第五百四話 公国会談
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「来てくださって感謝する。アルノルト皇子殿下」
「陛下はお人がいい。帝国と王国の間に挟まれて、さぞや苦労なさっているでしょう。恨み言くらいなら聞きますよ」
「王とはそういうものだ」
祭りが終わったあと。
俺は公王であるドナート・ディ・アルバトロと会談していた。
ドナートは苦笑しながら、ワインを自らグラスに注ぐ。
「とはいえ、結局のところは私が優柔不断なだけだがな……」
「正直なことを申しますと、近くまで船で来ました。王国の使者がすでに公国入りしていると知り、船はロンディネへ。俺は陛下に帝国の武威を示すため、あえてあのような登場の仕方をしました」
「なるほど。それは非常に効果的だったな。私は揺らいでいる」
「そうでしょうね。素直に王国へ加担できないのは、聖女の一件を含めて、最近の王国は信用ならないから。そして王国の力に不安を覚えているから」
「まったくもってその通り。かつて王国は最も信頼できる同盟国だった。だが、今の王国を操るのは王太子。そしてその王太子は国のために尽くしてきた聖女をいとも簡単に駒として使い捨てた。我々がそうならないという保証はどこにもない」
レティシアが生き残り、帝国についた。
そしてその理由をレティシアは公然と語っている。
自分の暗殺計画を王国が進めていたこと。
それを口実として帝国に侵攻しようとしたこと。
これらはすでに他国にも知れ渡っている。
王国は聖女レティシアが裏切りを誤魔化すためについた嘘だとして、認めてはいない。
たしかにレティシアは王国側からすれば裏切り者になるだろう。
だが、レティシアの王国への献身は良く知られている。裏切るにはそれなりの理由があると誰もが思う。
だからこそ、レティシアの言葉は信じられている。
王太子にとっては誤算もいいところだろう。
「信用ならないうえに、圧倒的な優位を持っているわけでもない。家臣団の反発は予想されますが、帝国につくのが無難かと」
「そうもいかん。今日の朝になって、王国の使者が知らせてきた情報だ。確認したが、かなり信ぴょう性の高い情報だ」
ドナートは一枚の紙を出す。
それを開くと、そこには帝国西部国境での出来事が書かれていた。
「魔導師団が全滅……?」
「アンセム王子が策を講じたそうだ。対王国戦において活躍した魔導師団の全滅は、王国優勢に見える情報だといえる」
「たしかにそうかもしれません。しかし、どこまでいっても一部隊です。戦局に影響は出ません」
「だが、親王国派は勢いづくだろう。今までは情勢が微妙ゆえ、私が決断せずとも弱腰と責められるだけだったが、こういう情報が入ってくれば決断を迫られる」
「陛下のお考えは?」
「帝国の本気度による。本腰を入れて王国とやり合うのかどうか。それが知りたい」
「かなり本気といっておきましょう。非公式ですが、総大将に東部国境守備軍のリーゼロッテ元帥を据えるという計画すらありました」
「そこまでか……」
「結局、総大将はレオに落ち着きましたが、父上は王国を放置しておく気はないでしょう。相応の軍をレオに預けるでしょうし、長引けば近衛騎士団を投入することも視野に入れているかと」
俺の説明にドナートは何度か頷く。
近衛騎士団の力は今日、改めて思い知ったはず。
彼らが出てくるとなれば、王国とて厳しい。
いくらアンセム王子が表舞台に出てこようと限界がある。
「では……勇者の投入もありえると?」
「近隣諸国、とくに皇国がどういう反応を示すか次第です。ただ、王国は悪魔との関係が疑われています。人類の敵という形になれば、真っ先に投入されるでしょう」
「なるほど……やはり王国についても未来が見えんな。とにかく信用がならん」
「賢明かと。万が一ですが、王国が帝国との戦争に勝ったとしても、それだけでは終わらない。アルバトロ公国は南側から帝国を攻めて圧力をかけることを求められます。帝国の逆襲が公国を襲っても王国は助けないでしょう。帝国が弱体化すれば、公国は必要ないからです」
「まさしく……良いように使われるだけだろう。帝国はそうはならない保証を聞いても?」
「帝国は東西に大国を抱えています。北は藩国、南はアルバトロ公国という同盟国がいてくれれば、東西に集中できる。帝国とアルバトロ公国は良きパートナーになれると思っています」
「よろしい。私の腹は決まった。元々、帝国よりではあったが、アルノルト皇子の話を聞いて固まったぞ。私は帝国につこう。だが、問題がある」
「わかっています。アルバトロ公国は一枚岩ではないという点ですね」
公王が決めたからといって素直に従うとは思えない。
特にパストーレ公爵は王位を狙っているだろう。
今のところ、王国の使者から圧力だけで済んでいるのは決断していなかったから。
帝国につくと決めれば、王国の使者であるマルセルはパストーレ公爵を支持する方向で動くだろう。
王国の支持を取り付ければ、きっと公爵は動く。
王国としても、帝国に取り込まれるくらいなら親王国派を使って反乱を起こさせたほうがよいと考えるだろう。
反乱の成功確率が高いとなれば、なおさらそうする。
「重鎮たちの多くは、王国との蜜月関係をこれからも続けたいと考えている。変わることを恐れているし、変わったことを見抜く目もない」
「致し方ないでしょう。王国とアルバトロ公国は長く同盟関係にあるのですから。そこで力を発揮するのが新しい世代です。若く、力のある若者たちは時流を見ます。帝国につくべきだと考えるでしょう。もちろん古い世代への反発も理由の一つでしょうが」
「新しい世代か……舵取り役をジュリオにやらせろと?」
「はい。今、陛下は劣勢です。ここで立場を表明しても勝ち目はありません。ですから、ジュリオ公子に親帝国派をまとめさせるのです。多くの若い世代が賛同するでしょう」
「ジュリオにそこまでの力があるかどうか……」
「ご安心を。俺の弟がジュリオ公子の器を保証していました。俺はそれを信じたい」
ドナートは苦笑したあと、ワインを飲み干す。
そして。
「ジュリオはレオナルト皇子に憧れている。彼のようになりたいと思っているだろう。聞けばきっと喜ぶ」
「なれますよ、きっと」
方針は決まった。
ドナートはあくまで決断を下す側。
帝国につくべきと声をあげるのはジュリオの役目だ。
今は声の大きなパストーレに流れている者も、若者たちが結集すれば流れてくるだろう。
とにかくパストーレの勢いを削らなければ。
これは帝国と王国の代理戦争だ。
親帝国派を集め、対抗しないと飲み込まれる。
切り札はフィーネが持ってくる。それまで持ちこたえるとしよう。