているのは才能だけであり、それがあるからキューバーは技術大臣の地位にいるのだ。
ただ、ギレスベルガーが顔をしかめたのはそれだけではないらしい。
「閣下。ここだけの話ですが……」
「どうした?」
「新型船は失敗作です。とても使えるような代物ではありません」
「何事も使い道さ。俺も出涸らし皇子と呼ばれていたし、今でも呼ばれているが、今は臨時元帥だからな」
軽く笑いながらギレスベルガーの肩を叩き、俺はキューバーの後についていったのだった。