第五百七話 誠実な者
信用できるかどうか。
それを試すのは難しい。
どれだけ信用できると思っていても、様々な理由で裏切りが発生するのが人間だからだ。
だから信用できるかもしれない。
それを試すことになる。
確実なんてのは残念ながらない。
「一体、どうやって信用できるかを試すのですか?」
ある程度の仕掛けを終えて、俺たちは都にある宿屋に来ていた。
そこが俺たちの待機場だ。
「君からの呼び出しということで、二人には人を送ってある。絶対に時間通りに来いと言ってある。かなりギリギリの時間でな」
「来れるかどうかを判断するのですね?」
「そうだな。一度戻ったのに、もう一度呼び出されるというのは億劫だろう。しかも場所がさっきと違う。軽んじている相手なら多少は遅れていいと思うだろう。それに加えて、妨害も用意しておいた。来れるというのが一つの指標だろうな」
言いながら俺は深く息を吐いた。
二人に用意した妨害は特殊だ。
そこを上手く突破できれば、俺たちの前に姿を現すだろう。
「ですが、この程度で信用できるかどうかわかるのですか?」
「あくまで指標だ。けど、日々の行動が人を形作る。何かを任せるなら誠実な人間のほうがいいと思わないか?」
「たしかにそうですね」
ジュリオはそう言いながらも、なんだか納得していない様子だった。
そうだろうな。
これですべて納得できてしまうような人間だと、この後が心配だ。
そんなことを思っていると、一頭の馬が宿屋に到着した。
そして慌てた様子でオスカルが俺たちの部屋へ入ってきた。
「お呼びと聞き、オスカルが参上しました……!」
はぁはぁと荒い息を吐いている。
時間を見れば、ギリギリ間に合っている。
かなり無理な要求だったが、自分で馬を駆けて間に合わせたようだ。
「オスカル、よく来てくれたね。さぁ、座って」
「ありがとうございます、公子」
オスカルは出された水を飲み干し、お代わりを求める。
汗だくで、幾度も汗をぬぐっている。
それだけ急いできたということだ。
「急に呼び出したのは君の覚悟を見るためだ。マルセル大使はパストーレ公爵を支援し、親王国派に権力を握らせる気だ。一刻の猶予もない。ジュリオ公子には対抗するために後見人が必要だ。君のお父上以外に適任者はいない。どうかお父上を説得してほしい。その後の褒美は帝国が保証しよう」
「父は王国よりの人間です……説得できるかどうか……」
「今、パストーレ公爵についても旨味は少ないはず。そこを説いて、君がこちらにつかせるんだ。そうすれば対抗できる。君にしかできず、君だけが頼りだ。どうかこの役目を引き受けてほしい」
俺とジュリオが立ち上がり、オスカルに一礼する。
オスカルは慌てて膝をつく。
「お、おやめください……! 皇子と公子が頭を下げるようなことではありません。我らは臣下。仕える相手は王家です。必ず父を説得し、お二人に勝利を」
「感謝する。だが、これは公国の民を守るための戦いだ。王家だけでなく、民のためにも戦えるか?」
「もちろんです!」
元気な返事だ。
その返事を聞いて、俺は何度か頷いた。
そして当たり障りのない会話をした後、オスカルは領地にいる父を説得するために宿屋を出ていった。
「どうやら……オスカルは殿下のお目に叶わなかったようですね……」
「気持ちのよい青年だ。それは認める。政治の場でなければ信用できるだろう。だが、政治の場で信用するには賢さと誠実さが足りない」
「賢さはともかく、誠実さが足りないというのは?」
ジュリオからすれば意味がわからないだろう。
俺が用意した妨害は一つだけ。
オスカルはそれを突破してしまった。
「ラウルが来てから説明しよう」
ジュリオの態度が変わってしまっても困る。
それからしばらくして、ラウルがやってきた。
予定の時間はとうに過ぎている。
「お、遅れてしまい、申し訳ありません……」
「至急と連絡したはずだが?」
「お、お許しを……み、道が混んでいたもので……」
ビクビクしながらラウルは俺に答える。
その様子にジュリオが悲しそうな表情を浮かべた。
かつての自分を重ねているのだ。
「もしも、戦場に遅参した際……道が混んでいたと説明するのか?」
「そ、それは……」
「殿下、ラウルは」
