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第五百十五話 ピント伯爵

13日0時の更新は仕事優先のため、お休みとさせていただきます。


申し訳ありません。



 ピント伯爵。

 帝国側の国境を守る辺境貴族の一人だ。

 ラウルの父親であり、公国貴族の誇りをもって生きてきた。

 そんなピント伯爵の下に知らせが届いた。


「旦那様! ラウル様が帝国公爵と共にこちらに向かっていると報告が届きました!」

「帝国公爵!? なぜラウルがそんな人物と!?」

「わかりません! 公爵の名はベルクヴァイン公爵だとか」

「ベルクヴァイン? 聞かぬ名だな」


 帝国の公爵の中には、大した領地を持たない者もいる。

 名ばかりの公爵かと、ピント伯爵はほっと息を吐く。

 だが、名ばかりだろうが帝国の公爵。

 公国の伯爵家とは格が違う。


「出迎えの準備をせよ。何をしに来たのやら……」


 おそらく公国の権力争いについてだろう。

 公子側には帝国のアルノルト皇子がついている。

 その伝手で帝国公爵がラウルの案内で、ピント伯爵家の助力を求めに来た。

 そんなところだろうと、ピント伯爵はあたりをつけた。

 それはつまり、ラウルもまた公子側についたということだ。

 だが、それとピント伯爵家は無関係。


「中央の権力争いに関わるつもりはないというのに……」


 純粋なラウルは公子を見殺しには出来なかったのだろう。

 その気持ちはわかる。

 だが、劣勢の公子につけば未来がなくなる。

 どうやってラウルを説得して中立に戻すべきか。

 そんな思案をしたとき、ピント伯爵の体がピタリと止まった。

 ベルクヴァイン公爵。

 その名をどこかで聞いたような気がしたからだ。

 どこだったか?

 記憶を探っても出てこない。

 だからピント伯爵は使用人に訊ねた。


「こちらに来る公爵のフルネームはなんだ?」

「フルネームですか……たしか……ディートヘルム・フォン・ベルクヴァインだとか」


 一瞬、ピント伯爵の意識は飛びかけた。

 よろけながらも、何とか近くの机に手を置いて体を支える。

 だが、激しい動悸は止まらない。

 息が切れ、めまいがしてくる。

 それくらい衝撃的な名前だった。


「だ、旦那様!? どうなされましたか!?」

「よ、よ、よりによって……なぜ彼が……」


 ベルクヴァインと名乗るようになってからのディートヘルムを、ピント伯爵は確かに知らなかった。

 隠居し、何も成していないからだ。

 だが、ディートヘルム・レークス・アードラーと名乗っていた頃は良く知っていた。

 現皇帝を支えた弟。

 その名は公国の貴族にも確かに知れ渡っていた。

 もう二十年以上前のことだが。


「お、大物なのですか……?」

「現皇帝の弟だ……名ばかりの公爵……? そんなわけがない……帝国で最も影響力を発揮できる公爵の一人だ……」


 現皇帝は弟のために宰相位まで用意した。

 それを断わって隠居したのだ。

 それでも皇帝からの信頼は厚く、表舞台に立てば影響力を発揮する。

 今すぐ宰相に任命されても不思議ではない人物。

 それがディートヘルムだった。

 そんな人物がラウルと共にやってくる。

 一体、何をしに?


「そ、そんな大物と……ラウル様はどうして一緒にいるのですか!?」

「知るものか! とにかく出迎えだ!」


 言いながらピント伯爵は部屋を出て歩き始めた。

 相手は皇弟。

 アルノルト皇子の伝手で動くにしては大物すぎる。

 格でいえばアルノルト皇子より上の相手だ。

 公国の権力争いに加わってほしいと要請しにくるためだけに、わざわざ国境を越えては来ない。

 何か別の、もっと大きなことのために動いているはず。


「まさか……帝国は公国に侵攻する気なのか……?」


 自国の皇子を救出することを名目に侵攻。

 考えられるシナリオだ。

 その後は公子を王位につけ、アルバトロ公国を属国とする。

 同じような例がある。

 藩国だ。

 王国戦前に南部の憂いを取り除く。

 帝国が欲しいのは海軍力であり、多少公国の内部が荒れても影響はでない。

 想像すればするほど、そうとしか考えられなかった。


「ならば私を調略しに来たか……」


 ピント伯爵家は辺境では大きな方の家だ。

 帝国に下れば、他の家も抵抗を諦めるだろう。

 帝国側の国境を守るのは辺境貴族たち。

 貴族たちが降伏すれば、中央まで帝国軍を阻む者はいない。

 王国との戦争前に兵力を温存したい帝国が、皇弟を派遣して降伏を促しに来た。

 それがピント伯爵の結論だった。


「そういうことならばこちらにも考えがある……!」




■■■




「お初にお目にかかる、ピント伯爵。私はディートヘルム・フォン・ベルクヴァイン公爵」

「お初にお目にかかります、ベルクヴァイン公爵。皇帝の弟君であるあなたが我が家に何用か? しかも私の息子を案内役に連れて」

「誤解があるようだが、息子殿は案内役ではない」

「では人質か!? 先に言っておくが、調略に来たなら無駄だ! 我がピント伯爵家は代々この地を守ってきた! たとえすべての貴族が帝国に下ろうと、我らだけは下らない! 侵攻してくるというなら一人でも多くの帝国兵を道連れにしてくれる!」


