第五百三十四話 皇帝の本気
お待たせしました。またしばらくお付き合いくださいm(__)m
王国の第三王子にして、王国全軍総司令であるアンセムが公国を去ってから一週間。
俺はまだアルバトロ公国にいた。
「アル様、また公国の貴族の方がお会いしたいと申し出ていますが?」
「俺はジュリオ公子からの紹介じゃなきゃ会わないと返しておいてくれ」
「またそのような返答を……ジュリオ公子が忙しくなりますよ?」
「それが狙いさ。ジュリオの紹介ならば、帝国の皇子も断れないと印象づければ、それだけ公国内でのジュリオの価値が上がる」
アルバトロ公国は王権が強い国ではない。
どちらかといえば、公王は力を持つ貴族たちの調整役という意味合いが強い。
皇帝が絶対的な権力を持つ帝国とは違うのだ。
だが、いつまでもそのままというわけにはいかないだろう。
それを変える可能性があるのはジュリオだ。
先の戦いでジュリオは次期後継者として明確な資質と結果を見せた。
公国という国で、後継者の時点でこれだけの結果を見せた者はいない。
多くの貴族がジュリオに一目置いたことだろう。それを加速させれば、より公国は強い国となる。
そうすれば帝国の南は安泰だろう。
「アルノルト様。お客様です」
「忙しいと断っておけ」
「よろしいのですか?」
「いいんだ。俺は寝る」
すでに父上に対して報告書は送った。
この後、改めて俺に対して指令が飛んでくるだろうが、それまでは自由時間だ。
しばらく公国の復興に手を貸していたが、あとは公国の者たちの仕事だ。
ジュリオが周りの力を借りながらも、先頭を切ればいい。
そんな風に思っていると、扉がゆっくりと開いた。
「相変わらずだな、アルノルト」
「叔父上!? どうしてこちらへ?」
「サボり癖のある甥の様子を見に来たのだ。正解だったようだな」
「一応、言っておきますが、やるべきことはもうやりました。出迎えなかったのは、うちの執事があえて客が叔父上だと伝えなかったからです」
「聞かれませんでしたので」
セバスがシレっと答える。
この執事は、とひと睨みしたあと叔父上のほうへ視線を移す。
何の用事もなく叔父上が公国までやってくるわけがないからだ。
「何事ですか? 帝国で動きが?」
「気になるか?」
「気にならないといったら嘘になりますね」
「だろうな。帝国の動きは表面上、穏やかだ。まだ王国への侵攻の兆しは見えない」
「でしょうね。ようやく南部が安定して、まとまった海軍戦力の投入の目途がついた段階ですし」
「そうだ。だが、海軍戦力が必要になるのは敵を王国国内に押し込んだ場合だ。戦いはまずは国境で起きる。レオナルトが西部国境に入って睨みを利かしているが、いまだ兄上は動かん。だが」
叔父上はそこで言葉を切った。
そしてセバスに目を向ける。
周りに人がいないか確認しろということだろう。
セバスは心得たとばかりに姿を消す。
しばらくして、セバスが戻ってきた。
「問題ありませんな」
「それでは私は少し席を外します」
これから大事な話があるのだと察して、フィーネが一礼して出ていこうとする。
しかし。
「フィーネ嬢。君も聞いていきなさい」
「で、ですが私は軍部の人間ではありません」
「それでもアルノルトの傍にいる者として聞きなさい。聞く権利が君にはあるし、それだけの功績を君は挙げてきた。帝都にいない私がいってもあまり説得力がないかもしれないが……アードラー家は君を信頼している」
「も、勿体ないお言葉です……感謝申し上げます」
フィーネはチラリと俺を見てくる。
静かに頷くと、フィーネは俺の隣に立って叔父上の言葉を待った。
そして叔父上は口を開いた。
「兄上は……本気で王国を叩く気だぞ。表面上の動きはないが、冒険者ギルドと幾度も協議している。王国が悪魔と繋がっている可能性があるからだ。魔奥公団。奴らの闇を暴く意味もこめて……兄上はレオナルトを総大将として王国討伐軍を差し向ける気だ」
「悪魔が本当にいなくなったか分からない状況で、大戦を起こすのは……奴らを誘い出すという意味もあるということですか?」
「そういうことだ。王国をいくら調査しても、悪魔の影もない。だが、悪魔が王国に潜伏していたのは事実であり、冒険者ギルドもあれで終わりだとは思っていない。だから兄上は……世を乱す気だ。世が乱れれば悪魔も動き出すだろう」
「動く理由はわかりました。元々、王国とは一触即発ですし、いつ戦争をしてもおかしくなかった。理由が一つ追加されたところで、驚きはありません。ただ……先に動けば結局、帝国が損をすることになりますよ?」
大陸三強と言われる王国、帝国、皇国のバランスが崩れなかったのは、二つの国が争えば、もう一つの国が動き出すからだ。
だから小競り合いはあれど、相手を滅ぼすほどの大戦はなかった。そんなことをすれば、相応の被害を受けるからだ。
その被害を受ける覚悟が父上にはあるということだ。
得をするのは皇国だ。
「もしも王国が悪魔と何の関係もなかった場合、どうするつもりですか?」
