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第五百三十七話 ジークの秘密



「ミヅホ仙国に行きたい?」

「ああ、船出してくれ。ちょうど港もあるし、できるだろ?」


 公国にて帝国本国からの連絡を待っていた俺のところに、ジークがやってきて、そう切り出してきた。

 船を出すことは構わない。

 それだけの功績をジークはあげてきた。

 必要なら護衛付きで送り出してもいいくらいだ。

 ただ。


「理由を聞いてもいいか?」

「一応、お前さんたちの周りも落ち着いただろ? 俺が帝国に来た目的は元の姿に戻るためだったからな。皇旗の発動で戻れないなら、シルバーでもたぶん無理だ。だったら、別の手段を考えないとだからな」

「意外だ……」

「なにがだ?」

「元は人間だったというのを覚えていたんだな」

「バカにすんな! 美女を見る度に思い出してんだよ!!」


 そりゃあ子熊の姿じゃ美女を口説けないからな。

 だが、裏を返せば美女を見てない時は、熊の姿に馴染んでいたってことだ。

 ジークらしいといえばジークらしい。

 楽観的な性格で、今を楽しむということを大事にしている。

 見事なまでに冒険者って感じだな。


「その姿から卒業しようと決めたのか? 気に入っていると思っていたぞ」

「気に入っているさ。大抵のことは、熊だから、で許してもらえるからな。けど、そろそろ人間に戻りたい……」


 しょぼーんっとした表情を浮かべて、ジークは項垂れる。

 まぁ、どれだけ楽観的な奴でもさすがにこのまま人間に戻れないってのは嫌か。


「なるほど。わかった。ミヅホ行きの船は手配しよう」

「本当か!? ありがたいぜ!」

「礼を言うのはこっちのほうだ。お前には幾度も助けられた」

「いやぁ、それほどでもないぜ。まっ、オレ様がいなきゃまずいって場面は何度かあったしな。オレ様がいなくなって、オレ様の大切さに気づいてしまうかもな!」


 得意気に語るジークに対して、俺は笑みを浮かべる。

 冒険者であるジークを俺が縛ることはできない。

 今まではシルバーに口利きするということで、協力してもらっていた。

 ただ、本人がまったく子熊の姿に不便さを感じておらず、たまにしか急かして来なかったため、俺は引き伸ばしていた。

 そこにあったのは打算だ。

 シルバーに会えばジークは帝国を去ってしまうからだ。

 なにせシルバーの力を以てしてもジークの姿は元に戻せない。

 そんな魔法は聞いたことがないし、皇旗でも無理だった。

 ならシルバーでも無理だ。

 だから引き伸ばしていた。

 だが、それも限界ということだろう。

 そして、そうなるとこの話を進めなければいけなくなる。

 ジークは自分が熊になった経緯については、ほとんど語らない。わかっているのは、誰かがジークの姿を変えたということだけだ。

 しかし。

 ジークの姿を変えた術は魔法ではない。どちらかといえば、悪魔の権能に近い。

 ならば話を聞かなければいけない。


「ところで……なぜミヅホなんだ?」

「うん? いや、それはだなぁ……ミヅホの仙姫様なら治せるかと思ってな!」

「なるほど。なら、紹介状を書いてやろう」

「お、おう、やけに親切だな……」

「お前は常に妹を守ってくれた。感謝の印だ」

「そ、そうか……ありがたく受け取るぜ」

「お前が人間に戻りたいというなら、全力でサポートしよう。だがな、なんて書けばいい? 帝国でもお手上げの術なんて滅多にないぞ?」

「いやぁ……それはだなぁ」

「冒険者の流儀は知っている。依頼に関する内容を秘密にするのもわかる。だが……時期が悪い。悪魔との関係を疑われかねないぞ?」


 俺の言葉にジークは押し黙る。

 話をするのは簡単なことではない。

 ジークは冒険者としての矜持を頑なに守ってきた。

 だが、最初の頃とは違う。


「俺は信頼に値しないか?」

「冗談はよせ……お前さんが妹を俺に預けたように、オレだって信頼してる」


 ジークはそういうと深くため息を吐いた。

 そして。


「他言無用だぞ?」

「もちろんだ。だから正直に話せ」

「ふむ……オレが女と出会ったのは森の中じゃない。オレが森の中に連れて行ったんだ。ある日、個人指名でオレに依頼が入った。任務の内容は依頼主に会ったら説明すると聞かされていた。報酬は虹貨三枚。後払いだった。SS級冒険者と同じ待遇にオレは舞い上がってた。すぐに受けたぜ」

