第五百六十話 嘘の中の本当
屋敷の中を進み、俺は自分の執務室の扉を開けた。
そこでは俺に扮したヘンリックと、その脇に控えるフィーネ。
そして厳しい顔つきの叔父上がいた。
「やはり叔父上は誤魔化せませんでしたね」
「……今回は本物のようだな。皇帝の使者に対して影武者を使うことの意味は理解しているのか?」
「もちろん。叔父上を欺くつもりで影武者を用意したので」
「どういうことだ?」
本当のことは言えない。
言えば父上の耳に入るからだ。
叔父上は俺のことを気に入っている。それはわかる。だが、あくまで叔父上は父上の味方だ。
常に父上のことを考えている。
だから真実を知れば、俺の秘密も父上に伝えるだろう。
それが悪いとは言わない。
だが、そういう立場の人には秘密は明かせない。
だから、影武者はあえて用意したと言うしかない。
「その前に感想を聞きたいですね。どうです? この影武者は?」
「……少々声に違和感があった。あとは言葉遣いだな」
「なるほど。改善の余地ありですね。下がっていいぞ」
肩を竦めながら俺はアルノルトの姿に扮したヘンリックに退出を促す。
ここに留めて、ヘンリックだとバレたらそれはそれで問題だ。
ヘンリックも理解しているのか、俺に一礼して下がっていく。
「かなりの精度と思ったんですが、叔父上を騙せないならまだまだですね」
「確かに私でなければ気づかないかもしれないな。だが、私は身内だ。よほどのことがなければ気づくぞ? それをわからないお前ではないはずだ」
「そういう人を欺かなければいけないんですよ。そうでなければ命はない」
「……自分に暗殺の手を向けさせた時の解決策か?」
さすがは叔父上だ。
頭の回転が速い。
嘘をつくとき、本当のことを混ぜることが鉄則だ。
「皇太子であった長兄は暗殺されました。証拠すら出ない方法で。同じ手をレオに使われては敵わない。だから俺のほうが脅威だと認識させます。そう何度も使える手ではないはず。一度躱せば、暗殺の魔の手は遠ざかる」
長兄が自分から死を選んだとしても、そう簡単に長兄は死なない。
藩国との小競り合い程度で、流れ矢が長兄の下に届くことはありえない。
わざと喰らおうにも、長兄の周りには多くの護衛がいた。
長兄に怪しい動きがあったという証言もない。
帝国の皇太子を守る護衛たちが、まったく気づかない流れ矢が長兄の下に飛んできたのだ。
おそらくそういう事態になるかもしれないと、長兄は察していた。
察していて飛び込んだのだ。
自分の死が必要だったから。
だが、そうなると皇太子を暗殺する方法はあったということだ。
それを警戒する必要がある。
暗殺の脅威を俺に向けるという手段を聞かされた時点で、俺の影武者を用意することは考えていた。
ただ、欠点は親族ですら気づかないレベルの影武者でなければ、敵は騙せないということだ。
簡単に騙されるような相手なら、皇太子を暗殺することなどできない。
「そのための試験というわけか……だが、失敗だったな」
「残念ながら。ただ、まだ時間はあります。じっくり改良しますよ」
「それは結構だが、その前にお前にはやるべきことがあるぞ」
「やるべきこと?」
叔父上は一通の手紙を差し出してきた。
それを開くと、父上の文字が見えた。
「……自分で来い、か……」
文章は短い。
自分で来い。
それだけだ。
つまり、叔父上を介しての要求は認めないということだ。
「兄上はお前のことを心配している。突然、元帥の地位を要求したわけだからな。もちろん、お前がレオの下から離れることを心配しているわけじゃない。お前が自分の身を犠牲にするのでは? と心配しているのだ」
「今更では? レオは現状、最有力の皇太子候補です。長兄に続いて、レオまで暗殺されたら帝国は崩壊しかねない。そのために俺は動いているんです。自分の命の心配は……二の次です」
「理解はしているはずだ。だが、どういう考えなのか直接聞きたいのだろう。影武者を用意しているし、周りも精鋭で固めている。それをしっかり説明すれば問題ない」
「いつ戦争が始まるかわからないのに、帝都に戻れと?」
「公国は私が引き受ける。出陣前にレオも兄上に挨拶しにいく。お前も帝都に戻れ」
有無を言わせぬ口調で叔父上は告げる。
どうするべきかと思案していると、フィーネが口を開いた。
「お会いになるべきかと」
「……そうか。なら、この場は叔父上にお任せします」
「任せろ。説得に感謝する」
叔父上はフィーネに礼を言うと、その場を後にした。
きっと公王の下に行ったんだろう。
しばらく自分が俺の代わりだと伝えるために。
「帝都に戻らないといけないか……」
「お嫌ですか?」
「嫌じゃないさ。むしろ帝都には用がある……ただ」
「ただ?」
しばらく考え込み、俺はため息を吐く。
そして。
「心配する父上の顔は……見たくない」
「父親の心配を減らすのも息子の役目では? 私が親なら……会いに来てほしいと思います」
「まったく……」
どうもフィーネに道理を説かれると言い返せない。
仕方ないと諦めて、俺は踵を返した。
「帝都に向かう。行くぞ、フィーネ、セバス」
こうして俺は帝都への帰路についたのだった。
というわけで、少し短いですが第十四部はここで終わりとさせていただきます。
第十五部のプロットの関係上、ここで切らないと中途半端になってしまうので、ご了承くださいm(__)m
次回の更新時期は、そこまで離れないと思いますが、次巻の原稿などもあるので調整して時間を作りたいと思います。
今回は、ある程度、伏線を回収する回と決めていました。
その過程で新たな疑問も出たと思いますが、なるべく読者の皆様がすっきり終われる形を目指したいなと思います。
では、今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。
また更新再開の際にはお付き合いくださると幸いです。
タンバでした。