第五百四十五話 弟子合流
「お師匠様! 久しぶり!」
手をぶんぶんと振りながらクロエが俺たちの下へやってきた。
ミヅホ唯一の高ランク冒険者であるクロエは、各地で暴れていたモンスターの討伐に駆け回っていた。
だが、それも終わり、ようやく俺と合流となった。
「久しぶりというほど、久しぶりではないけどな。しかし、忙しいところ悪いな」
「ううん! 手が足りないんでしょ? あたしに任せてよ!」
そう言ってクロエは邪気のない笑みを浮かべた。
そして。
「それでそちらの肩の人がジークさん?」
「おう! お嬢さん! オレこそが大陸にその人ありと謳われた槍使い! ジークムント・アイスラーだぜ!」
そう言ってジークはキリッと自己紹介をする。
「わー! 本当に喋る熊さんだー。かわいいねー」
「よせよ、照れるぜ。まぁどうしてもって言うなら~抱っこくらい許してやっても~」
下心丸見えでジークがクロエに抱っこされようとする。
それに対して、俺はボソッとジークだけに告げる。
「泳ぐのは得意か?」
俺はいつでも海に転移させることができる。
クロエに会う前、俺はそうジークに告げていた。
その言葉を思い出したジークは押し黙る。
「……」
「ねぇ、お師匠様! 抱っこは駄目なの?」
「元は人間だぞ。人間扱いしろ。失礼だぞ」
「そっか、たしかにそうだね」
俺の言葉にクロエは素直に頷く。
そんなクロエを見て、今度はジークがボソッと呟く。
「帝都でお前さんに弟子がいると知ったときにも思ったけど……本当にお前さんの弟子か?」
「どういう意味だ?」
「似ている部分がどこにもない」
かたや、ニコニコと喋り、かたや、仮面を被って相手との交流を避ける。
たしかに似てはいないだろう。
だが。
「師匠と弟子だからといって性格が似るとは限らんだろ?」
「いやいや、それなりに似るもんだぞ。この子からはお前さん特有のヤバさが感じられない」
「クロエはS級だからな」
「強さの話はしてねぇよ。なんだろう? お前さんの非常識さは受け継がなかったのか? それとも育ちの問題か?」
「俺はそこまで非常識じゃない」
「非常識な奴はみんなそう言うんだ」
姿から言動まで非常識の塊みたいなやつに、そんなことを言われるのは不本意極まりない。
「ねぇ、お師匠様! 今回はどんな任務なの?」
「任務自体はすでに片付いている。ただ、少し興味を引くことがあってな」
「帝都を留守にするのはまずいんじゃないの?」
「だから早めに解決したい。興味を引かれたのは、今回の任務で接触した種族、竜人族だ。五百年前に忽然と姿を消した種族だが、その力でミヅホに隠れ住んでいたらしい」
「その竜人族って人たちをどうしたいの?」
「話がしたい。最初の接触では話し合いを拒絶されたんでな」
「拒絶されたっていうか、拒絶したってほうが正しいけどな」
ジークが余計なことを言う。
それを聞きつけて、クロエの表情がムッとしたものへ変わる。
「どういうこと?」
「……急いでいたんでな。多少、脅しを使った。そしたら逃げられた」
「当たり前だよ! そんなの!」
「向こうは子供を五人拉致していたし、普通の方法じゃ接触できなかったんだ」
「それでもほかに方法なかったの? 一応言っておくけど、お師匠様の脅しって普通の脅しじゃないんだよ?」
クロエは呆れた表情を浮かべる。
そして俺の脅しと普通の脅しとの違いを説明し始めた。
「いい? 普通の人の脅しはね、こうやって刃を見せる程度なの」
腰にさした剣を少し抜き、刃を見せる。
こちらは武器を持っているという威嚇。
軽い脅しだ。
「それでね。お師匠様が使う脅しは……」
一瞬の後。
俺の首にクロエの双剣の刃が向けられていた。
早業だ。
しかもまだまだ全力ではない。
「こういう死の一歩手前なんだよ。脅しって屈服させるためにするのに、お師匠様の場合、相手に死を覚悟させちゃうんだよね」
「なるほど。俺としては軽く武器を見せている感覚なんだがな」
「お師匠様がそれでも、脅しを向けられた相手はそう思わないよ。魔法を使おうとするんでしょ? 自分が大陸最強の魔導師っていう自覚ある?」
「一応はあるな。それと、そろそろ剣を引け」
別に剣を向けられるのが嫌だったわけじゃない。
その気になれば結界で防げる。
問題なのは位置だ。
剣をクロスさせているため、切っ先が肩に向いている。
そして俺の肩にはジークがいる。
先ほどから肩の上でジークが震えていた。
「あっ! ごめんなさい、ジークさん」
「いやっ、別に……怖くなかったし」
「震えていたくせに」
「うるせぇな! けど、ちょっとお前さんの弟子っていうことに納得できたぜ……」
「それは良かった」
クロエはペコリと頭を下げる。
この点が俺との違いだろう。
基本的に俺は悪いと思っても頭を下げない。
そういう習慣がないからだ。
なにせ皇子だからな。
咄嗟に頭を下げるということがない。
頭を下げるときは意識的だ。
だから下げなくていいと思っている奴には下げない。
「それじゃあ、お師匠様が怖がらせちゃった竜人族の人を見つけて、話し合いまで持っていくのが任務ってことでいい?」
「そうなるな。移転先の候補はいくつか洗ってある。手分けして探し出すぞ」
「うーん、手分けは良くないかな。あたしが竜人族ならお師匠様見たら逃げちゃうよ。三人で動こうよ」
「数が多いぞ?」
「急がば回れだよ。まぁ、任せてよ。あたし、人と仲良くなることに関してはお師匠様より上だよ?」
「こいつより下手な奴のほうが珍しいと思うがな」
「黙れ。海より火山が好みか?」
「ほら! それ! それだよ! いけないところ出てるって!」
ジークが肩の上で喚くが、俺は無視する。
こうして俺とジーク、そしてクロエのパーティーが結成されたのだった。