第五百五話 引き合わせ
次の日。
俺はジュリオと会っていた。
「帝都で挨拶以来か? ジュリオ公子」
「はい。帝都では色々とありましたから」
「無事に脱出できてなによりだった」
「僕は皇帝陛下の一団と一緒にいましたから。陛下が無事だったからこそ、僕も無事でした。すべて殿下のご活躍があったからです」
「大げさだな。決め手を打ったのはレオだ」
「しかし、布石は殿下が打ったはず。直接お会いした時、必ず言おうと思っていたんです。お見事でした」
ジュリオは一礼して俺に敬意を払った。
子供の成長は早い。
最初に会った時、ジュリオは姉のエヴァの後ろに隠れていた。
自信なさげで、いかにも頼りなかった。
だが、今は立派な公子となっている。
海竜事件での遭難。そして帝都で巻き込まれた大規模な内乱。
それらがジュリオを成長させたようだ。
「帝都での一件は俺も命が掛かっていたからな。必死にやった結果だ。だが、今回は違う」
「わかっています。必死になるのは僕のほうです。聖女様を切り捨てるような王国と手を結べば、我が公国もいずれ同じ目に遭います。取るべきは帝国との同盟と思っています」
「助かる。いちいち説得する手間が省けた。しかし、状況は深刻だ。なにせこっちは出遅れた。公国の有力者の多くは親王国派となっている。王国の使者が出してくる情報は帝国不利という内容ばかり。それによって向こうの数はどんどん増えている。対抗しなければ公王陛下は押し切られてしまうだろう」
「ご安心を。すでに多くの若い貴族に声をかけてあります。若い世代の多くは帝国につくべきだと思っています」
ジュリオは熱く語る。
意気込みは買うが、熱意だけじゃ勝てない。
古い世代というのは、これまで公国を引っ張ってきた世代。実績があり、ゆえに影響力もある。
若い世代というのはこれからの公国を引っ張っていく世代。実績はなく、ゆえに影響力もない。
勢いがあり、新しい考え方もある。だが、それだけでは人はついてこない。
先を見て動ける者は稀だ。
予測できるから彼らは先に動きだすが、先を見ていない者は彼らの動きを理解できないし、説明されても理解できない。
彼らが理解するのは、問題が近づいた時。
たとえば、王国が公国を捨て駒のように使おうとした時。
彼らは騒ぐだろう。
だが、その時にはどうすることもできない。
だから今、動く必要がある。
「保守的な者を動かすのは一苦労だ。彼らには彼らなりの正当性があり、それはこれまでの経験に裏付けされている。そのせいか、これからも状況は変わらないと思っている。もちろん、そういう時もあるだろう。だが、世の中は変わらないモノのほうが少ない」
「若い世代の声では考えは変わりませんか……?」
「変わらないだろうな。実績のない若者は自然と若造と見くびられる。見くびっている者の声は届かない。だから君がすることはまず、認められることだ」
公王が追い詰められているのも、結局のところはそこだ。
弱腰だと侮られているから有力貴族が公王のことを蔑ろにする。
彼らが黙って従うような強力な王ならこんなことにはならなかった。
もちろん、その場合は公王の考え次第では帝国に不利となっていたわけだが。
良い面もあれば、悪い面もある。
状況が混乱しているからこそ、こちらにも介入の余地がある。
王国の使者であるマルセルも同じことを考えているだろうな。
「僕自身が功績を上げるしかないですか……」
「それも一つの手だが、もっと簡単な方法がある」
「それは何でしょうか?」
「功績のある人物に後見人になってもらうんだ。お父上が理想だが、そのお父上が苦しい立場だから別の重臣の誰かがベストだろうな」
「そういうことなら……一人心当たりが」
「意外だな。誰だ?」
こういう場合、相手方から引き込むことになる。
そのために色々と小細工が必要となる。
弱みを握ったり、利益を見せたり、もしくは真っ向勝負でこちらの正当性を説いてみたり。
それが必要ないなら助かるが……。
「功臣であるアドルナート伯爵はやや王国よりですが、中立です。その息子とはかなり親しくしています」
「たしかに引き込めるなら狙い目だが……」
この帝国と王国の代理戦争は、公国の中心部のみで起きている。
辺境にいる貴族は関わっていない。
彼らはロンディネ公国と帝国。それぞれの国境が近いため、そんなことをしている余裕はないのだ。
