第五百八話 武力行使
ラウルが都を出た次の日。
城からパストーレ公爵とその息子であるバルナバ。
そしてマルセルが姿を消した。
「俺がジュリオを対抗馬にしようとしたとはいえ……早い行動だな」
「それを読む殿下もさすがかと」
「読んだんじゃない。それをやられると困ると思っていただけだ」
ラースと会話をしながら俺は城の廊下を歩いていた。
目指すのは玉座の間。
公王とジュリオがいる。
今後の対策を話し合わなければいけないからだ。
「失礼します。緊急事態ゆえ、挨拶は省かせていただく」
「もちろんだ。殿下から見て、彼らの行動は何を意味する?」
「領地の兵たちと合流しにいったのでしょう」
玉座に座る公王は顔をしかめた。
それは内乱を意味するからだ。
「なぜいきなり最終手段である武力行使を選択したのだ……?」
「俺がジュリオ公子を担ぎ出したからでしょう」
「担ぎ出しただけで……? まだ勢力争いにも発展していないのにか?」
俺は公王の言葉に頷く。
それ以外に考えられない。
彼らは反攻の兆しを見て、叩き潰すことを決めた。
こちらが勝機を見出す時間を与えないためだ。
「主導したのはマルセル大使でしょうが……これほど早く動くなんて……」
「新興勢力を素早く潰さなかったために、逆撃を食らった例が最近、帝国で二例ほどあるからな」
「ジュリオがレオナルト皇子のようになることを恐れたということか……」
「さらに悪いことに、帝国と公国とでは状況が違います。帝国は三つ巴だった。だから付け入る隙もあった。だが、公国では向こうが一強。素早く動かれてはこちらに成す術はありません」
都を守る戦力は千ほど。
対するパストーレ公爵は最低でも三千以上は動員可能だと言われている。
どうしてそんなことになるかというと、都への道中にいる貴族の大半がパストーレ公爵に協力するからだ。
「ロンディネの国境にいる軍は動かせないでしょうし、帝国方面の貴族たちもよほどのことがない限りは動かないでしょう」
アルバトロ公国は最近までロンディネ公国と争い続けていた。
ロンディネ公国との国境に軍は集中しており、同盟を結んだ今もその体制は続いている。
そんな体制が成り立っていたのは、帝国が公国に関心を示さなかったからだ。
東西に大国、北には藩国。帝国には敵が多かった。南部に干渉するほどの余裕はなかったのだ。
だから軍の大半をロンディネに集中することができた。そしてその隣国が積極的に攻めてくる国だったため、国内はまとまっていたのだ。
だから都の防備が薄くても問題ではなかった。
だが、その脅威が薄れてしまった。
「現状、都に残って対抗するなら策は一つ。公国海軍に協力してもらうことです」
海軍はアルバトロ公国の花形だ。
精鋭の多くは海軍に配属されている。
それだけアルバトロ公国にとって海軍は重要だった。
国を支えるのは陸路ではなく、海路だからだ。
その安全を保障できなければ、すぐにアルバトロ公国は崩壊する。
だからアルバトロ公国は海軍に力を入れていた。
ロンディネ公国が海路で攻めてくることもあったというのも一つの要因だろう。
その海軍の力を借りられれば押し返すことができる。
だが。
「海軍のトップである提督は親王国派だ。いや……海軍自体が王国派というべきか。今の海軍を支えるベテランの船長たちは、かつて命がけで王国を支援した者ばかりだ。彼らと王国は戦友だ。そこにある絆は断ち切れない」
「とはいえ、他に手はありません。会うだけ会ってみましょう」
「……手配しよう。だが、失敗に終わった場合はジュリオを連れて都を脱出してほしい。私は残る」
「……覚悟の上なら止めはしません。ですが、人質にされますよ?」
「だが、口実にも使えるはず。王を助けるという名目なら兵も集められる」
「……承知しました」
公王の覚悟を感じ取り、俺は一礼する。
あえて敵の手に落ちるというのは危険しかない。
だが、都を敵に明け渡せば好きなようにやられてしまう。
賢明な判断だろう。
「陛下、侍女たちの話ではエヴァ公女は病ということで、会うことができませんでした。時間がないので率直に聞きますが、どちらへ行かれたのですか?」
「エヴァは……ロンディネへ向かった。勝手に、な」
「なるほど。ロンディネの支援が必要と判断したわけですか。確かにその通りですが……」
王に無断で行くとは。
会った時から行動力がある少女だと思ったが、想像以上だな。
「では、エヴァ公女はフィーネに任せましょう。フィーネなら適切に対処してくれるはずです」
王国からの妨害がなければ。
心の中でそう付け足しながら、俺は踵を返した。
時間はあまりない。
相手は次々に手を打ってきている。
もたもたしていると逃げ道が塞がれかねない。
「では、行こう。ジュリオ公子」
「はい……父上、どうかご無事で」
「気にするな。行け」
別れはそれだけ。
弱い者には感傷に浸る時間すらないのだ。
■■■
海軍提督。
それが公国海軍のトップの役職だ。
代々、船長を経験した者から選ばれる。
現場を知っている者ということだ。
「まだ提督は来ないのか!?」
「申し訳ありません。提督はお忙しくて」
俺とジュリオが訪ねてきたというのに、提督は俺たちを待たせ続けていた。
意図は明白だ。
時間稼ぎだろう。
「中立を保つならまだしも、明確にパストーレ公爵についたか」
呟き、俺は席を立つ。
海軍全体がパストーレ公爵側というわけではないだろう。
だが、海軍提督が向こうについたなら助力は見込めない。
「帰る。そこを退け」
「申し訳ありません。提督はもう少しで来ますので……」
提督の部下が俺の行く手を阻む。
その瞬間、控えていたラースがその部下を取り押さえた。
「な、何をするのですか!?」
「こっちの台詞だ」
扉を開けると、数人の兵士がネルベ・リッターによって沈黙させられていた。
「俺たちをここから出すなと指示を受けたか?」
「そ、それは……」
「所詮は命令。命は助けてやろう。だが、伝言を頼む。提督と船長たちに、だ」
「で、伝言ですか……?」
「ああ、簡単だ。王国が戦友なら俺の弟は何だ? そう伝えろ。俺の周りには精鋭が多い。伝わっていないと分かればお前の命を貰いにいく。いいな?」
その兵士が持っていたナイフを引き抜き、顔の横に突き刺す。
兵士は恐怖で体をガタガタと震わせながら、何度も頷く。
これならちゃんと伝わるだろう。
「ラース隊長、逃げるぞ」
「はっ」
まさか公国の都から公子を連れて逃げる羽目になるとは。
やってくれるな、マルセル大使。