第五百五十七話 話を通す
オリヒメの御所に戻った俺は、手短に説明する。
「竜人族は黄昏の森を開く。これからは人が迷い込んで戻らないということはないはずだ」
「おお! それは朗報だな。それで? ジークはどこだ?」
そわそわした様子でオリヒメがジークの姿を探す。
どうやらお気に召したらしい。
気に入られるほうはたまったもんじゃないだろうが。
「黄昏の森に置いてきた。人の姿に戻るには時間がかかるらしい」
「置いてきた!? では、妾が遊べないではないか! 取り戻しにいくぞ!」
「そのうち戻ってくる。ミヅホの冒険者支部はあいつに任せるからな。好きにするといい」
「本当か!? 妾は嬉しいぞ! 気が利くな! シルバー!」
「大したことじゃない」
ジークを置いていくだけで、オリヒメから感謝されるなら安いもんだ。
戦力的にも、さっさと人の姿に戻ってもらわないとだからな。
置いていくのは確定だ。
あとは竜人族が上手いことやってくれることだろう。
「お師匠様、じゃああたしはどうなるの?」
クロエが律儀に手を挙げて質問してくる。
そんなクロエに俺は一つ頷く。
「配置転換だ。帝都支部へ向かってもらう。元々、その予定だったからな」
「でも、お師匠様が勝手にそんなこと決めていいの? それにミヅホも大丈夫?」
「話は通す。それにジークはあれでもS級冒険者だ。熊になっても経験は変わらん。問題ないだろう」
そう言って俺はクロエに指示を出す。
「というわけで、急ぎ帝国に向かえ」
「えー、お師匠様が送ってくれるんじゃないのー?」
「俺は行くところがある」
「馬車で揺られるのって大変なんだよ? お尻痛くなるし」
「上等な馬車を用意してもらえるか?」
「ちゃんと支払うものを支払うなら構わないぞ」
「では、これで頼む」
金貨の入った袋をオリヒメに渡し、クロエのほうを見る。
すると、クロエが渋い顔をしていた。
「これで快適な旅が送れるな」
「そういう意味じゃないのに……それにあんなにお金使って……」
「使うべきだから使っただけだ。それじゃあ帝都まで急いでくれ。お前がいないと、おちおち帝都を留守にはできないからな」
「お師匠様はどこに行くの?」
「上に話をしにいく」
そう言って俺は転移したのだった。
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「時間はあるか? クライド」
「おわっ!?」
冒険者ギルド本部・バベル。
そのギルド長室に俺は転移していた。
紅茶を飲んでいたギルド長、クライドは油断していたのか、珍しく紅茶をこぼしていた。
「緊急事態だ」
「ああ、そうだな……俺の大事な一張羅がビチャビチャだ……」
「そんなことはどうでもいい」
「どうでも良くはないだろ!? 誰のせいだと思っている!?」
「ギルド長に就任してから鈍った自分だろうな」
クライドが紅茶をここまで無様にこぼすのは初めてだ。
ギルド長の仕事ばかりで鈍ったんだろう。
元S級が情けないかぎりだ。
「まず、人の部屋に転移してくる自分の非常識さを疑ってほしいもんだがな」
言いながらクライドは紅茶のかかった上着を脱いで、俺をソファーに案内する。
「さて、緊急事態というのはなんだ? 一応、今は過去最大級の緊急事態中なんだが?」
「王国と帝国との戦争で、悪魔が動き出すかもしれないからか?」
「そうだ。冒険者ギルドの戦力は基本的に、大陸全土にバランスよく配置されているが、今は王国側に多く配置されている。いざという時に備えて、な。そうでなくても帝国と王国との全面戦争だ。何が起きるかはわからない」
「賢明だな。だが、問題はもっと根深い。五百年前のことを竜人族に聞いてきた」
「待て待て。五百年前のことを? 竜人族に? どいうことだ? 五百年前にいなくなった亜人族だぞ?」
「ミヅホに隠れ住んでいた。その長老から話を聞いてきた。当時の話だ。おかげで、色々と問題が噴出したぞ」
「なにが、おかげで、だ。これ以上、問題を持ってこないでほしいんだが……」
うんざりした様子でクライドは呟く。
そして深くため息を吐いてから、ゆっくりと顔を上げる。
そして。
「聞かせてくれ……その問題とやらを」
覚悟を決めたんだろう。
何が来ても驚かない覚悟を。
だが、きっとその覚悟は崩れることになるだろう。
それほど衝撃的な内容だ。
「それではしっかりと聞いてくれ。五百年前に何があったのか。そして、それが今日までどんな影響を残しているのかを」
断りを入れてから、俺はクライドに向けて長老から聞いた話を話し始めたのだった。