第五百十八話 明らかな長所
パストーレ公爵出陣。
その一報を聞いた俺はため息を吐いた。
「やっぱり向こうについたか」
「オスカルは説得できなかったようですね……」
ジュリオは肩を落とす。
今まで都から動かなかったパストーレ公爵。
それが今になって動き出したのは、中立を守っていたアドルナート伯爵が味方についたからだ。
それによってパストーレ公爵の軍勢は膨れ上がった。
この優位を見て、パストーレ公爵はようやく重い腰をあげた。
総勢六千の軍勢がこちらに向かって来ている。
対して、こちらは総勢一千。
戦力差は六倍。
拠点に籠って戦うにしても、アルバトロ公国には堅牢な砦がない。
一応、近場の砦で改修できそうなものは改修したが、そんなに時間もなかったし焼け石に水だろう。
脆弱な拠点じゃ六倍の戦力差には耐えられない。
「まぁ、パストーレ公爵が直々に出陣しただけ良しとするか」
「どういう意味でしょうか?」
「息子でも大将に立てて、マルセルに全権を委ねられたら勝ちはなかった。これまで動かなかったことから見ても、パストーレ公爵は王国の介入を嫌がっているんだろうな」
「王国の助力で都を制圧したのに、干渉を嫌がるとは……」
「傀儡になる度胸もないんだろう。都合のいい話だ」
その都合のよい考えが俺たちにとっては勝機となる。
絶対に勝てると確信したからパストーレ公爵は出陣してきたんだろうが、戦に絶対はない。
「やれることをやろう」
そう言って俺はジュリオの肩を叩く。
■■■
数日後。
砦に籠った俺たちの前に六千のパストーレ公爵軍が展開していた。
そんなパストーレ公爵軍から使者がやってきた。
その使者は門の前で、馬を下りて俺たちに挨拶した。
「お久しぶりです。アルノルト殿下、ジュリオ公子」
「久しぶりだな、オスカル」
使者としてやってきたのはアドルナート伯爵の息子であるオスカルだった。
アドルナート伯爵を味方につけるために送り込んだはずだが、今は敵方の使者としてやってきている。
「このような結果となり、申し訳ありません……父を説得することができませんでした」
「オスカル……」
ジュリオは仕方ないという表情を浮かべている。
オスカルも残念そうな表情だ。
しかし。
「殿下も失望されたでしょう……」
「別に失望はしていない。ある程度、予想できたことだ」
「……どういう意味でしょうか?」
「そのままだ。俺は君を良く知らないが、ある程度の性格は把握している。父君にパストーレ公爵につくべきだと逆に諭され、情勢が一気にパストーレ公爵に傾いたから裏切ったんだろう? 父が正しかったと」
「裏切りなどと!? 自分がどんな思いで!」
「必死に説得したんだろうな。それは認めよう。だが、結局のところ君は俺たちと向かい合っている。ある程度、わかっていたよ。君は明らかに劣勢の勢力に味方する人間ではない、とな」
下手に情勢を見られるから、有利不利がわかってしまう。
下手に保身ができるから、勝った後、負けた後のことがわかってしまう。
下手に自分の非を認められるから、父の正しさがわかってしまう。
オスカルはきっと伯爵に引き込まれるだろうと思っていた。
期待はしていないから失望もない。
「わかったような口ぶりですね……自分は数日間、軟禁されました。実の父に、です。情勢が動くまでずっと殿下方の味方だった。もう覆せない状況になったから、公爵につくしかなかったのです!」
「それが君という人間なんだろう。数日の軟禁で義理は果たしたと思うし、状況が変われば勢力を変えても仕方ない。世間じゃそう言う奴を裏切り者と呼ぶ」
「仕方なかったのです! 殿下も逆の立場ならそうするのでは!?」
「俺は絶対に勝たせたいと願う者がいるなら、そいつを絶対に勝たせる。覆せない状況を覆してみせるし、無理でも不可能でもやってみせる。知らんようだから……よく覚えておけ。世の中、君のように覚悟のない者ばかりじゃない」
スッと目を細めると、オスカルが一歩後ずさった。
だが、オスカルは反論する。
「……殿下がご立派なのはわかりましたよ……では、この劣勢を挽回できると? できなければ口だけだ!」
「できるし、もう劣勢ではない。パストーレ公爵は時間を掛け過ぎた」
「援軍のアテでも? ラウルの姿もないようですが、もしや辺境貴族に期待を? 彼らが駆け付けるわけがない。馬鹿なラウルだって無謀な戦いに挑みはしない! ついてきてほしいなら優位を勝ち取るべきだったんだ!」
「それが本音か。まぁ言いたいことはわかる。だが、その考えじゃ大成はできないぞ? 劣勢な時に味方してくれた者こそ、信用に値する。その信用は一生ものだ。だからラウルはこれからも重用されるだろう。君とは違って、な」
俺たちは劣勢だった。
だから劣勢の時でも裏切らないと思う者しか信じられなかった。
俺たちは道端で倒れた女性と同じ。
見捨てても言い訳がきく相手だ。
理由があったのだから仕方ないといえる。
助けるほうが物好きなのだと。
だが、俺たちが求めているのはその物好きだ。
「ラウルが重用される……? 殿下は見る目がないようだ。あんな長所がない男が重用される国なら、待っているのは亡びだけだ」
「確かに見る目はないかもな。弟は長所のない人間でも長所を見つけられる。それに比べれば俺はまだまだ。明らかな長所しか見つけられないからな。ラウルは誠実だ。その一点だけで、半端な君を大いに上回る」
そう言った瞬間。
見張りの兵士が大声をあげた。
「北より軍勢! およそ二千!」
誰もが視線を北側に向けて、その軍勢を確認する。
小貴族の連合軍。
その先頭に掲げられたのはピント伯爵家の軍旗だ。
「帰ってお父上に伝えることだ。つくべき相手を間違えたな、とな」
「た、たかが二千の援軍で……こちらは六千! まだ倍もいる!」
「そう思うなら掛かってこい。こちらはいつでも受けて立つ。パストーレ公爵の性格上、最後までどちらにつくか迷っていたアドルナート伯爵家が先鋒だろうな。自分が王位についたときに目ざわりだろうから、戦力を削ぎにくるだろう。せいぜい、奮闘することだな」
「くっ……! お好きなように言えばいい! 我らが勝った時は、自分から助命を懇願しましょう。その時に感謝してほしいですな!」
「そうやって保険をかけるのはやめておけ。俺は君を助命しない」
自分は助けるつもりだ。
そういうスタンスを見せておいて、万が一の時の保険を作っている。
裏切っておいて、助命の懇願などと笑わせる。
「さぁ、さっさと去れ。ジュリオ公子は未来の功臣を迎えるのに忙しい」
両手で俺はオスカルを追い払う。
そしてジュリオと共に、ゆっくりと近づいてくる援軍を出迎える準備に入ったのだった。




