第五百三十二話 痛み分け
港を封鎖していた十隻の軍船はジュリオについた。
この時点で勝負あった。
さすがに都を砲撃するわけにもいかないので、十隻の軍船は俺たちに続いて、港に船をつけると船員がジュリオの下に駆け付けてきた。
この状況なら海に出てなかった海軍の者たちも、ジュリオにつくだろう。
公国海軍を掌握したのだ。
「これより公国海軍は僕の指揮下に置く! 海軍提督を即座に捕縛し、城を包囲している公爵軍を蹴散らすぞ!」
「はっ!」
公国海軍には精鋭が集まる。
公爵軍の兵士と日夜訓練に明け暮れている海兵では練度に大きな差がある。
海上でなく、陸上でも公国海軍は精鋭なのだ。
城の確保は時間の問題だろう。
「メスト船長」
「これはアルノルト皇子殿下」
自分の部下たちを率いて、公爵軍と戦おうとしていたメストを俺は引き留めた。
懸念するべきことがあったからだ。
「少し頼みがある」
「はっ! なんなりと! 我が船の船員たちは訓練の行き届いた精鋭です! どのような任務でもこなせるかと!」
「それを聞いて安心した。あなたの部下だけで何隻、港から出航させられる?」
「それは……船を出すということですか? どちらまで?」
「とにかく港から出せればいい」
「時間はどれくらいでしょうか?」
「なるべく早くだな」
俺の言っている意味が理解できず、メストは困惑した表情を浮かべていた。
だが、すぐに気持ちを切り替えて部下に指示を出し始めた。
「了解いたしました! 少数に分かれて船の出航準備にかかれ! どの船でもいい! なるべく早く港から多くの船を出せ!」
さすがは軍人というべきか。
行動が早くて助かる。
部下たちも城に行こうとしていたのに、船の出航準備という謎の命令を文句も言わずに実行している。
「やれるだけやってみますが、少数での出航準備は大変な作業です。すべての船を出すことはできないかと」
「できるだけでいい」
「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「いくら公国海軍でも船がなきゃ王国戦では無力だ。負けが濃厚な時点で王国側は公国海軍の戦力低下を目論むだろう。俺ならそうする」
「船が狙われると?」
「手っ取り早いからな。城の占拠は相手も予想外なはず。まだ間に合うかもしれない。なるべく多くの船を港から出してくれ。停泊中でもなければ手出しはできないだろう」
理由を聞いて、メストは険しい顔で頷いた。
何か細工されているにしろ、停泊中でもなければ操作は無理だろう。
遠隔操作で何かできるようなものを、公国海軍のすべての船に仕込むのは無理だ。そんな数を用意できるわけがない。
探すのも手だが、動かせる戦力は少ない。
安全圏に避難させるほうが現実的といえるだろう。
「公国海軍にとって船は命です。狙われているならもう少し人が欲しいところです」
「港から公爵軍を追い出すとなると、あなたとあなたの部下たちしか使えない。これ以上、戦力を割けば時間がかかりすぎる。砦からの援軍がないとも限らないし、万が一、城が公爵軍によって奪還されたら終わりだ。悪いが、船より人命だ」
「わかりました。殿下のお考えに従います。では、私も加わりますので、ジュリオ殿下をよろしくお願いいたします」
「任せろ」
そんな会話をした後、俺は傍に控えるラースたちと共に城へ向かったのだった。
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「やぁ、フィーネ。良いタイミングで状況を動かしてくれて助かったよ」
「お役に立てたなら幸いです」
城を奪還しようとしていた公爵軍を蹴散らし、城に入った俺をフィーネが出迎えた。
その後ろにはアルバトロ公王がいた。
「帝国第七皇子、アルノルト・レークス・アードラーが陛下にご挨拶申し上げます。ご無事で何よりです」
「すべて皇子のおかげだ。ジュリオを良く助けてくれた」
「父上! 怪我はありませんか!?」
「ああ、問題ない」
海軍の指揮を取っていたジュリオが、少し遅れて玉座の間に入ってくる。
そして父の下へと駆け寄った。
久しぶりの親子の再会だ。
邪魔してもあれなので、俺とフィーネはバルコニーに出た。
「上手くロンディネ公国を動かしてくれたみたいだな」
「上手くかどうかはわかりませんが……ロンディネ公国のダニオ公子が重大な決断を下してくれたのが一番の要因です」
「借りができたな。手紙でも書くか」
「そうしていただけると、ダニオ公子の立場も保証されるかと」
頷きながら俺は港のほうを見る。
そこでは停泊中の軍船が炎を上げながら海に沈んでいた。
魔導具でも仕込んでいたのか、それとも魔導砲に細工でもしていたのか。まるで強力な魔法を食らったかのような爆発だ。
メストはかなり頑張ってくれたようだが、港を出港できた船は僅か。
港に配備されている軍船たちが公国海軍の主力だ。
これで公国海軍の力は半減したといえるだろう。
「アルバトロ公国での戦いはこちらの勝利だ。しかし、アルバトロ公国の海軍を引き入れるという当初の目的は半分くらいしか達成できなかったな」
「ロンディネ公国には王国の舞姫が送り込まれていました。こちらがロンディネ公国に向かうと予想していたのでしょう」
「やはりロンディネにも手を回していたか。周到だし、転んでもタダでは起きない。本当に厄介な相手だな」
押さえておかなければいけない場所をしっかりと押さえている。
負けるとわかれば、こっちにできるだけ被害を与えて良い負け方をしてくる。
「セバス」
「ここに」
「ネルベ・リッターと共に砦へ向かえ。奴らがモタモタしているようなら王国大使マルセルの首を取れ」
「なるほど。モタモタしていない場合は?」
「早々に砦を放棄して、港町の確保に動くだろう」
「では、港町に向かうべきでは?」
「相手にも猛者がいる。混乱時じゃなければ突破は無理だ。砦にいないなら諦めろ」
「かしこまりました」
セバスはそう言って姿を消した。
これで俺がやるべきことはもうない。
公爵の息子であるバルナバはどこかに消えているが、頼る相手はわかっている。
砦に向かったか、事前に都が落ちたときのことを話し合っていれば港町に向かうだろう。
マルセルは王国に帰るだろうが、残された貴族たちはこちらに降伏するだろう。
その時の手土産をマルセルは用意するはず。
だからこちらから人を使って探す必要はない。
「今回は痛み分けってところか」
「ですが、不完全でも目的は達せました。勝ちといってもいいのでは?」
「君のおかげで、な。俺だけなら負けてた」
「ロンディネ公国に向かったのはアル様の指示です。敗北の責任が指揮官のモノになるように、勝利は指揮官のモノです。アル様がセバスさんやリンフィアさんを残してくれたので、私はロンディネ公国を動かすことができました。すべてアル様の功績です」
「そういう見方もできるな。そういうことにしておこう。その方が気分がいい。まぁ、向こうはそう思わないだろうが」
フィーネの主張を採用して、俺は自分の勝利と納得することにしたのだった。