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第五百二十四話 後退指示


「後退しろ。仕切り直す」

「またですか!?」


 マルセルの指示に公国側の騎士が声をあげる。

 最初の攻撃。

 火攻めも敵が持ちこたえたのを見て、マルセルは後退を指示していた。

 落としきれないと判断したら、後退してやり直す。

 その繰り返しだった。


「後退だ。早くしろ」

「了解しました……」


 渋々ながら騎士は従う。

 今もマルセルの仕掛けた攻撃により、砦は防戦一方。

 このまま続けていけば、突破できるかもしれない。

 そんな状況での後退だった。

 だが、マルセルの感想は違った。


「さすがに強いな……」


 一番惜しかったのは最初の火攻め。

 混乱したところを一気に落とせる可能性があった。

 だが、敵のジュリオ公子が見事に立て直した。

 深刻な状況だったはず。

 それを自ら前線に出て、兵士たちに抵抗する意志を示した。

 ギリギリのところで砦は持ちこたえた。

 それからというもの、押し込めることは押し込めるが、陥落させられる手応えは感じてなかった。

 それは相手が押し込まれること前提で防御を組んでいるからだ。


「陥落させられないなら意味はない……」


 マルセルは腕を組み、考え込む。

 マルセルの求める結果は早期の陥落のみ。 

 騎士のいうように、攻撃をしていればいずれ落ちる。

 だが、その前に公爵軍は後方を脅かされてしまうだろう。

 それでは意味がない。

 その前に決着をつける。それがマルセルの目的だった。

 だからこそ、一撃で落とせないならば後退していた。戦力が削れてしまうと落としきることができないからだ。


「脆弱な砦と経験不足な貴族の軍。同数で落とせると考えたのは甘えだったか……」


 敵援軍の足止めには五千を向かわせた。

 確実を期すためだ。

 だが、砦の粘りが思っていた以上にしつこい。

 相手は四方からの攻撃に備えるため、戦力を分散配置している。それに対して、マルセルは戦力の集中が可能だった。

 実質的に戦力優位で戦を進められる。

 それでも落とせない。

 攻撃が読まれて、敵も戦力を集中させるからだ。


「このままでは無理か……」


 軍を再編成する必要がある。

 そう考えて、マルセルは全軍に対して一時後退の指示を出したのだった。




■■■




 全軍後退。

 主力ともいえる五千を任せられたアドルナート伯爵は、指示に驚きつつも後退の準備に入っていた。

 砦も優勢、こちらも優勢。

 このまま維持すれば勝ちが見える。

 そんな状況に思えたが、凡人である自分たちとは違う世界が見えているのだろうと納得したのだ。

 だが。


「全軍後退とはどういうことだ!?」

「パストーレ公爵……大使の指示です」

「有利を捨てるというのか!? ここまで攻めて、敵は疲弊している! 今が押し時だ!」

「大使には考えがあるのです!」

「自分の手で戦を決めたいだけだ! 今後、我々が王国に逆らえないようにな! 結局は手柄が欲しいのだ!」


 パストーレ公爵はそういうと本陣を出ていく。

 手柄が欲しいのは自分だろ、と心の中で突っ込みつつ、アドルナート伯爵は後退準備に入った。

 そしてある程度、準備が整った状況で後退の指示を出した。


「全軍後退!」


 相手に背を見せて、軍が後退する。

 だが、従ったのは四千のみ。

 残る一千は逆に敵へ向かって攻撃を仕掛けた。


「何をしている!? どういうことだ!?」

「パストーレ公爵が一千を率いて突撃しました!」

「なん、だと……?」


 貴族たちが頼るのはマルセルであり、今のパストーレ公爵はあくまで旗印というだけだった。

 だが、前線の兵士にとっては絶対的な盟主だ。

 一千が動いたのは責められない。

 まずいという考えがアドルナート伯爵の中に浮かぶ。

 決してパストーレ公爵から目を離すな、と厳命されていたからだ。

 パストーレ公爵が愚かなだけなら問題ないが、愚かな行動に出れば監視していたアドルナート伯爵の問題になる。

 このまま見殺しにするのは簡単だった。

 四千を率いて後退すればいい。

 しかし、それをすれば公爵軍は瓦解する。

 盟主である公爵が死ぬからだ。

 もはや選択肢は一つしかない。


「……全軍反転。公爵を引き戻すまで攻勢を続けよ。オスカルに伝令! 引きずってでも公爵を連れ戻せ!」


 伝令にそう伝えながら、アドルナート伯爵はオスカルから伝えられたアルの言葉を思い出していた。

 つく相手を間違えた。

 それを今、実感することになるとは。

 大勢は決したと思っていた。

 もはやパストーレ公爵の勝ちは揺るがないと。

 だが、見ていたのは情勢のみ。

 人を見ていなかった。

 人並外れて有能なマルセルが支えていて、これだ。

 ほぼ勝ちが確定していたというのに、なぜか劣勢のようになっている。

 攻め込んだ一千は敵の反撃にあい、包囲されつつあった。

 アドルナート伯爵の四千が反転攻勢に出たため、完全包囲は避けられているが、撤退するためには相当の兵が血を流すことになる。

 無意味な流血だ。

 果たして、この戦に勝ったとして。

 あの公爵を王に据えてよいものか。

 玉座に座ったあの男に忠義を誓ってよいものか。

 今更なことを思いながら、アドルナート伯爵は深くため息を吐くのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 自分の責任になるのが困るのは息子と同じか
[良い点] 後悔してももう遅い アドルナート伯爵も自分は所詮は雑魚だったと思い知ったかな 初志貫徹で中立守っておけば良かったのに
[一言] ジュリオ公子の覚醒、パストーレ公爵の暴走、 マルセルにとっては出てほしくない不確定要素が連続したって形かな。 これを見逃すアルじゃないし一気に流れを手繰り寄せる一手を放ちそう。 はたまたそ…
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