手がなければ南部国境守備軍を動かして、帝国側の辺境貴族を巻き込むつもりだった。
帝国軍が演習でもすれば、帝国と敵対するのはまずいという雰囲気が辺境貴族の間に流れるからだ。
守備軍が俺の思惑どおりに動くかどうかが問題だが、守備軍には叔父上がいる。
俺と叔父上の要請なら演習くらいはしてくれるだろう。
「その息子はどれくらい信頼できる?」
「僕は信頼していますが……心配ならお会いになりますか?」
「そうだな。君と親交の深い者を集めてくれ。信用できそうなら一つの手として考えよう」
「一つの手ですか……?」
「備えるのは別に悪いことじゃない。すでにフィーネがロンディネへ向かっている。ロンディネの支持さえ取り付けられれば、情勢はひっくり返る。それまで武力に打って出させないこと。それが俺たちのやるべきことだ」
こちらの勢力が大きければ、相手も武力には打って出にくくなる。
まずはその状況を作らなきゃいけない。
■■■
次の日。
ジュリオは二人の友人を俺に紹介してきた。
「アルノルト殿下、こちらが僕の親しい友人です」
紹介されたのは大柄な少年と小柄な少年。どちらも十代半ばといったところか。
一歩前に出てきたのは大柄な少年だった。
「オスカル・ディ・アドルナートと申します。殿下にお会いできて光栄です」
「君がアドルナート伯爵の息子か。伯爵は立場を明確にはしていないようだが? 俺たちに会って平気か?」
「父と自分は違います。ただ、いずれは志を同じにできると信じています」
「なるほど。君はどうだ?」
後ろで愛想笑いを浮かべていた少年に俺は視線を向ける。
猫背で、愛想笑いが透けて見える。
たぶん人間関係を構築するのは苦手だろう。
「ぼ、僕はラウル・ディ・ピントと申します……ピント家は代々続く辺境の伯爵でして、帝国側の国境を何年も守っていまして……」
「アルノルト殿下ならそんなこと説明しなくても知っておられる。もっとマシなことを言えないのか?」
まぁ確かに知っている情報だ。
それぐらいは調べる。
オスカルの言葉にラウルは縮こまった。
そんなラウルにジュリオは優しく声をかけた。
「ラウル、殿下はこの程度じゃ怒らないよ」
「は、はい……」
かつての自分を見ているようなんだろうな。
ジュリオの態度は優し気だった。
「アルノルト殿下、自分を呼んだということは父の引き抜きを考えておられるのですか?」
「まぁ考えてはいるが、その前に君らが信用できるかどうかを見極めようと思ってな」
「自分は公子を裏切るような真似はしません。共に歩むことを誓った友です」
「あ、その……僕も同じです……」
「裏切らないと口に出せ! 大事なことだ! 俺と同じなどと良く言えたな?」
オスカルの叱責にまたラウルが縮こまった。
どうやら二人の関係はよろしくないようだ。
「信用できるかどうかはこれから見極める。だが、見極めるのは君らを良く知らない俺で、ジュリオ公子は君らに全幅の信頼を寄せている。そのことはわかってほしい」
「もちろんです。この場に呼んでくださり、感謝します」
「か、感謝します……」
俺はジュリオに目配せして二人を下がらせる。
「さて……フィン、お前はどう見た?」
護衛として隠れていたフィンが物陰から姿を現す。
だが、困ったような表情を浮かべていた。
「俺はあくまで騎士ですから……」
出会った頃のように普段の一人称が出ているあたり、本当に困っているんだろう。
そんなフィンに苦笑しつつ、もう一人の護衛に声をかけた。
「ラース隊長はどうだ?」
「好みの話になりますが、人前でしっかり話せる者のほうが印象はいいですな」
「当たり障りのない答えだな」
「的外れなことは言いたくないので」
「困ったときはこういう返しをすればいいらしいぞ? フィン」
「勉強になります……」
ラースの意見はもっともだ。
オスカルは自分というものをしっかり持っている。
だから人前で自信を持って喋ることができる。たとえ相手が帝国の皇子でも。
一方、ラウルは自分を持っていないように見えた。
大抵、そういう奴は流されやすい。
「殿下の意見をお聞きしても?」
「君の友人を悪く言うかもしれないぞ?」
「仕方ありません」
「大人なようでなによりだ。結論から言うとわからない。だから試させてもらおう」
そう言って俺はニヤリと笑うのだった。