第五百二話 参上
二日後。
王弟であるパストーレ公爵の誕生祭が都で開かれていた。
予想通り、王国の使者は祭りを盛り上げるために鷲獅子騎士たちを空へ上げた。
王国と親しいアルバトロ公国とはいえ、鷲獅子騎士を見る機会なんて民にはない。
飛んでいるだけでも大歓声が上がっており、その上、多彩な空中機動も披露している。
民は彼らに釘付けだ。
「上がっているのは三騎か。そんなに多くなくて助かったな」
「三騎の鷲獅子騎士は十分すぎるほどの脅威ですが?」
「不意を突いて、ちょっとの間遊ぶだけだ」
「簡単に言ってくれますね……」
空。
ノーヴァの上で俺とフィンはそんな会話をしていた。
俺の無茶ぶりに対して、フィンは期待はしないでくださいと答えた。
できないとは言わないあたり、どうにかなると思っているんだろう。
そこにあるのは自信だ。
相手は戦闘を想定して空に上がっているわけじゃない。
突然現れた竜騎士に対応を迫られる。
完全に不意を突けるということだ。
それはフィンにとって大きな有利となる。
それだけの有利があれば、できないことはない。そういう判断だろう。
かつてのように戦えないフィンはもういない。
今は帝国が誇る近衛騎士団の隊長だ。
たかが三騎の鷲獅子騎士など大した相手でもない。
「掴まっていてください!」
「ああ! そうする!」
俺の腰には命綱がつけられている。
万が一、落ちた場合に備えてだ。
だが、それは気休めだろう。
たぶん高速飛行中に落ちたら切れる。
もちろんそんなことはフィンもわかっている。
だが、きっとフィンは俺が落ちたら地面に激突する前に拾ってしまうだろう。
そのぐらいの自信がなきゃ皇子を背に乗せて相手を翻弄するなんてできっこない。
「いきます!」
降下は急に始まった。
空から都へ接近していく。
もちろん、姿は隠していない。
絶妙に鷲獅子騎士たちが気づきやすいコースでの降下だ。
突然の竜騎士の出現に鷲獅子騎士たちは戸惑うが、すぐに槍を構えて近づいてくる。
「止まれ! 名を名乗れ!」
フィンはその警告を無視した。
公国内で鷲獅子騎士に止まれと言われる筋合いがないからだ。
止まらないフィンを見て、鷲獅子騎士たちは仕方ないとばかりにフィンへさらに接近してくる。
その瞬間。
フィンはノーヴァを加速させた。
鷲獅子騎士たちを置き去りにして、都へと向かう。
「なんだと!?」
「行かせるな!」
素早く動けたのは二騎。
鷲獅子の馬力を使って、追いついてくる。
だが、フィンとノーヴァの長所はその加速だけじゃない。
追ってくる二騎が追い付きはじめたタイミングで、急激な減速。
一瞬で二騎の後ろを取った。
だが、嘲笑うように何もせず、別ルートから都へ向かう。
「舐めやがって!」
「追え!」
二騎は必死に食らいつくが、フィンとノーヴァの空中機動は彼らの遥か上を行く。
旋回し、加速し、減速する。
追いつくことができるのも、遊ばれているからだ。
本気ならさっさと引き離されているだろう。
何度も後ろを取られ、彼らも我慢の限界といったところ。
今までは警告だった槍を本気で突き出してきた。
殺す気の攻撃だ。
そんな攻撃を――フィンはこれまで見せてこなかった本気の加速で躱した。
一瞬で二騎と距離が空く。
そしてフィンは雷撃を二騎の槍に打ち込む。
槍の穂先が消し飛び、二騎は武器を失った。
「なんだと……?」
「そんな馬鹿な……」
茫然とする彼らの声は俺にしか聞こえない。
彼らも鍛錬を重ねてきた鷲獅子騎士のはず。
空でここまでコケにされるのは初めてだろう。
だが、まぁ恥ずかしがることはない。
フィンとノーヴァは規格外。
まともな手段じゃまず勝ち目はない。
「そろそろいいぞ」
「では、降下します」
「ああ、民にちゃんと見せつけてな」
「了解しました」
フィンは俺の要望を受け、低空で都を飛ぶ。
突然現れた竜騎士に民たちは驚き、悲鳴を上げる。
だが、同時に喝采も聞こえる。
