表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

535/819

第五百十八話 明らかな長所


 パストーレ公爵出陣。

 その一報を聞いた俺はため息を吐いた。


「やっぱり向こうについたか」

「オスカルは説得できなかったようですね……」


 ジュリオは肩を落とす。

 今まで都から動かなかったパストーレ公爵。

 それが今になって動き出したのは、中立を守っていたアドルナート伯爵が味方についたからだ。

 それによってパストーレ公爵の軍勢は膨れ上がった。

 この優位を見て、パストーレ公爵はようやく重い腰をあげた。

 総勢六千の軍勢がこちらに向かって来ている。

 対して、こちらは総勢一千。

 戦力差は六倍。

 拠点に籠って戦うにしても、アルバトロ公国には堅牢な砦がない。

 一応、近場の砦で改修できそうなものは改修したが、そんなに時間もなかったし焼け石に水だろう。

 脆弱な拠点じゃ六倍の戦力差には耐えられない。

 

「まぁ、パストーレ公爵が直々に出陣しただけ良しとするか」

「どういう意味でしょうか?」

「息子でも大将に立てて、マルセルに全権を委ねられたら勝ちはなかった。これまで動かなかったことから見ても、パストーレ公爵は王国の介入を嫌がっているんだろうな」

「王国の助力で都を制圧したのに、干渉を嫌がるとは……」

「傀儡になる度胸もないんだろう。都合のいい話だ」


 その都合のよい考えが俺たちにとっては勝機となる。

 絶対に勝てると確信したからパストーレ公爵は出陣してきたんだろうが、戦に絶対はない。


「やれることをやろう」


 そう言って俺はジュリオの肩を叩く。




■■■




 数日後。

 砦に籠った俺たちの前に六千のパストーレ公爵軍が展開していた。

 そんなパストーレ公爵軍から使者がやってきた。

 その使者は門の前で、馬を下りて俺たちに挨拶した。


「お久しぶりです。アルノルト殿下、ジュリオ公子」

「久しぶりだな、オスカル」


 使者としてやってきたのはアドルナート伯爵の息子であるオスカルだった。

 アドルナート伯爵を味方につけるために送り込んだはずだが、今は敵方の使者としてやってきている。


「このような結果となり、申し訳ありません……父を説得することができませんでした」

「オスカル……」


 ジュリオは仕方ないという表情を浮かべている。

 オスカルも残念そうな表情だ。

 しかし。


「殿下も失望されたでしょう……」

「別に失望はしていない。ある程度、予想できたことだ」

「……どういう意味でしょうか?」

「そのままだ。俺は君を良く知らないが、ある程度の性格は把握している。父君にパストーレ公爵につくべきだと逆に諭され、情勢が一気にパストーレ公爵に傾いたから裏切ったんだろう? 父が正しかったと」

「裏切りなどと!? 自分がどんな思いで!」

「必死に説得したんだろうな。それは認めよう。だが、結局のところ君は俺たちと向かい合っている。ある程度、わかっていたよ。君は明らかに劣勢の勢力に味方する人間ではない、とな」


 下手に情勢を見られるから、有利不利がわかってしまう。

 下手に保身ができるから、勝った後、負けた後のことがわかってしまう。

 下手に自分の非を認められるから、父の正しさがわかってしまう。

 オスカルはきっと伯爵に引き込まれるだろうと思っていた。

 期待はしていないから失望もない。


「わかったような口ぶりですね……自分は数日間、軟禁されました。実の父に、です。情勢が動くまでずっと殿下方の味方だった。もう覆せない状況になったから、公爵につくしかなかったのです!」

「それが君という人間なんだろう。数日の軟禁で義理は果たしたと思うし、状況が変われば勢力を変えても仕方ない。世間じゃそう言う奴を裏切り者と呼ぶ」

「仕方なかったのです! 殿下も逆の立場ならそうするのでは!?」

「俺は絶対に勝たせたいと願う者がいるなら、そいつを絶対に勝たせる。覆せない状況を覆してみせるし、無理でも不可能でもやってみせる。知らんようだから……よく覚えておけ。世の中、君のように覚悟のない者ばかりじゃない」


 スッと目を細めると、オスカルが一歩後ずさった。

 だが、オスカルは反論する。


「……殿下がご立派なのはわかりましたよ……では、この劣勢を挽回できると? できなければ口だけだ!」

「できるし、もう劣勢ではない。パストーレ公爵は時間を掛け過ぎた」

「援軍のアテでも? ラウルの姿もないようですが、もしや辺境貴族に期待を? 彼らが駆け付けるわけがない。馬鹿なラウルだって無謀な戦いに挑みはしない! ついてきてほしいなら優位を勝ち取るべきだったんだ!」

「それが本音か。まぁ言いたいことはわかる。だが、その考えじゃ大成はできないぞ? 劣勢な時に味方してくれた者こそ、信用に値する。その信用は一生ものだ。だからラウルはこれからも重用されるだろう。君とは違って、な」


 俺たちは劣勢だった。

 だから劣勢の時でも裏切らないと思う者しか信じられなかった。

 俺たちは道端で倒れた女性と同じ。

 見捨てても言い訳がきく相手だ。

 理由があったのだから仕方ないといえる。

 助けるほうが物好きなのだと。

 だが、俺たちが求めているのはその物好きだ。


「ラウルが重用される……? 殿下は見る目がないようだ。あんな長所がない男が重用される国なら、待っているのは亡びだけだ」

「確かに見る目はないかもな。弟は長所のない人間でも長所を見つけられる。それに比べれば俺はまだまだ。明らかな長所しか見つけられないからな。ラウルは誠実だ。その一点だけで、半端な君を大いに上回る」


 そう言った瞬間。

 見張りの兵士が大声をあげた。


「北より軍勢! およそ二千!」


 誰もが視線を北側に向けて、その軍勢を確認する。

 小貴族の連合軍。

 その先頭に掲げられたのはピント伯爵家の軍旗だ。


「帰ってお父上に伝えることだ。つくべき相手を間違えたな、とな」

「た、たかが二千の援軍で……こちらは六千! まだ倍もいる!」

「そう思うなら掛かってこい。こちらはいつでも受けて立つ。パストーレ公爵の性格上、最後までどちらにつくか迷っていたアドルナート伯爵家が先鋒だろうな。自分が王位についたときに目ざわりだろうから、戦力を削ぎにくるだろう。せいぜい、奮闘することだな」

「くっ……! お好きなように言えばいい! 我らが勝った時は、自分から助命を懇願しましょう。その時に感謝してほしいですな!」

「そうやって保険をかけるのはやめておけ。俺は君を助命しない」


 自分は助けるつもりだ。

 そういうスタンスを見せておいて、万が一の時の保険を作っている。

 裏切っておいて、助命の懇願などと笑わせる。


「さぁ、さっさと去れ。ジュリオ公子は未来の功臣を迎えるのに忙しい」


 両手で俺はオスカルを追い払う。

 そしてジュリオと共に、ゆっくりと近づいてくる援軍を出迎える準備に入ったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 寝返ったことよりも指摘にキレて保身の言い訳並べはじめるのが駄目なんだよ ここから公子勢力が逆転したらどうするんだか
[気になる点] オスカルなんかすごく下げられていますけど、そんなに酷いかな。 ラウルに肩入れした結果では? まあ、より確実なのがラウルだったのでしょうが。 まあ、友人にするならラウルですけど。
[一言] まぁ……なんというか、オスカルは愚鈍なわけではない。 半端に有能だった。 責めるべきはやはりその精神性でしょうね。 ただ、こういった戦争がまだあるような世の中では風見鶏は割と普通のことで、そ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