第四百九十五話 納得
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「痛い、痛い……お腹痛いぃ……」
「そんな痛いなら誰かに治療してもらえばいいだろうに……」
「治療なんて受けたら苦戦したって思われるじゃない! あと五秒あったら私の勝ちだったのに!」
俺の部屋のベッドの上で、痛い痛いとエルナが呻く。
当たり前だ。
リナレス直伝、ノーネームの拳を何発も受けたのだ。
とくに途中からノーネームはエルナが威力を受け流すのを察して、内臓にダメージを与える方向に切り替えた。
「はいはい、わかったわかった」
「信じてないわね!?」
エルナが顔をしかめながら体を起こす。
無理すれば動けるというのが、エルナのとんでもないところだ。
クロエの話じゃノーネームはほとんど動けず、治療が絶対に必要な状態だったらしい。
対戦後の状態を考えれば、エルナのあと五秒は大言壮語というわけじゃないんだろう。
ノーネームは時間に救われた。
そういう捉え方もできる。
だが。
「信じる、信じない、の話じゃない。結果は結果。引き分けは変わらないぞ?」
「ただの引き分けと勝ちに近い引き分けじゃ違うのよ!」
「引き分けは引き分けだ」
「違うわよ! わー!」
エルナはベッドで手足をばたつかせる。
まるで子供だ。
よっぽど引き分けが悔しかったんだろう。認めたくないらしい。
「相手はSS級冒険者。引き分けなら上出来だろうに」
「最悪よ! 御前試合で引き分けなんて! 絶対に勝つ気だったのに……」
勝ち以外は負け。
そんな考えなんだろうな。
「誰も勇爵家やお前を軽んじたりしない。むしろ、やっぱりすごいんだと認識を改めただろうさ。父上だってお前への褒美をどうするか考えていたぞ?」
「褒美なんていらないわよ! 私は勝ちたかったの!」
「やれやれ……」
子供の頃を思い出す。
勝てるわけがないベテランの騎士たちに負ける度にエルナは俺の部屋に来て、いじけていた。
その度に、得られたモノがあるならお前の勝ちだと諭していた。
そのうちエルナが負けることはなくなったし、負けても自分で納得できるようになっていた。
しかし、今回は自分を納得させることができないらしい。
「相手は勇爵家をずっと研究してきた相手だ。お前はそれをモノともしなかった。誇っていいと思うが?」
「でもぉ……」
「俺に約束したのを気にしてるのか?」
「……勝つって言ったのに……」
「必ず次がある。お前が強くあり続ければ、きっとノーネームもお前を超えようとするだろう。その時まで俺との約束は取っておけばいい」
そう言うと納得しきってなかったエルナも、幾分か納得したような表情を浮かべた。
そんな時、レオが部屋に入ってきた。
「やっぱりここにいたね」
「父上が探してたか?」
「ご名答。エルナを労いたいらしいよ」
「陛下が? でも……」
「行ってこい。褒美を求められるなら、いつかの再戦を希望すればいい。父上も断れないだろうさ」
「その手があったわ! さすがアル!」
妙案とばかりに手を叩き、エルナは体を起こす。
その時、多少顔をひきつらせたが、やせ我慢で部屋を出ていく。
「後でしっかり治療を受けさせないとだよ?」
「俺が言って聞くわけないだろ?」
「じゃあ無理やりだね」
「本当に子供の頃から変わらない奴だな」
「いいと思うけどね。変わらない人がいるっていうのも大切なことだと思うよ」
レオはそう言ってソファーに腰を下ろす。
どうやら話があるらしい。
「何があった?」
「……王国の第三王子が全軍の指揮官についたらしいよ」
それは予想できたことだ。
ペルラン王国第三王子。
年は俺たちより少し上。
かつて王国を背負う武王になると期待された逸材。
レティシアをして、戦争の天才と評する王子。戦歴は少ないが、挙げた戦果は計り知れない。
なぜ、そんな奴が今まで表に出てこなかったのか?
簡単だ。
薬物で暗殺されかけて、まともに動けない体となったから。
その結果、現王太子リュシアンの地位は盤石となった。
誰が薬を盛ったかなんて、子供でもわかる。
「決して王太子側につかないと言われていたが、どういう風の吹き回しだろうな?」
「レティシアいわく、仲の良い姉君がいるらしいんだ」
「人質か……まぁレティシアを排除しようとする奴だ。何をやっても驚かないけどな」
「……第三王子が表舞台に立てば、王太子に忠誠を誓っていない古強者たちも復帰する。つまり、かつての再現となりかねない」
「王国との泥沼の戦争か」
十年以上前。
王国と帝国は大規模な戦争状態に陥ったが、帝国軍は王国の要塞を抜くことができなかった。
血だけが無駄に流れた。
その再来は避けなければいけない。
「レティシアの説得も意味はない。正面から戦って勝てるかどうかわからないけれど、確実なのは一つ」
「アルバトロ公国を引き離さないと勝ち目はないな」
かつての戦争もそうだった。
海上からアルバトロ公国の海軍が敵を援護すると、帝国軍は途端に苦しくなる。
その時に活躍した将軍たちは、王太子側についていなかった。
だが、今や王国の人材たちは王太子の下へ集結してしまった。
アルバトロ公国との関係を断たなければ、前回と同じ結末を迎えるだろう。
つまり。
「俺は絶対に失敗できないってわけか」
「それどころか、危険でもあるよ。すでに手を回している可能性もあるからね」
「かもしれないな。まぁ、行かないって選択もないだろ?」
「そうだけど……」
「何か手は考えるさ。お前は対王国に備えろ。向こうがやる気満々なんだ。回避はできない。いつまでも緊張状態が続いていると、レティシアも肩身が狭い立場から脱却できないからな」
そう言って俺はレオの肩を叩く。
今、レティシアはクライネルト公爵領にいる。
有事の際、すぐに西部国境へ向かえるようにだ。
立場が微妙なのは、王国との関係が改善されないから。
どうにかこの状況を脱却するには、王国との関係を改善するしかない。
「戦争を回避できないって悲しいね……」
「向こうが挑んでくるんだ。ただ蹂躙されるわけにもいかないだろう。それに……今のあの国は何かおかしいからな」
そう言って俺とレオは西に視線をやったのだった。