第五百四十三話 氷の魔法
「あああああぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!」
高速で動き回りながら、俺はヒドラの頭を切断していく。
肩にしがみつくジークの叫び声が非常にうるさい。
「うるさいぞ」
「無茶言うな!」
ジークが本気の怒り声を出すが、それと同時にヒドラの攻撃がやってくる。
ヒドラは本来、毒の粘液を吐き出してくる。
だが、こいつが吐き出してくるのはマグマのような粘液だった。
マグマに生息しているような個体だ。それ自体は驚かないが、粘着性が非常に面倒くさい。
結界で受け止めると結界に張り付いて、徐々に溶かすという離れ技をやってくる。
だから高速で動き回って、さっさと首を切断しなきゃなんだが、ジークがうるさい。
「まったく」
上に飛んでマグマの粘液を躱しつつ、大魔法での決着も視野にいれる。
しかし、こんな場所で大魔法を使って噴火でもしたら、生態系への被害がどんなものになるかわかったもんじゃない。
ここがどこだかもわかってないし、控えるべきだろう。
常識的に考えて。
「早く魔法で消し飛ばせよ!」
「火山が噴火したらどうする? 常識を持て、常識を」
「ここで常識人ぶるなよ! あいつヤバいぞ!? ほら見ろ! 首が再生してる!!」
切断したはずの首が新たに生えてきている。
ふざけた再生能力だ。
ヒドラは高い再生能力を持つが、それでも切断した首がすぐに再生するというのはふざけている。
「あっちも非常識だ。お前さんも非常識に行こうぜ!」
「周りには懸命に生きている生き物がいる。できれば被害を出したくはない」
「竜人族に聞かせてやりてぇよ、その言葉……」
まぁ彼らからすれば俺はいきなり住処を破壊すると言ってきた怪物かもしれないが、ミヅホの人間からしたら子供を攫ったあげくに監禁している悪人だ。
俺はミヅホ側の人間だ。しかし、穏便に済ませようと脅しで済ませた。
被害をあまり大きくしたくないという姿勢は、どこでも変わっていない。
「なんとかマグマから引き離すか、マグマの効力を無にするしかないな」
「だから! 周りの環境を変えない程度に大魔法を撃てばいいだろ!」
「そんな難しいことをいきなり言うな」
「もっと難しいこと何度もやってるだろうが!?」
怒るジークは俺を小突こうとする。
しかし、運悪くヒドラの攻撃が飛んできた。
だから俺が避けた時。
ジークが落ちた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「手間のかかる奴だ」
落ちていくジークに対して、俺は腕を伸ばす。
すると、半透明の巨大な魔法の腕が出現した。
そして魔法の腕は、口を開けたヒドラに飲み込まれる寸前のジークをキャッチし、俺のところまで引き戻してくる。
「どうだ? 愉快な旅だったか?」
「死ぬかと思った……」
「死ななくてよかったな」
「もう突っ込む元気もないぜ……暑いから氷を食べたい……」
「氷か……良いアイデアだ」
マグマの恩恵を受けて急速再生しているというなら、マグマの恩恵をなくすまでのこと。
それならマグマごと氷漬けにしてやろう。
≪凍れる時来たれり・蒼天は氷天へと変化し・草原は氷原へと成り果てる・集え氷華・乱れよ天華・すべては白へ・すべては零に・白き悪夢を咎人へ与えよ――アブソリュート・ゼロ≫
真っ白の球が俺の前に出来上がる。
その球はゆっくりとヒドラのほうへ降下していく。
ヒドラは九つ頭がすべてマグマの粘液を吐くことで防ごうとするが、その粘液が最初に凍り付く。
そして凍った粘液を砕きながら、真っ白な球はヒドラに命中した。
瞬間。
ヒドラごと火山が凍り付いた。
一面が真っ白な世界へと切り替わる。
「寒っ!!」
「さすがに氷漬けにされれば再生できないか」
試しに凍り付いたヒドラの首を切断してみるが、再生はしない。
あれだけしつこかったヒドラの再生能力も、マグマごと凍らされたら終わりらしい。
「おい! 火山を凍らせたら生態系に変化が出るぞ!?」
「……生命は自然の変化に対応できるようになっているから安心しろ」
「あっ! 言われて気づいたな?」
「すべて想定内だ」
ジークにそう言いつつ、俺は凍ったヒドラの首を持ち上げる。
見せしめには一本でいいだろう。
思ったより時間がかかってしまった。
さっさと戻るとしよう。
「おいおい、ここがどこだかわからないのに転移ってできるのか?」
「俺は大陸中の冒険者ギルド支部を把握している。巨大な火山を見る限り、皇国内だろう。問題ない」
そう言って俺はヒドラの首を持って皇国内の冒険者ギルド支部へと転移する。
起点となる場所さえあれば、転移は大抵のところにはいける。
俺が帝都支部から転移することを好むのも、そちらのほうがやりやすいからだ。
いくつかの支部を経由し、俺たちは無事に黄昏の森へと戻ってきた。
「意外に早く戻ってこれたな」
「いや、意外に時間をかけすぎた。それでは続きといこう」
そう言って俺はヒドラの首を地面に投げ捨て、再度詠唱に入ったのだった。