第五百十九話 公爵軍
「ジュリオ殿下! ご無事ですか!」
「ラウル! よく来てくれた!」
砦に入ってきたラウルをジュリオが出迎えた。
その後ろから数人の貴族が歩いてきた。
「ジュリオ公子殿下、ピント伯爵以下、辺境貴族は殿下の下へ参陣いたします」
「よく決断してくれた、ピント伯爵。この戦の後は必ずあなたたちに報いよう」
「ありがたく」
そんなやり取りの後、ピント伯爵が俺のほうへ視線を向けた。
「アルノルト皇子殿下とお見受けします」
「いかにも俺がアルノルトだが?」
「皇弟、ベルクヴァイン公爵より伝言を預かっております」
「聞こう、叔父上は何と?」
「怪我はするな、と」
叔父上らしいな。
これから戦だというのに、怪我はするななんて暢気なもんだ。
まぁあまり気負うなということだろう。
「なるほど。では、怪我をしないようにしよう。俺の身の安全、貴公らに任せても平気か?」
「お任せを、必ずお守りします!」
「その意気を買おう。この砦に援軍二千は入らない。砦の外に陣を張ってもらうことになる。場所を説明する。中へ」
相手の半分しかいない俺たちは、戦力を分散するべきではないが、無理に砦へ入っても仕方ない。
一千は砦。援軍二千は砦と公爵軍を視野に置いておける場所に陣を立てる。
それが今のベストだ。
相手が馬鹿じゃなければ、砦に少数の抑えを残して、外にいる援軍二千を攻めるだろう。
まぁ、そうなったら打って出るだけだが。
■■■
「馬鹿が」
相手の予想外の行動に俺はそう呟いた。
公爵軍はなぜか援軍二千の抑えに、同数の二千を配置。
残る四千での砦攻めを選択してきた。
砦さえ落とせば終わると踏んでの行動だろう。
確かに砦には俺もいるし、ジュリオもいる。
たかが千くらい踏みつぶせると思ったのだろうか?
いくらなんでも短絡的だ。
なにせ。
「砦攻めなんて簡単にさせるわけがないだろうに」
そう言って俺は空を見上げる。
向こうにはなくて、こちらにあるもの。
それは空の戦力だ。
敵は王国の干渉を嫌がり、マルセルを伴っていない。
だからだろう。
鷲獅子騎士がいない。
しかし、こちらには俺の護衛が存在する。
空から自由に地上を攻撃できる護衛が。
「迎撃してよろしいでしょうか!?」
「攻城兵器だけ狙え。それで敵の戦意は折れる」
「了解いたしました!」
近くまで降下してきていたフィンは、俺の指示を聞くと高度を上げる。
そして杖から雷撃を繰り出し始めた。
狙いは砦攻め用の兵器たち。
大型の兵器たちを一生懸命運んでいた公爵軍だったが、そこに雷撃を撃ち込まれてしまう。
倒壊する兵器。炎上する兵器。
どんどん公爵軍の間に混乱が広がっていく。
空から無数に降り注ぐ雷撃。公爵軍にとっては天災と変わらないだろう。
「こちらが空を確保しているというのに、安易に砦攻めを選択するとはな」
呆れてため息を吐く。
フィンの存在を忘れていたのか、まさかこれほどとは思っていなかったか。
公爵軍は混乱し、前線が崩壊。
撤退を余儀なくされた。
援軍二千の抑えに動いていた相手の二千も退いていく。
結局、攻城兵器を失っただけだ。
せめて夜に動くなり、もうちょっと工夫を見せてほしいものだ。
「さすがは殿下の近衛騎士ですね……」
「俺の近衛騎士じゃない。俺の父の近衛騎士だ。それにフィンはまだ大人しいほうだぞ?」
空という特殊条件下においてフィンは無双するだけの力がある。
だが、近衛騎士の何人かは条件を問わず、無双できる力を持つ。
公王が帝国の本気度を確かめたのも、近衛騎士が動員されれば帝国の勝率は大きく上昇するからだ。
父上は戦において無敗だが、父上の出陣には多くの近衛騎士がついていく。
その戦力では負けるほうが難しい。
これは本人の言葉だ。
それだけ戦場に出てきた近衛騎士というのは脅威なのだ。
「これで大人しいですか……敵軍四千を一人で退けたのに……」
「同じ四千でも率いる者によって脅威度は変わってくる。気を引き締めろ。公爵は必ずマルセルに泣きつく。そうなれば、今、情けなく退却している四千は精鋭へと変わるだろう」
「……殿下はどうしてそこまでマルセル大使を警戒されるのですか? もちろんマルセル大使がすごいのはわかりますが……」
「同じ匂いを感じるんでな。あれは大噓つきだ。きっと自分も他人も必要なら騙せるタイプの人間だ。だから警戒する」
「嘘つきですか……大使はどんな嘘をつくのでしょうか?」
「大体察しはつくけどな」
俺に対する態度がデカい。
護衛に鷲獅子騎士が三騎。
これだけでも大体察しがつく。
それにアルバトロ公国は、王国にとって絶対に押さえなければいけない要所だ。
ここでアルバトロ公国を王国側に加えれば、帝国南部を脅かせるうえに海上戦力の低下が見込める。
かつての戦争のように帝国は泥沼にはまる可能性がある。
そうなると皇国も黙ってはいない。
ここ数年、リーゼ姉上の鉄壁の防御に太刀打ちできていなかったが、帝国が王国と泥沼の戦争をするなら隙を狙うだろう。
戦略上の要所。それがアルバトロ公国だ。
俺なら部下には任せない。
「さて、しばらく公爵は怯えて動けない。こちらはその間に休息を取るとしよう。貴族たちにも休むように伝えておけ。彼らも疲れているだろうしな」
伝令にそう伝え、俺は砦の中へと引っ込む。
こちらは三千。向こうは六千。だが、六千の士気は低く、お邪魔虫も存在する。
数の上では負けているが、まぁ互角かこちらが有利といったところ。
時間もこちらの味方だ。
「お手並み拝見といくか」