第五百二十八話 交渉の段階
昨日はすみませんでした。なぜか筆が進みませんでした。
マルセルは都の主要街道を塞ぐ砦に入った。
都に軍隊が入るならば、その街道を塞ぐ砦を超える必要がある。
国境軍がその砦と対面する形で布陣し、俺とジュリオは都の西方にある港町に入っていた。
「交渉は平行線か」
報告を聞いていた俺は、予想通りだなと呟く。
交渉はこちらから仕掛けた。
盟主であるパストーレ公爵の身柄を預かっているため、それによって相手の降伏を促したのだ。
だが、相手はそれを拒否した。
既に盟主はパストーレ公爵の息子であるバルナバに移っていると主張してきたわけだ。
いまだ都は敵の手にあり、砦を攻め落とすとなれば相応の出血を強いられる。
ジュリオと国境軍を指揮してきたエヴァの意見は、これ以上の戦闘の回避ということで一致していた。
だから交渉で片を付けたい。
そう思っていたが、相手もそれは承知している。
簡単に降伏するわけがない。
「公爵を含むすべての貴族の身分、そして所領の安堵なんて……馬鹿げています」
「最初に無理難題を吹っ掛けるのは交渉の常とう手段だ。相手はこちらがどれだけ譲歩できるのか探っている。下手に条件を出せば、相手の思惑通りに進んでしまうだろう」
だから交渉は平行線で終わった。
特に上手いのは公王については一切触れなかったことだ。
人質交換の話もなかったそうだ。
よほど王を人質として使うことが嫌なんだろう。
もちろん、使えば勢力の瓦解が始まってしまう。それよりはチラつかせる程度で妥協点を探す方が良いと考えたんだろう。
「律儀な奴だ」
「誰のことですか?」
「マルセルさ。勝ちがなくなった今、奴がこの国に留まる理由はない。俺ならさっさと船を破壊して逃亡するよ。主力の船が故障してしまえば、海からの攻撃を半減させることができるからな」
「なんて恐ろしいことを……」
「親王国派が負けた時点で、そうするしか王国には手がないんだ。元々、公国海軍が帝国に協力したら敗北する可能性が高いと思っているから、この国に内乱を起こしたんだからな。みすみす敵側につくことを許すわけにはいかないだろう」
その後の関係は今、考えている余裕はない。
帝国との戦争に勝たなければ、王国にその後はない。
一年前。レオによって王国軍は敗北している。
また負けるようなことがあれば、国が揺らぐことになるだろう。
拠り所だったレティシアを失い、さらに兵力も失えば、王国は国力を維持できない。
常に帝国からの圧力を受け、詰んでしまうだろう。
ようやく大陸三強と呼ばれた頃の力を取り戻したのに、それは受け入れられないはず。
逆に帝国との戦争に勝てば、アルバトロやロンディネとの国交を回復することは容易い。
小国は強いほうに靡くからだ。
感情的に許せないと思っていても、歴然たる力の差があれば顔色を窺うしかない。
そして、この特徴が帝国の負けられない理由にもつながる。
帝国の戦略は北と南に同盟国を作り、東と西の大国に備えるというもの。
これは帝国が強大だからできることだ。
王国との戦争に負けるようなことがあれば、この戦略が崩れかねない。
どちらも負けられない。
大国同士の戦争はそういうものだ。
王国は何をしても勝ちに来る。自分たちから仕掛け、レティシアさえも切り捨てた。
もはや後には退けない。
そしてこちらも同じこと。
「マルセルはまだ砦に残っている。公爵側の貴族のためだろう。彼らのために後始末をしている段階だ。自分がいなければ、こちらが力攻めに出かねないからだろう。律儀に自分の下についた者を守っているんだ」
「公爵たちにはもったいない人物ですね」
「そうだな……あいつの敗因は君に近づかなかったことだろう。君を親王国派に取り込めないと判断してしまった。その判断がなければ俺に手はなかった」
「僕はどんな説得をされようと、王国にはつきません。帝国には恩があります」
「そうだな。過去の繋がりが俺を救った」
笑いながら俺はこの話を終わらせた。
ジュリオは十分すぎるほど成長した。
ここで性格的な部分を指摘する必要はないだろう。
きっとマルセルがジュリオに近づいていれば、ジュリオはマルセルに感化されていただろう。
レオに影響されたように、若いジュリオは他者に影響されやすい。
ただ、誰にでも影響されるわけじゃない。
英雄的な人物に憧れがあるから、そう言う人物には影響されてしまう。
そしてマルセルはそういう部分も持ち合わせている。
「報告します! 船の確保ができました!」
「わかった」
返事をして、俺は報告に来た伝令を下がらせる。
わざわざ港町に来たのは、都に入るには海路が一番だからだ。
問題は。
「この状況で海軍はどう動くでしょうか……」
「海軍提督が公爵側だからな。基本的には敵側につくだろうさ。ただ、状況はどう見ても劣勢。離反しようと思う者も少なくないだろう。ただし、行動には移せない」
「城に父がいるからですね……」
「都にいるのはバルナバだ。いざとなれば、躊躇いなく王を人質にするだろう。下手に近づいて刺激したら、海路からの侵入は断たれる」
「どうにか父を救出しなきゃですね」
「そのためには都に入る必要がある。少数を送り込むことはできるだろうが、少数では城から王を連れ出すのは難しい。何か切っ掛けが必要だ」
このまま交渉を長引かせれば、マルセルの思う壺だし、相手の貴族たちにとって有利なようにまとめられてしまう。
貴族たちの命を奪う必要はない。首謀者である公爵とバルナバを斬れば、だ。
だが、こちら側についた貴族たちには褒美を与える必要がある。
その褒美は反乱に加担した貴族たちから出させる必要がある。
交渉ですべてをまとめられると、それが厳しくなる。
だから交渉以外の決着を俺もジュリオも求めているというわけだ。
まぁ、俺の場合はマルセルの退路を断ちたいという思惑があるわけだが。
しかし、そう上手くはいかない。
なんて思っていると。
「きゅ、急報! 都にて反乱発生! 城が占拠されました!」
「海軍が動いたのか!?」
「い、いえ! ロンディネからの使節が公王陛下を救出し、そのまま城に籠っている模様です!」
「船を用意しろ。至急、都へ向かう」
「えっ!? 殿下!? 詳細がわからないのに向かうのですか!?」
「王を助けたなら俺たちの味方だ。そして城には長く籠れない。救援が必要だろ?」
「ですが、もう少し情報を集めないと……」
「いらんよ。そのロンディネの使節の名を当ててやろう。フィーネ・フォン・クライネルト。俺の右腕だ」