「王国の実権は王太子の手にある。その王太子は王を軟禁している。これは確かな情報だ。聖女を慕って、帝国側に逃げてきた鷲獅子騎士の証言だからな」
「王を復権させるための戦にすると?」
「そうなるな。こちらには聖女もいる。大義名分はいくらでも用意できるだろう。なんなら、兄上はそうなってほしいと願っているはずだ」
「そうですね。俺も悪魔が関わってくるくらいなら、そうなってほしいです」
悪魔が関わってこなければ普通の大戦だ。
問題なのは仕掛ける相手が厄介だということと、皇国の動向くらいになる。
「皇国はどうするのか、とか、悪魔が出てきたらどうするのか、とか聞きたいことはあるんですが……とりあえず、一番聞きたいのは討伐軍の規模はどうなる予定ですか?」
父上が本気だと判断できるくらいだ。
よほど大規模な軍を組織するんだろう。
「これはまだ準備段階の話だが……総勢十五万、副将にエルナが内定しており、レオナルトの護衛にはセオドアがつくそうだ。その他、功績のある将軍たちは続々と招集リストに名が挙がっている」
「十五万ですか……!?」
フィーネが驚いて声をあげる。
帝国が本気になればまだまだ数は増える。だが、それは各地の守備軍を合わせたら、という話だ。
守備軍を維持した状態で、十五万の大軍を集めるなんて滅多にない。
それこそ父上の親征並みだ。
それほどの軍を預けられるなんて、皇太子並みの待遇といっていい。
さらには。
「エルナに加えてセオドアまで動員すると?」
「対悪魔となればエルナは必須だ。そしてレオナルトの身の安全のために、護衛の名手であるセオドアをつけるそうだ」
「十五万に加えて、近衛第二、第三騎士隊。一国くらい滅ぼせそうな戦力ではありますが……」
「お前の懸念はわかる。王国とて十万規模の軍を出してくるだろう。率いるのはアンセム王子だ。楽な戦いではない」
「楽どころか、数が足を引っ張るかもしれません。レオはそれほどの大軍勢を率いた経験はありませんし、他国に攻め込むのも初めてです。一方、アンセム王子からすれば、過去に経験のある状況です。かつて、王国は連合王国の侵攻を受けていますから」
「その点は兄上も考えている。もとより、帝国一国で勝つ気はないのだろう。勅使を藩国に派遣している」
勅使を藩国に派遣するというのは、妙な話だ。
藩国はすでにトラウ兄さんの意向で動ける。
そうなると、藩国にいる誰かに動いてほしいということだろう。
「マリアンヌ王妃を動かして、連合王国も参戦させるつもりですか?」
「それが帝国の戦略だ。帝国は陸から、連合王国は空から、そして公国は海から。王国を攻めるという形を今、作り上げている」
壮大な構想だ。
だが、果たして連合王国がどれほどの竜騎士を派遣してくれるか。
そこが問題だ。
参戦はしてくれるだろうが、その本気度合いで連合王国が頼みになるかが変わる。
そのためのマリアンヌ王妃ということだろう。
「竜王も動けば、さすがに勝率は五分以上ですかね」
「悪魔が出て来なければ、な。いずれお前にも指令が下るだろう。その時は帝国と公国の連合艦隊の長だ。王国に止めを刺す切り札といえるだろう。兄上がこれをお前に託す理由はわかるな?」
「標的を増やすためでしょう。長兄の時の二の舞は避けなければいけませんからね」
「それもあるが……お前のことを信頼しているからだ」
「重々承知しています。だからこそ、叔父上に頼みがあります」
「なんだ?」
「父上と宰相にお伝えしてほしいのです。連合艦隊の長は引き受けられない、と」
俺の言葉を聞き、叔父上は目を細める。
そして静かに頷いた。
「では、どんな役職を望む?」
「海軍が出向くのは相手を王国内の奥深くに押し込んだ時。その時、レオの名声は大いに高まっているでしょう。連合艦隊の長だけでは足りません。帝国、連合王国、公国の連合軍の総司令の座。そして蒼いマントが欲しいと伝えてください」
さすがに出過ぎた要求を聞き、叔父上は目を見開く。
蒼いマントを羽織れるのは元帥のみ。
レオに元帥就任の話はない。
つまり、形式的にとはいえ、俺がレオの上に立つということだ。
まぁ、全軍総司令になるためには、元帥の地位が必要という話でもあるのだが。
それくらいやって、ようやくレオと肩を並べられる。相手もどちらを狙うか迷うだろうな。
「お前には驚かされる……だが、面白い。必ず私が勝ち取ってこよう」
「ありがとうございます」
王国との戦争が終われば、レオは皇太子となるだろう。いくらエリクでも差を詰めることはできない。
だから狙われるのは、その手前。
戦争中だ。
そこで俺は元帥として表に立つ。
きっと誰もが思うだろう。
出涸らし皇子が野心を露にした、と。
だが、それでいい。
人を見抜く力がある者ならば、レオの活躍の裏には俺がいると気づく。
そんな俺が表に出てくれば、危険視せざるをえない。
「アルノルト。だが、そこまでするとその後、困ったことになるぞ? お前は皇帝になる気があるのか?」
去り際に叔父上が問いかけてくる。
それに俺は答えず、肩を竦めるだけに留めた。
それだけで叔父上は察したのか、小さく笑みを浮かべながらその場を後にしたのだった。