第五百十話 追撃部隊
帝国海軍旗艦カイザー・アルフォンス。
ロンディネの港を視界に捉えた船の上で、リンフィアがセバスに訊ねる。
「良かったのですか?」
「何がでしょうか?」
「アル様について行かなかったことです。先手を取られている以上、アル様には情報が必要なはず。ネルベ・リッターはあくまで兵士です。あなたほど隠密には動けません」
「的確な指摘ですが、ついて来いと言われていませんので」
セバスがフィーネについて行くと決めたわけではない。
他ならぬアルがフィーネについて行けと言ったのだ。
わざわざそれに反抗する理由がセバスにはなかった。
「それはそうですが……」
「心配ですかな?」
「そうですね……あまりにも護衛が手薄だと思います」
「本人が望んだことです。それに情報が必要なのはアルノルト様も分かっていたはず。あえて私をフィーネ様の傍につけたのは、ロンディネ公国で私が必要だと思ったからでしょう」
「ロンディネ公国で何かあると?」
「そこまではわかりませんが、性格的に先手を取られているなら先手を取り返す方です。不利なアルバトロ公国では不利に甘んじて、他の場所で有利を取る気なのかもしれませんな」
セバスの説明にリンフィアは納得したように頷いた。そしてそのまま上陸の準備に戻っていった。
だが、説明しているセバスにもアルの意図は良く分かっていなかった。
深い考えは実はないのかもしれない。
大抵のことは、やろうと思えばという条件付きで何でもできてしまうのがアルという人間だった。
だから、セバスがいなくても何とかなる。
だから、フィーネの傍にセバスをつけた。
自分が安心するために。
そこまで考えて、セバスは意味がないことに気付いた。
「本音を建前で隠す方ですからな」
フィーネが心配だからという本音は、きっとロンディネ公国ではセバスが必要だからという建前に隠されてしまう。
聞いてもきっと建前が返ってくるだろう。
意味がないことを考えたセバスは、苦笑しながら踵を返す。
船は上陸準備に移っていた。
テキパキと動く船員たちの姿はさすが旗艦を任されただけはあると頷ける働きぶりだった。
そんな船員たちの手が止まる。
船の奥から蒼いロングドレスに身を包んだフィーネが出てきたからだ。
誰もがフィーネの姿を目で追う。
叱責するはずの船長もフィーネに見惚れていた。
「セバスさん、どうでしょうか? 変ではありませんか?」
「お綺麗です。ロンディネの公王もきっと目を奪われてしまうでしょうな」
「どうでしょうか。ロンディネ公王は前にエルナ様に会ったことがあるとか」
「剣の美しさは分かる者にしか分かりませんが、花の美しさは誰でもわかります。きっと公王にも伝わるでしょう」
そう言ってセバスは微笑むのだった。
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「くそっ!? どこだ!?」
都から脱出したアルとジュリオ。
そんな二人には当然ながら追手が放たれていた。
だが、その追手が二人に迫ることはなかった。
すでに追手の部隊は三部隊目。
第一部隊と第二部隊とは連絡が取れていない。
それゆえに慎重に進んでいた第三部隊だが、暗闇の中で襲撃を受けていた。
場所は都から少し行ったところの街道。
この道をアルとジュリオは通った。
それがわかっているから、部隊はこの道を選んだのだが、そこには罠が仕掛けられていた。
猛者を置くという単純な罠だ。
「うわぁ!?」
「くそっ! どこから!?」
「固まれ! 円陣を組め!」
暗闇で目が効かないうえに、相手は強い。
固まらなければやられる。
隊長の指示で部隊は武器を構えて円陣を組んだ。
追撃が任務のため、部隊は軽装。
盾がないため、予想外の攻撃には対処しづらい。
そんなことを隊長が考えていた時。
右肩に何かが乗った。
「ジーク様、上から参上!」
咄嗟に振り払おうと、左手が動く。
だが、その左手は一瞬で斬り落とされた。
「ぐわぁぁぁっっ!!??」
猛烈な熱さを感じて、隊長は膝をつく。
だが、すぐに熱さはなくなった。
隊長の首も飛んでしまったからだ。
「うわぁぁぁぁ!!??」
「何かいるぞ! 小さい!」
「なんだ!? 何が起こっているんだ!?」
状況が理解できず、兵士たちは混乱する。
こんなことは訓練にはなかった。
予想外のことには動じないように訓練されているが、これは予想外すぎた。
人間ではない何かが跳ねまわり、人の首を落としている。
「モンスターだぁぁぁ!!」
「逃げろぉぉぉ!!」
隊長を失い、統率の取れなくなった部隊は逃げ惑う。
あえてそれを追撃することはしない。
いくつかの死体が転がった現場で、襲撃者であるジークは槍についた返り血を一生懸命拭っていた。
「もう! 取れねぇ!」
「私がやりましょう、ジーク殿」
「おお! 気が利くな、大佐さん!」
「いえいえ、今回は何もしてませんから」
街道に配置されたのはジークとラースたちネルベ・リッターだった。
アルとジュリオの護衛にはフィンがついている。
第一部隊と第二部隊を壊滅させたのはラースたち。
彼らと交代する形で、ジークが第三部隊を襲撃した。
与えられた任務は迎撃。
とにかく相手を通すなという命令だった。
だが、そろそろ潮時ではあった。
「さすがに次は大部隊だろうな」
「ええ。ですが、ジーク殿が逃がした何人かがモンスターと報告するでしょうから、相当厳戒態勢で進むかと」
「ひでぇ話だ。こんな可愛いモンスターがいるかよ」
言いながらジークはラースから槍を受け取る。
逃がしたのはわざと。
あえて逃がして、相手側を混乱させる意図があった。
「我々も撤退しましょう。殿下と公子はある程度のところまでは逃げられたかと」
「まったく……どうして行く先々で面倒事に巻き込まれるかねぇ」
「今回の場合は行く前から面倒事は分かっていましたよ」
「じゃあ、面倒事に向かって行ってるのか。それはそれで救えねぇな」
そんなことを言いながら、ジークはラースの肩に飛び移る。
アルバトロ公国は小国。
警戒するような名のある者はいない。
海の上ならまだしも、陸の上では多少、数が集まったところでラースたちの敵ではなかった。
だが、アルは決して油断するなと厳命していた。
だからラースたちは余裕があるうちに撤退することを選んだ。
アルがそこまで警戒するのは、相手にマルセルがいるから。
その警戒度はかつてないほどだった。