「怪しい依頼だな」

「そうだ。金があるならオレなんかじゃなくて、SS級冒険者に依頼を出せばいい。だけど、オレはそこまで深く考えてなかった。自分の槍はSS級冒険者に匹敵すると自負していたってのもあるな。そして……オレは依頼主から亜人の女を預かった。任務はその女を生まれ故郷に帰すこと。依頼主は死にかけてた。著名な歴史研究家だったそうだ。過去を調べる過程で、女と出会ったらしい」

「その女が鍵か……何者だった?」

「……竜人族ってのを知ってるか?」

「知っている。悪魔との戦争で絶滅した種族だ。相当、強力な力を持っていたらしいな」

「絶滅なんかしちゃいない。ミヅホ仙国の黄昏の森。そこに隠れ住んでたのさ。女は森にかけられた術が弱体化したときに、外に出て攫われた子だった。研究者は何とか女を保護してたが、それも限界だったんだろう。オレに女を託して息を引き取った」


 竜人族に関する資料は少ない。

 わかっているのは亜人の中でも飛びぬけて強かったということ。

 そして悪魔との戦争では率先して戦っていたということくらいだ。

 その過程で絶滅したと書かれていたが、隠れ住んでいたか。

 まぁ驚きはない。

 絶滅したから姿が見えなくなったと言われるより、隠れ住んでいたというほうが納得はいく。


「それで? お前は報酬の期待できない依頼を全うしたのか?」

「ああ、オレは冒険者だ。一度受けると言ったなら、報酬が期待できなくてもやり遂げるさ。その希少価値から、女はあちこちから狙われていた。どうにか黄昏の森までたどり着いたが……オレはいくつか手傷を負っていた。女は咄嗟にオレを黄昏の森に引き込んで、オレを治療した。あれがなきゃ死んでただろうな」

「その治療の結果がその姿か?」

「いや、この姿なのは女の妹の機転だ。黄昏の森は入ってきた人間を逃さない。出るには長老の許可が必要だった。長老は女を助けてくれたことには感謝していたが、オレを外に出すわけにはいかないと言っていた。だから女の妹はオレの姿を変えた。獣なら外に出れるからだ。姿を変えるときは面白がっていたが……オレを外に送り出すときは、二人とも何度も謝っていた。あの時の二人の顔は今でも忘れられねぇ」


 ジークは語り終えると、盛大にため息を吐いた。

 そして。


「冒険者ギルドに報告すれば、黄昏の森に注目がいっちまうからな。ジークムントは任務中に行方不明って形にするしかなかった。その後、オレは禁術に詳しいザンドラ皇女の噂を聞いて、帝国に来たってわけだ。普通じゃないのはオレでもわかったからな」

「お前らしい話といえばお前らしいが……恨みはないのか? 助けたのに子熊に変えられたんだぞ?」

「オレを助けようとした結果だ。感謝こそあれ、恨みはねぇ。元の姿に戻りたいとは思うけどな。後悔があるとすれば、自分の弱さだけだ。オレが手傷を負わなければ、こんなことにはならなかった」


 変なところで立派な奴だ。

 普通なら報酬ももらえないし、姿も変えられたって結果に文句を言ってもいい状況だ。

 まぁ、そこで文句を言わないような奴だから、俺に良いように使われても文句を言わないんだが。


「やれやれ……お前に自分の性格の悪さを思い知らされる日が来るとはな」

「なんだ、お前さん。自分の性格が良いと思ってたのか?」


 ちょっと引いた様子でジークが告げた。

 ありえないって表情を浮かべている。


「ムカつく奴だ。まぁいい……それで? ミヅホに行ってどうする? 森に行ったら姿を戻してくれるのか?」

「さぁな。それは行ってから考える」

「お前は……」


 計画性のなさがジークらしいといえばジークらしいか……。

 帝国の皇女にノープランで会おうとする奴だしな。


「まったく……船と紹介状は用意する。オリヒメにはくれぐれも内密にと伝えておくから、目立つことはないだろう」

「感謝するぜ」

「感謝は元の姿に戻ってからにしろ。少し時間がかかるから、それまでの間に策でも考えておけ」

「了解だぜ!」


 


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― 新着の感想 ―
[一言] アル陣容で唯一アルに明確な恩や義理のないジークもついに動くか
[良い点] 竜人族、王国の悪魔、ジーク、シルバー…完全に理解した(理解した)
[一言] そう言えば、アルが言っているように皇旗で解呪出来ない、ひょっとしてジークのクマの呪いは悪魔のしわざ?とか考えてたんですが、どうやら違うようだ、と鵜呑みにしてしまいましたが。 くだんの竜人族と…
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