ジュリオがラウルを庇おうとするが、俺はそれを目で制した。
大事なのはこれからだ。
「今日呼び出したのは重大な一件を任せたかったからだ。だが、約束に遅れる者は信用できない。そう思わないか?」
「はい……殿下の言う通りかと……」
「道が混んでいたなら、民を退ければいい。それくらいのこともできないのか?」
「……ぼ、僕の考えが至らず申し訳ありません……」
「ふむ……ラウル・ディ・ピント。では、同じような状況で次は民を退けられるか?」
「そ、それは……」
ラウルは少し考え、諦めたように深く頭を下げた。
そして。
「う、嘘はつけません……同じことがあれば僕はまた遅れると思います……役立たずで申し訳ありません……じゅ、重大な任務はオスカルにお任せください……」
そんなラウルの答えを聞き、俺は一つ頷いた。
そのままポケットから一枚の書状を取り出す。
「残念ながらオスカルは脱落した。重大な任務は君に任せるとしよう。帝国南部国境守備軍に俺の叔父である皇弟がいる。あの人にこの書状を届けてほしい。その後の指示は叔父上がしてくれるだろう」
「え……? あの……」
戸惑うラウルに俺は書状を押し付ける。
そして控えていたラースに声をかけた。
「ラース隊長、これで問題ないな?」
「問題ないかと思います。ラウル殿は誠実です」
「あの、殿下……説明してもらえますか? なぜオスカルが駄目で、ラウルはいいのでしょうか?」
「俺が用意した妨害は一つ。道端で雇った女性を倒れさせる。それだけだ。当然、騒ぎが起きて道が塞がる。オスカルは馬に乗って、その騒ぎを突破してきた」
「ラウル殿はその女性を休めるところまで連れていってからこちらへ来られました」
ラースの補足にジュリオはラウルに視線を向ける。
「なぜ正直にそう言わなかったんだい?」
「そ、その……殿下のお怒りに触れて女性が罰せられるかもと思い……あ、欺いたことをお許しください!」
「いや、それ自体が試しの一環だったんだ。欺いたのは僕らのほうだよ」
そう言ってジュリオは何度も頭を下げるラウルを落ち着かせ、椅子に座らせる。
そんなジュリオとラウルに俺は説明する。
「今回試したのは誠実さと賢さだ。誠実に行動できるかどうかは、ラウルが示したとおりだ。賢く行動できるかどうかは、自分が試されていると気づけるかどうか。オスカルにはあえて民のために戦えるか聞いた。倒れた民を放っておいたのに、オスカルは迷わず民のために戦えると言った。賢ければ答えは違ってくるだろう。試されていたと気づくからだ」
誠実というわけではなく、賢いわけでもない。
中途半端なオスカルは信用するには足りない。
その点、ラウルは誠実であり続けた。
「その書状が叔父上の下に届かなければ、こちらは対抗策を失う。命運を預けるということだ。そのために少し回りくどいことをした。非礼を詫びよう」
「い、いえ……り、理解できます……」
「つまり殿下はオスカルには期待していないということですか?」
「成功すればそれでいい。だが、それに賭ける気にはならない。民が倒れていることには気づいていたはずだ。それを無視した。俺たちに呼ばれていたからだ。それはいい。その後、迷わず民のために戦えるといえるというのは……芯のない人間だと判断せざるを得ない」
俺はともかくジュリオはそういうことを嫌う。
試されていると気づき、あえてそういう風に答えたとしても利口とはいえない。
そういう半端な者ほど利用されやすい。
「すぐに発ってもらえるか? 相手は思った以上に切れ者だ。俺の護衛たちは使えない。万が一の時はジュリオ公子を都から逃がさなければいけないからな」
「……お任せください」
そんなラウルに俺は指輪を渡す。
アードラーの紋章が彫られた指輪だ。
皇帝の物であり、使者ということで俺に貸し与えられた。
「これを見せれば信じてくれる。だが、これを持っていれば、言い訳はできない。捕まれば終わりだ」
「……き、肝に銘じておきます」
そう言ってラウルは緊張した面持ちで下がっていく。
これで手は打った。
「ラース隊長。逃走経路を確認しておいてくれ」
「かしこまりました。ですが、これほど早く武力に訴えますか?」
「俺なら有利なうちに叩き潰す。それが先手の強みだからな」