第五百四十二話 長老の策
いくら時間がないとはいえ、シルヴァリー・レイで森を消滅させるという脅しはやりすぎだったかもしれない。
既にシルヴァリー・レイを展開し、いつでも発動できますという状態で俺はそんなことを思っていた。
他に手があるかと言われれば、ないのだけど、もうちょっと違う手を考えてもよかった。
「おいおい! 全然反応がないぞ!? どうするんだ!」
「もう少し待て」
ジークに答えつつ、俺は軽く空を見上げる。
早まったかもしれない。
とはいえ、今更、やっぱりやめますともいえない。
これで出てこなかったら、この後が非常に面倒だ。
まぁ、表側の森に異変があれば、裏側にも影響が出るという予想はほぼ当たっているはずだ。
だからこの脅しは効く。
問題は脅しには屈しないという者が多かった場合。
「さすがに消滅させたらオリヒメも怒るか……」
ジークを熊に変えるような種族だ。
表側の森を消滅させたとしても脱出できるだろう。
だから人的被害はないはずだ。
よほど人間に敵対的なら、迷い込んだ子供たちを置き去りにするという手段を取るかもしれないが。
そんなことをする奴らはきっと、迷い込んだ者を処刑している。
ジークが無事なあたり、その線は薄い。
と、なると。
一番の問題はミヅホ仙国で森を破壊すると言う行為だ。
そんなことをしたら、他の問題児どもと同列に語られかねない。
それは嫌だなぁ、と思いつつ、俺はしばらく待った。
そして。
「やっと出てきたか」
突然、森の中から老人が現れた。
竜のような角を二本持つ亜人。
すでに伝説の域にある竜人族だ。
「うわっ! 長老のジジイ!」
「誰かと思えばロレッタを連れ戻した戦士殿か。なぜ戻ってきた。しかも、あのような野蛮な魔導師を連れてきた」
長老と呼ばれた老人はジロリと俺を睨む。
それに対して俺は肩を竦める。
「いや、それは申し訳ねぇ。ただ、ロレッタに用があるんだ。あと、子供が迷い込んでるだろ? どうにか助けてくれねぇか?」
「掟は掟。森の中に迷い込んだ人間は外には出さない。子供たちは無事だが、外には出せない。どうしてもというなら戦士殿と同じように姿を変えるしかないな」
「いやぁ、オレみたいにするのはちょっと……どうにか解放してくれねぇか?」
「本来なら外界と接触したりしない。獣の姿になったとはいえ、外に出た者も放置したりしない。ロレッタを助けてくれた恩がある戦士殿ゆえ、見逃しているし、こうして話にも応じている」
「それは……ありがてぇんだが……子供を助けるっていう任務を請け負ってるのはあの魔導師のほうでな……」
ジークが俺に視線を向ける。
すると、長老が再度俺に視線を移した。
しばし、俺を見つめたあと長老は左手を無造作に振る。
同時に左方向に結界を張る。
衝撃が走り、結界が粉々に崩れ去った。
さすがは竜人族の長老というべきか。
いくらシルヴァリー・レイの発動前で片手間の結界だったとはいえ、あっさり破壊するとは。
「ふん……古代魔法か。厄介な魔導師だ」
「お褒めの言葉として受け取っておこう」
「五百年前ですら碌に使い手のいなかった魔法を復活させるとは、さぞや才能に恵まれたのだろうな」
「それほどでもないさ」
亜人の寿命はまちまちだ。
人間と同じくらいの種族もいれば、エルフのような長寿種族もいる。
どうやら竜人族もそちら側らしい。
今の言葉から察するに、この長老は五百年前の悪魔との大戦に参加している。
「魔法を解け。そのような物騒な魔法を構えている者を入れるわけにはいかん」
「入れてくれるのか?」
「帰ってくれといえば帰るのか?」
「そういうわけにはいかないな」
「ならば魔法を解け。古代魔法を使うような輩とやりあう気はない」
長老はそう言って俺の反応を窺う。
仕方なく、俺はシルヴァリー・レイを解除して地上に降りる。
すると、長老は森の中を歩き始める。
「ついて来いってことじゃねぇか?」
「何か怪しい」
「そうは言ってもついてくしかねぇぞ?」
俺の肩に乗ったジークの言葉は正しい。
怪しいからといってついていかなければ、状況は動かない。
この長老が唯一の頼みだからだ。
だから俺はゆっくりと長老の後に続いた。
やがて森の中心にやってきた。
すると、俺の足元が光り出す。
「おい!? なんだ、これ!?」
「ハメられたな」
「悪く思うな。これも我らが生きるためだ」
長老の言葉と同時に俺とジークは一瞬で転移させられた。
設置型の転移魔法といったところか。
きっとあそこまで引き入れて、どこかに飛ばすというのが一つの手なんだろう。
「あの爺! やりやがったな!」
ジークは大声で文句を吐く。
まぁ、怪しさしかなかったから当然だろう。
掟、掟といっていた長老がいきなり案内を始めたのだ。
きっと実力での排除は面倒そうだと思ったんだろう。
大抵の相手なら長老の一撃で排除できる。
それを防ぐような者相手のトラップだ。
まだ何かあるな。
「っていうか、暑いな!? ここどこだ!?」
「見たところ、火山の内部らしいな」
あちこちにマグマの川が流れている。
結界を張っているから暑い程度で済んでいるが、本来なら人間が無事にいられるような場所じゃない。
そして火山と聞くと一つだけ思い当たる場所があった。
「火山に転移させるとか殺す気か!?」
「殺す気なんだろう。自分たちが口封じ出来ない強者の口を封じるには……良い手だ」
俺はゆっくりと背後を振り返る。
すると、後ろのマグマが盛り上がった。
そして巨大な赤い蛇の頭が現れた。
「おいおい……」
「噂だけは聞いたことがある。火山に住むモンスターがいると」
「冷静に言っている場合かよ! こいつはヒドラだぞ!?」
ジークの言葉に応じるように、マグマから次々に赤い蛇の頭が出てきた。
合計九つの頭。
その下には巨大な胴体。
希少種のため、生態についてはよくわかってないが竜の亜種だろうと言われているモンスター、ヒドラだ。
しかもマグマに生息しているような個体は、きっと普通じゃない。
「まったく……食えない老人だ」
「おいおいおい!! どうするんだ!?」
「俺から離れるなよ。結界から抜けると焼け死ぬぞ」
「えー!? 結界張ってたのかよ!? それでこの暑さ!? 死ぬぞ!?」
「だから離れるな。離れたら責任は取らん」
「さっさと逃げろよ! 転移できるんだろ!?」
「このまま帰っても長老は別の手を打つだけだ。埒が明かないからな。招き入れるしかない相手だと思い知らせるしかない」
「つまり……」
「最短で討伐して、長老の下に帰る」
そう言って俺は戦闘体勢に入ったのだった。