出し物とでも思っているんだろう。
そんな彼らの声を受けながら、フィンはゆっくりと公王たちが座っている場所の手前にノーヴァを着地させた。
「囲め! 絶対に逃がすな! 殺しても構わん!」
公王の隣。
病弱に見える公王と兄弟だというのが信じられないほど太った男が声を荒げている。
あれがパストーレ公爵だろう。
そんなパストーレ公爵をよそに、俺の存在に気付いて周りを囲む兵たちを解散させる者がいた。
「剣を引け! 我が公国への客人に無礼を働くことは僕が許さない!」
強い言葉だ。
だが、それは驚くには値しない。
出会った頃は軟弱ではあったが、芯は強かった。
漂流しながら兵士を励まし続けた公子だ。
成長すればきっと立派になるだろうと思っていた。
「できれば弟が来るべきでしたが、所用により来られません。代わりといってはなんですが、俺が父の名代として参りました。招待状は頂いておりませんが、帝国の席はありますかな? 公王陛下」
「おお! アルノルト皇子! よくぞ来てくださった!」
ノーヴァの背から下りて一礼すると、公王が俺の傍まで寄ってきた。
公王と顔を合わせた回数は数度のみ。
基本的にはレオがその役割を担っていた。
それでも公王は親し気に俺のほうへ近づいてきた。それをアピールするためだろう。
「さぁ、こちらへ。ご無礼をお許しを。帝国の席はいつでも用意してある」
「ありがとうございます。こちらこそ、突然の来訪で申し訳ない。急な決定だったため、急いできたので、知らせを送る暇がありませんでした」
「気になさらず。あなたとレオナルト皇子ならいつでも歓迎だ」
そう言って公王は俺を貴賓用の壇上にあげる。
それで俺の姿が民たちの目に留まる。
すると、突然声が上がった。
「帝国のアルノルト皇子だ!」
「レオナルト皇子の兄上が来てくださったぞ!」
「双黒の皇子万歳!!」
声を上げているのは潜ませていたラースたちだ。
だが、彼らの役目は最初の声をあげるだけ。
徐々に俺のことが民に知れ渡っていく。
すると、大歓声が巻き起こった。
海竜事件での大手柄はレオだ。だからアルバトロ公国でのレオの人気は凄まじい。その人気のおかげで、俺まで英雄扱いだ。
俺が軽く手を振ると、さらに歓声は膨れ上がった。
「大した人気ぶりですな、アルノルト皇子殿下」
「この国とは縁があってな。基本的には弟のおかげだが」
パストーレ公爵の横に一人の若者が座っていた。
短いプラチナブロンドの髪に氷のように透き通った薄青色の瞳。
美青年という言葉がよく似合うその若者は、不遜な笑みを浮かべていた。
「なるほど。自己紹介が遅れて申し訳ない。俺はマルセル・ド・ヴァンタール。王国伯爵にして公国への使者という立場にある。あなたにわかりやすいよう説明するなら……王国第三王子の腹心といったほうがいいかな?」
「ほう……第三王子の懐刀といったところか。お会いできて光栄だ」
「こちらこそ、アルノルト皇子殿下にお会いできるとは思いもしなかった」
「弟は残念ながら忙しいのでな。ああ、そうそう。謝ろうと思っていた。貴公の護衛である鷲獅子騎士には申し訳ないことをした。威嚇されたので、その仕返しをしてしまった。まぁ気を落とさないでくれと、伝えておいてほしい。相手は我が帝国が誇る白き竜騎士、近衛騎士隊長のフィンだ。相手が悪かった」
「気になさるな。我が護衛たちも演舞中の突然の不意打ちでは気を落としようがない。まぁ、民は盛り上がったようだし、我が護衛たちも満足だろう」
それで俺たちの会話は終わった。
互いに腹の探り合い。
チクチクと言葉で突いたが、目立った反応もない。
ここで続けたところで得られる物はない。
今は鷲獅子騎士を圧倒したこと、そして民からの人気は健在であること。それを公王に示せただけで良しとしよう。
ただ、安心はできない。
このマルセルとかいう男。
くせ者だ。
油断はできない。
こいつは俺と同じような匂いを感じる。