第五百一話 無茶ぶり
「ふう……さすがに堪えますね」
「なかなかの高さだったからな」
俺とジークがフィンと共に上陸し、縄をおろしてラースたちの上陸を助けた。
普通ならまず登れないような場所を、ラースたちは縄一本で登ってきた。
それだけで彼らの訓練がいつもどれだけハードなのかうかがい知れる。
「殿下、この後はどう動くのでしょうか?」
フィンが質問してくる。
俺たちだけ別れて上陸したのは、とにかく公王に会わなければいけないからだ。
なるべく帝国は頼りになるという印象を与えたうえで、だ。
「城へ向かうが、どうやって接触するかが問題だ。公王は王国からの使者の圧力に晒されている。長く放置すれば、王国に加担すると言ってしまうだろう。だが、帝国が頼りないと思えば結果は同じ。面倒なのはもっとも不安定な立場に置かれている公王が、もっとも情勢を見極めようとしているという点だ」
帝国への恩だけで王国に加担することを渋っているわけじゃない。
現状、どちらにつけば公国のためになるか。
そこの判断を間違えないようにしているから、いまだに判断を下していないのだ。
思い返せば、海竜事件の際に王は即座に頭を下げた。その判断は的確だった。
いくら大国の皇子に対してとはいえ、王が頭を下げるなどありえない。
帝国の機嫌を損ねないためには、それしかなかったのだ。
ゆえに難しい。
自分の立場が脅かされても、情勢に目を向けているのは腹をくくっているからだ。
きっと判断を下せば、立場を失ってもその判断を変える気はないだろう。
つまり、俺たちは公王に王国よりも帝国優勢だと見せなければいけない。
「情報を集めるぞ。あまりにも情報がなさすぎる」
「はい」
「了解しました」
そう言って俺たちは城のある都へ向かって歩き始めたのだった。
■■■
かつて白旗をあげて乗り込んだ港町。そこが公国の都だ。
そこにある宿屋に俺とラースたちは入っていた。
フィンは都の外で留守番だ。ノーヴァを連れてくるわけにはいかなかったからだ。
目立つからな。
まぁ、目立つという点では俺もそうだが。
「どうだった?」
「はい、どうやら二日後に王の弟君である公爵の誕生日を祝う祭りが行われるようです」
「その公爵はパストーレ公爵か?」
「はい、そのようです。ご存じでしたか?」
「王位を最後まで現公王と争っていた男だ。今は親王国の急先鋒だな」
「そんな男の誕生日をわざわざ都で祝う理由はなんでしょうか?」
「公王の意向ではないだろうな。周りの大臣に押し切られたのか、それとも別の理由か。とりあえず裏で王国の使者が動いたのは間違いないだろうな」
理由は公爵を都に来させるためだろうか?
それとも公爵は口実で、目的は祭りか?
何か意図があることは間違いないだろう。
「ほかにわかったことは?」
「都の様子だけでは詳しいことは何とも。ただ、おそらく鷲獅子が城にいるかと」
「貴重な鷲獅子騎士を連れてきているのか。なかなか大物だな」
王国といえど、溢れるほどに鷲獅子騎士がいるわけじゃない。
他国への訪問に連れてくることは珍しい。
それこそレティシアクラスじゃないとあり得ない処置だ。
「護衛なんだろうが……使えるかもしれないな」
「使えるとは?」
「帝国の武威を見せつけるにはうってつけの相手だ。幸い、こっちには空じゃ無敵の騎士がいるからな」
鷲獅子騎士は王国の象徴だ。
それは公国内でも共通認識だろう。
ゆえにその行動は王国への印象に関わる。
とはいえ、いきなり攻撃したらさすがに批難は避けられない。
「もう少し情報が必要だな。祭りの中で、鷲獅子がどういった役割を担うかによってやれることが変わってくる」
「役割によっては襲撃するのですか?」
「さすがにそんな無謀なことはしない」
祭りには多くの人が集まる。しかも空での出来事だ。
騒ぎになれば多くの人が目撃することになる。
帝国の近衛騎士隊長が王国の使者の護衛を襲撃するなど、あってはならない。
だから襲撃はしない。
「襲撃なんてしなくても、戦闘になることはありえる」
「戦闘はなさるんですね」
「戦闘と呼べるものになるかはわからんがな。できれば、そうはなって欲しくない。そっちのほうが公王も安心できるだろう。帝国が誇る白き竜騎士は、王国自慢の鷲獅子騎士を子供扱いできるって証明できれば、それに越したことはない」
「フィン隊長も大変ですな。しかし、フィン隊長は帝国内でも特別です。なにせ近衛騎士隊長ですから」
「いいんだよ。帝国には近衛騎士隊長がいるって思い出してくれれば、それでいい。近衛騎士隊長の強さは帝国の強さだ。王国につくのはまずいと思わせられれば、事実なんてどうでもいい」
帝国近衛騎士団が全力で出撃するような事態はほとんどない。
皇帝が出陣したとしても、全員がついていくことはない。
それは本当の緊急事態以外ありえない。
だから、いくら近衛騎士団の隊長たちが強かろうと、それがすべて王国に向くことはない。
それは歴史が証明している。
帝国には底力がある。それを発揮すれば最強なのは間違いない。近衛騎士団や勇爵家がその底力に当たる。
だが、発揮しない。発揮しなくても勝てるし、発揮するにはそれなりの大義名分が必要だからだ。
「戦争では軍同士の激突となる。近衛騎士団はあくまで特別。それは周知の事実だが、王国からの圧力に困っている公王にとってはあまり関係ない」
公王が求めているのは一つ。
王国と帝国が戦争した場合、どちらが勝ちそうか? ということだ。
ならば勝ちそうな要因を並べてやればいい。
王国側もきっとそうしているだろう。
「では、すべて殿下の思惑通りに行くとして……殿下はどのタイミングで公王に謁見するのですか?」
「フィンと一緒のタイミングに決まっているだろ?」
「はい?」
「鷲獅子騎士がどういう役割かによるが……おそらく空の警護か出し物だろう。どうであれ空に上がっているはずだ。そこに俺を乗せたフィンがやってくる。敵襲と勘違いして、迎撃してくる鷲獅子騎士を子供扱いして、着地。俺が公王に謁見する」
完璧なプランだ。
俺が感想は? と聞くとラースは少し困ったような顔をしたあとに呟いた。
「大胆ですな……」
「そうだな。問題は……作戦の大部分がフィンの実力に掛かっているという点だな。俺を乗せてはたして鷲獅子騎士たちを子ども扱いできるのかどうか」
「難しそうですな……いろいろと」
「まぁなんとかしてくれるだろう。近衛騎士隊長だからな」
「無茶がすぎるのでは?」
「無茶で結構。皇族の無茶な要求をどうにかするのが近衛騎士団の役割だ」
「初めて聞きました」
「皇族の中じゃ常識だぞ」
そう言って俺は窓から外を見る。
あまり浮かれた雰囲気はない。祭りだからといって盛り上がるという感じではないようだ。
上々だ。そうであるほど、鷲獅子騎士たちが空に上がる可能性は高くなる。少しでも盛り上げたいだろうからな。