第五百四十七話 シルバー捕獲
「竜人族は完全にお師匠様を警戒してて、きっとお師匠様が動けば竜人族も動いちゃうと思うんだ。このまま追いかけっこしてても埒が明かないし、お師匠様には気配を消してもらうしかないかなって」
「気配消すって言っても、どうするんだ? シルバークラスの奴がいればさすがに気づくだろ。ミヅホから離れるのか?」
「転移があるって言っても、離れると移動に時間がかかっちゃう。だからミヅホにはいてもらわないと」
クロエの提案は無理のあるものだった。
ミヅホにいる以上、俺の存在は竜人族にバレ続ける。
そこを疎かにしている奴らならもう見つけている。
俺を魔王か何かだと思っているような逃げ方だ。
「ミヅホにいながら存在を消すのは、俺でも無理だぞ?」
「うん、だから手を借りようよ。ミヅホには最高の結界使いがいるでしょ?」
そう言ってクロエは人懐っこい笑みを浮かべた。
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「仙姫様! 助けてください!」
「うむ! よかろう! なんでも言うがよい!」
頼られるのが好きなオリヒメは、素直に頼ってくるクロエみたいなタイプは大好きだ。
クロエが、仙姫様のお力が必要なんです、と言えば、すぐに会い、助けてくださいと言われれば、すぐに頷く。
さすがにチョロすぎではと思わなくもないが、本人はご満悦だった。
「さすが仙姫様です! 器が大きいですね!」
「うむ! うむ!」
クロエは人を持ち上げるのが上手い。
邪気のない笑みから気持ちのいいことを言われれば、大抵の奴は悪い気はしない。
単純なオリヒメならなおさらだ。
クロエの言葉に何度も頷いている。
だが、まだ言ってほしそうだ。
「ほかの国の有力者なら会ってもくれないところです。お師匠様が力を借りたいと思う、数少ない人だけはありますね」
「そうであろう! そうであろう! 結界に関しては妾は大陸随一! だが! その力を惜しんだりはしないぞ! 必要ならばいくらでも力を貸そう! 妾は器が大きいからな!」
大満足と顔に書いてある。
この程度で満足できるとは、人生楽しいだろうなと思っていると、クロエが視線で俺を促す。
俺からも頼めということだろう。
「……力をお借りしたい」
調子に乗っているオリヒメを見ていると、その調子を崩したくなるが、せっかくクロエがお膳立てしてくれたものを崩すわけにもいかない。
だから素直に頼む。
すると、オリヒメはより気を良くした。
「うむ! 任せるがよい!」
「では、お師匠様を結界で隔離して欲しいんです。竜人族がお師匠様の存在を感知できないように」
「ふむ、たしかに妾の力が必要な案件だな。だが、竜人族がどこまでシルバーを感知しているかがわからぬ」
「直接監視しているわけではなさそうだ。おそらく俺の魔力を追っているんだろう。とにかく俺の魔力を遮断してほしい」
「難しいことを言う。だが! 妾ならおやすい御用だ!」
そう言ってオリヒメは俺を四角い結界で囲む。
一つでも最高クラスの結界。
それが五重になった。
破るのは俺でも苦労するだろうな。
「これで竜人族はシルバーの存在を感知できまい。それで? シルバーがいなくなったと思った竜人族をどうやっておびき出す?」
「それなんですけど、たぶん黄昏の森に戻ると思うんです」
「一度逃げ出したのにか?」
「いくつか候補地を見ましたけど、黄昏の森ほど隠れるに適した場所はないんです」
魔力が豊富な土地はミヅホにはあまりない。
すでに仙姫が使っているからだ。
だから黄昏の森に戻ってくるだろうと、クロエは予想していた。
みすみす手放すには惜しい土地だろうからだ。
さらに、他の場所からの移動も手早かった。そこに定住する気がないからだ。
あくまで避難場所として利用しているだけ。
そうクロエは読んでいたし、俺も賛成だった。
いつまでも俺がミヅホにいるわけではない。
いずれ俺は去る。それまで逃げればいい。そういう戦略なんだろう。
だから消えたフリをする。
「じゃあ、あたしとジークさんで様子を見てくるよ」
「ああ、できれば早くしてくれ」
俺は仮面の中で顔を引きつらせながら告げる。
理由は結界の形だった。
オリヒメはチャンスとばかりに結界の形を変えていた。
犬小屋に。
「ふっふっふっ! 手も足も出まい! シルバー!」
「確かに早くしたほうが良さそうだね」
「やーい、やーい」
俺の自制心がどこまで持つか。
そういう勝負だな。
オリヒメは突如手に入ったオモチャとしか俺を見ていない。
絶対に反撃してこないと思っているし、実際反撃はできない。
だが、自制心が切れたら結界を破壊してしまうかもしれない。
そうなったら終わりだ。
「仙姫様……お師匠様、意外に気が短いからほどほどにね」
「うむ! 心得ている! 犬小屋が気に食わんなら馬小屋というのはどうだ? 妾の愛馬になる権利を与えよう!」
「クロエ、さっさと行け」
「絶対、暴れちゃ駄目だよ? 竜人族の人にあたるのもナシ。堪えてね?」
「努力しよう」
精一杯の言葉を絞り出しながら、俺は満面の笑みを浮かべるオリヒメから視線を逸らすのだった。
笑みを見ているとぶん殴りたくなるからだ。