第五百五十九話 バレました
いくつか転移を挟み、公国の冒険者ギルド支部近くに転移した俺は、結界を張って周りから自分の存在を隠す。
シルバーがいると知られるわけにはいかないからだ。
そしてヘンリックが扮する俺の場所へ向かう。
だが、すぐに足が止まった。
何か忘れている気がする。
まぁ、大事なことは伝えたし問題ないだろう。
一番の要件に比べたら、何でも些細な事だ。
これからのことはクライドに任せておけば問題ない。
元S級として現場のこともわかっているし、ギルド長になってからも改革を推進している有能な男だ。
他人の言葉を聞くこともできるし、何か問題があればアドバイスしにいけばいい。
そう思い、俺はまた歩き出す。
「あとは……」
帝国と王国との戦争を切り抜けることを考えるべきか。
王国と悪魔が繋がっている可能性がある以上、帝国が優勢でなければ悪魔は出てこない。
隠れ蓑である王国が優勢なら、わざわざ出るまでもないからだ。
王国を操って、帝国に侵攻させればいい。
だからこそ、帝国軍の奮起が必要となる。
悪魔と王国が確実に手を組んでいると分かれば、大陸全土の戦力を集結させることもできるが、そうでない場合、これは国家間の争いだ。
冒険者ギルドは介入できない。
帝国の役目は悪魔を表舞台に引きずり出すこと。
そうなれば、SS級冒険者として俺も参戦できる。
「考えるのは後か……」
人類の弱体化。
それは悪魔の望むところだろう。
それを求めて悪魔は動いてきた。
数々の暗躍がそれを示している。
だが、同時にもう一つの暗躍がチラつく。
すべての始まり。
皇太子である長兄の死。
すべて悪魔の思い通りに動いているように見えて、人類逆転の一手に繋がっているようにも見える。
これは本当に俺の想像だ。
だからこそ、クライドにも言わなかった。言ったところでどうにもならないからだ。
すべて長兄が仕組んだことだとしても、すでに事態は動き出している。
盤上の駒である俺たちは必死に動くだけだ。
しかし、だ。
「あの長兄がすべてを放置して託すとは思えないが……」
混乱は必定。
思ったとおりに進まない可能性の方が高い。
ならば、調整役を用意しているはず。
その役が最も大変だ。
悪魔たちが好機だと思う程度には人類を弱体化させつつ、戦力を保持させておかなければいけない。
長兄は所詮、きっかけ。
実行役は別にいる。
それが誰なのか。
思い当たるのは一人だけ。
だが、そうなると厄介だ。
直接聞いても答えることはないだろう。
そういう人だ。
「難儀な一族だな。まったく」
自分の血筋とはいえ、そんな言葉が出てくる。
あくまで俺の想像。
しかし、やってのけるだけの能力があるから困る。
すべて俺の思い過ごしで、人間側の暗躍などなく、悪魔がやりたいようにやっていたなら。
どんなにいいか。
それなら単純だ。
でも、俺の想像があっているなら、長兄には明確なビジョンがあったはず。
そしてこれだけ大掛かりなことをやる以上、それしかないと踏んでの行動だろう。
長兄はどんな未来を予想していたのだろうか。
長兄はどんなに苦しい盤面でも勝ち筋を見つける人だった。
きっと計画通りなら、長兄なりの勝ち筋を見つけたんだろう。
「今はその勝ち筋に近づいているんだろうか……」
考えれば考えるほど、キリがない。
だが、考えないようにするのも難しい。
きっと、何か理由があるはずだから。
せめて、目の前に問題があってくれれば考えないようにできるのに。
なんてことを思っている。
「別に問題が欲しいわけではないんだがな……」
俺が拠点としている屋敷の前で、セバスが待機していた。
俺は結界を調整して、姿がセバスには見えるようにする。
「良く戻ってくるとわかったな?」
「戻って来られないと詰みでしたので」
「何が起きた?」
「バレました」
淡々と告げるセバスに対して、俺は顔をしかめる。
たしかに俺が戻ってこないと詰みな状況だ。
「誰にバレた?」
「皇弟殿下です」
「叔父上か……」
意外でもなんでもない。
ヘンリックは爺さんの魔導具を使いこなしている。
複数かけ合わせれば、大抵の奴には気づかれずにアルノルトを演じられたはずだ。
バレるなら近しい者か、洞察力に優れた者。
どっちにも当てはまる人だ。
全然意外じゃない。
だからといって、問題じゃないというわけでもない。
叔父上が戻ってきたということは、父上からの返答を持ってきたということだ。
そこに影武者を使ってましたというのは、非礼も非礼。
叔父上は非礼については気にしないだろうが、理由を問われるだろう。
実はSS級冒険者として出張中でしたと言うわけにもいかない。
「誤魔化すしかないか……」