 言ってやった。

 ピント伯爵は心の中でそう呟いた。

 帝国の公爵。しかも皇帝の弟に言ってやった。

 皇帝の弟が来れば、誰もが恐れる。

 容易く屈すると思っていたはず。

 だが、誰もが恐れで矜持を捨てるわけではない。

 ピント伯爵家の意地を見せてやった。

 興奮しながら、ピント伯爵は自分の行いに満足していた。

 だが。


「もう一度、言おう。誤解があるようだ。我が帝国が公国に侵攻するならば調略など用いない。圧倒的物量で飲み込むだけだ」

「で、では何をしに……」

「一つずつ誤解を解いていこう。まず、あなたの息子であるラウルは案内役ではない。案内役ならほかにいくらでもいる。あえてラウルを伴ったのは、我が甥であるアルノルトが彼を高く評価していた。ゆえに、アルノルトの代わりとしてここに連れてきた。そして、このピント伯爵家に来た理由は、この辺境地域において重要な家だからというのと、誠実なラウルのお父上なら信用に値するのでは? と思ったからだ」


 自分の息子が帝国皇子の代わり。

 その息子を買って、自分に会いに来た。

 ピント伯爵にはよくわからないことだらけだった。

 息子のラウルは人に褒められるほどできた息子ではなかった。

 ただ、それでも人として真っすぐ育てたつもりではあった。

 しかし、そこ以外に褒められるところはない。


「要点が掴めないが……?」

「我々は助力を求めに来た。帝国軍は現状、演習という形で動いている。これはアルノルトと私が仕組んだことだ。公国辺境貴族に危機感を与えるためにな。だが、万が一、公国が王国派のモノになり、アルノルトの身に何かあった場合。侵攻は現実味を帯びる。それを我々は避けたい」

「なぜ自分たちの計略を喋るので?」

「尊敬できる者には正直になるべきだ。あなたを騙す気はない。私はこれでも皇帝の弟で、帝国公爵だ。公国辺境の貴族とは大人と子供ほどに格の違いがある。正直、頭を下げているだろうと思っていた。だが、さすがラウルのお父上だな。毅然としている。誤解であったとはいえ、先ほどの啖呵は見事だった。ラウルはあなたに似たのだろう。どうか甥を助けるためにお力をお借りしたい」


 そう言ってディートヘルムは丁寧に頭を下げた。

 事態について行けず、ピント伯爵はディートヘルムの横にいるラウルを見た。

 ラウルは一つ頷く。


「ち、父上……公爵は父上に辺境貴族をまとめてほしいそうです……そして公子側についてほしいと」

「わ、私に辺境貴族をまとめてほしい……? しかも公子の側につけと?」

「筋書きはこうだ。ラウルの要請で父であるあなたが重い腰をあげる。辺境貴族たちに帝国軍が動きかねない状況を説明し、まとめあげてほしい。これは犠牲を避けるための戦いだ。帝国の勝手な言い分ではあるが……どうか賢明なご判断を期待する」

「そうだな……まったくもって勝手だ。正直にすべて話せば私が乗るとでも? 公子側が負けたらどう責任を取るつもりだ?」

「負けたときは帝国が守ろう。だが、負けはしない。私の独断で国境守備軍の軍馬を一千用意した。これを使って中央に乗り込んでほしい」

「帝国の軍馬を一千!?」


 良質な帝国軍の軍馬はかなり高い。

 それを一千。

 独断で提供できるなど、ピント伯爵には考えられないことだった。

 改めて、目の前にいる人物が自分とは格が違うということを理解して、ピント伯爵は深く息を吐いた。


「どうせ、私が頷かなければ他の者を動かすのだろう……」

「不本意ではあるが、な。やはり大事を託すのは信用できる者がいい。へりくだる者より、矜持を見せる者のほうが何倍も信用できる。どうか頼まれてほしい」

「……いいでしょう。中央の争いに介入すれば、辺境貴族も血を流すことになる。だが、帝国軍が動けば辺境貴族だけが血を流すことになる。それよりはマシだ」

「感謝する。バレない程度に兵士を送り込もう。指揮はラウルに任せる。できるな?」

「は、はい!」

「私は立場上、向かうことはできない。どうか甥をよろしく頼む」


 もう一度、ディートヘルムが丁寧に頭を下げた。 

 それにピント伯爵も応じた。


「……双方の犠牲を減らすために助力することを約束しよう。だが、辺境貴族を束ねても良くて互角。他に手はおありか?」

「私は私のできることをやったまで。手を打つのはアルノルトだ。これは予想だが……おそらくロンディネ国境の軍も駆けつけるだろう。そうなれば公子側の圧勝だ」

「国境軍を動かすと?」

「動かすのはロンディネだ。我が兄の子だ。それくらいはやってのけるだろう」


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― 新着の感想 ―
[一言] 伯爵は圧力かけただけで折れるような小物感ありますね。頭下げるほどの人物には全く感じられません。 伯爵は、中央より辺境を重視しているから、あえてこの場は帝国に従う。帝国が勝てばそれでOK。 王…
[一言] ピント伯爵は善良で心胆が粘り強い人だと思うけど、鉄火場渡り切るには多分に眼力が足りないと思う。 ディートヘルム叔父上はヨハネス皇帝時代の実力者で世間の評価が固まった人だけど未だ評価が定まらな…
[良い点] 叔父さんマジイケメン 義兄さんといい帝国の公爵は有能過ぎるなぁ
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