第五百五十六話 ジークの問題
昨日はすみませんでした。
またお付き合いください。
薬を受け取った俺は、そのまま竜人族の里を出てオリヒメの御所へ戻っていた。
「おお! 戻ったか! どうであった!?」
興味津々と言った様子でオリヒメが寄ってくる。
その腕にはグッタリとしたジークが掴まれていた。
「オモチャにされたか?」
「オモチャになどしておらぬ!」
「早く元の姿に戻りたい……長老はなんて言ってた……?」
ジークの質問に俺はしばし考え込む。
そして。
「すまん。聞くのを忘れていた」
「おい!? 何しに行ったんだ!?」
「衝撃的なことばかり言われて、すっかり忘れていた」
「正気か!? 見ろ!? 人がこんなにキュートな子熊になってんだぞ!? これより衝撃的なことがあるか!?」
ジークが必死に訴えてくる。
たしかにジークの一件も衝撃的なものだ。真っ先に解決しなきゃいけない問題なんだが、どうしても長老から聞いた話のあとだとスケールが小さくなってしまう。
だからって放置していい問題でもない。
「今から戻るぞ。とりあえず姉妹に聞いてみろ」
「戻せるかどうかも問題だが、長老が許すかも問題なんだが!?」
「許すさ。彼らが掟に縛られる理由はなくなったからな」
「どういう意味だよ……?」
「そのままの意味だ。行くぞ」
そう言って俺はジークを連れて黄昏の森に舞い戻った。
■■■
黄昏の森に戻った俺は、気にせず森へと入る。
「お、おい……ただ入るだけじゃ……」
戸惑うジークをよそに、俺たちは裏側へと入ることができた。
「なんで……?」
「外敵は拒むだろうが、すでに俺たちは敵ではないからな」
「すぐに帰ってくるとはな。何の用だ?」
長老が迷惑そうな表情で告げる。
そんな長老に対して、俺はジークを指さす。
「一つ用件を忘れていた。ジークの姿を元に戻せるか?」
「不可能ではないが、ルベッタに聞くことだな。あの子は一族随一の薬師だ。少々、作る薬に問題があるがな」
「そのようだな」
わざわざ人間を子熊にする薬を作るあたり、変わっている。
まぁ、それも権能に対する研究の副産物なんだろうが。
動物になれば権能の効果を受けないとか、だったら一応、対策としては機能する。
大陸中は大混乱だろうが。
「あっ! ジーク! いらっしゃーい!」
噂はすればルベッタがひょっこりと顔を出した。
そしてジークが告げる。
「いらっしゃいじゃない! 早く元の姿に戻してくれ!」
「えー、可愛いのに……いいの? 長老は」
「構わん。もはや隠れる意味はない。未来は……そこの仮面男に託した」
長老はそう言って背を向ける。
大陸の強者たちが病毒に倒れても、大陸の人類が滅亡するわけじゃない。
だが、防衛力の落ちた大陸は悪魔の手に落ちるだろう。
まだ病毒が勇者の血筋にたどり着いていないうちに決着をつけるしか、もう未来はない。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。早く元の姿に戻れ。今は……一人でも多くの実力者が必要だ」
「言われるまでもねぇな。オレ様が元の姿に戻れば百人力だぜ!」
「いいけど、時間かかるよー」
「えっ……?」
ルベッタはニコニコと笑いながらジークのやる気をそぐことを言った。
時間がかかるということは、元に戻れるということでもある。
だが、すぐに戻れると思っていたジークは固まる。
「ど、どういうことだよ!?」
「ちょっとずつ体の中にある薬を抜かないとだから、時間がかかるんだよー。ちょっとの間でいいなら戻れるよ? すぐ熊に戻っちゃうけど」
「それに何の意味があんだよ!? ずっと戻せよ!?」
「すぐには無理だよー。そもそも元に戻す予定で薬を作ってないし」
「そんな怖いもん飲ませたのか……」
ルベッタの言葉にジークが震える。
まぁ、人を動物に変えるほどの薬だ。すぐに効力が切れるほうがおかしいか。
「それで? どんぐらいかかるんだよ……」
「予想がつかないなぁ。ちょっとずつ薬を抜く薬を飲んでもらうことになるけど、抜け切る速度は個人差があるし」
「えー……」
「そうなると、しばらくここに居なければいけないというわけか?」
「うん。そうなるね」
「ミヅホに滞在するのか……」
ジークは先ほどのオリヒメからの扱いを思い出したのか、がっくりと項垂れた。
まぁしばらくオモチャは確定だろうな。
だが、悪いことばかりではない。
「ちょうどいい。クロエを帝国に連れて行くから、ミヅホを任せる冒険者が必要だった。任せたぞ」
「おい!? 勝手に決めんなよ!」
「必要なことだ。ギルド長には俺から話を通しておこう。晴れて、冒険者に復帰だな」
「待て待て! オレはミヅホのことなんて全然知らねぇんだぞ!?」
「実力があれば問題ない。大したモンスターはいないからな」
「そこが問題なんだよ! 大したモンスターがいないから、大した冒険者もいねぇんだ! オレの負担が増えるじゃねぇか!」
「上手く他の冒険者を使え。育ってないなら育てろ。それか自分ですべて片付けろ。俺はそうしている」
「お前と一緒にすんな!」
ジークは叫ぶがこれは決定事項だ。
どうせ残らなきゃいけないんだ。
面倒事はすべて引き受けてもらおう。
「さて、それじゃあさっそく薬を飲ませるのか?」
「うん、そうなるね!」
「なら、置いていこう。達者でな」
「おいおい! まじか!? まじで置いていくのか!?」
「感謝する。おかげで弟子を連れていけるんでな」
俺は手を振って、その場を後にしたのだった。