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第四百九十三話 引き分け



 闘技場から歓声が消え去った。

 民たちは超一流の剣士による決闘を想像していた。

 華麗な技の応酬が楽しめるだろうと。

 だが、目の前で行われたのは戦闘だった。

 エルナの剣はノーネームの肌を裂くが、同時にノーネームの拳はエルナの内臓にダメージを与える。


「いい加減……諦めなさいよ!」


 エルナの剣がノーネームの肩を貫く。

 だが、同時にノーネームの拳がエルナの腹部を捉えた。

 絶妙なカウンター。

 力を逃す時間がなかった。


「かはっ……!」

「そちらこそ……意地を張るのはやめたらどうです!」


 その拳は体の内部への攻撃であり、エルナは血を吐いて膝をつく。

 その隙にノーネームは肩に刺さるエルナの剣を抜き、距離を取る。

 互いに荒い息を吐きながらも戦意は失わない。


「笑えないわね……私はまだ半分くらいしか実力を出してないのよ……?」

「なるほど……私はまだ三割くらいです」

「勘違いだったわ……まだ二割も出してなかった……」

「私はまだ一割も出してません……」


 満身創痍な状態でも言い合いは続く。

 だが、気持ちに体がついてこない。

 互いに攻撃を受けすぎた。

 それでも二人は気持ちで体を動かした。

 一瞬、観客の目から二人の姿が消える。

 そして中央で二人は互いに攻撃をぶつけ合った。

 エルナの剣に対して、ノーネームは魔力で強化した拳。

 両者一歩も譲らず、やがて力がその場で暴発する。

 それに巻き込まれ、エルナとノーネームは壁まで吹き飛ばされた。


「まったく……しぶといわね……」


 呟きながらエルナは立ち上がる。

 視線の先ではノーネームも立ち上がっていた。

 もはや時間がない。

 定められた制限時間が迫ってきている。

 このまま削り合っていれば、制限時間が来てしまう。

 そんな決着をエルナは望んでいなかった。


「勝つと……約束したんだから」


 ゆっくりとエルナの剣に魔力が溜まっていく。

 狭い闘技場の中ではなかなか大技を使う機会はやってこない。

 だが、相手も自分も疲弊した状態であれば、互いに一撃に賭けるしかない。

 もう時間がないからだ。

 ノーネームも同じように剣に魔力を溜めていた。

 エルナは剣によって、五芒星を描く。

 だが、同じようにノーネームも五芒星を描いていた。

 最後に選択したのは奇しくも同じ技。


「奥義――」

「――星刻」


 かつての決戦でノーネームの祖先を破った初代勇爵の技。

 それは当然、勇爵家に伝わっていたが、その技を食らったノーネームの一族にも伝わっていた。

 来たる決戦の時。

 技において後れを取らないように。

 それは祖先からの贈り物。

 二人は五芒星の中心を突きながら突撃していく。

 同じ技が闘技場の中心でぶつかり合い、その余波で闘技場全体が揺れていく。

 そして。

 エルナとノーネームは光に包まれた。

 力は外へ出口を求め、シルバーの結界を突き破って空へと上っていく。

 結界が破れたことで、その場にいたSS級冒険者たちが一気に臨戦態勢へと移った。

 いざとなれば自分たちが止めるしかないからだ。

 だが、アルだけは動かない。


「――時間か」


 用意されていた砂時計の砂が落ちきり、時間を告げる角笛が吹かれた。

 その音が闘技場全体に響き、やがて帝都全体に響き渡っていく。

 その音とともにゆっくりと光が収まっていく。

 闘技場の中心。

 そこにエルナが立っていた。

 その剣の切っ先は、目の前で膝をつくノーネームの喉元へ向いていた。

 だが。

 ノーネームの剣もまた、エルナの胸元に向けられていた。

 互いの実力を考えれば、その距離から外すということは考えられない。

 ゆえに。


「そこまで!! この勝負は帝国皇帝の名において! 引き分けとする!!」


 即座に皇帝が号令をかけた。

 その声と共に近衛騎士隊長が闘技場に入っていく。

 戦闘に夢中になりすぎた二人が、決着を求めかねないからだ。

 それに二人とも相当なダメージを負っている。

 その治療も兼ねてだったが。

 二人は近衛騎士隊長たちの手当を拒否した。


「下がってなさい」

「治療は不要です」


 二人は近衛騎士隊長たちを追い返し、互いに視線を交わし合う。

 そして。


「次は必ず勝つわ」

「こちらの台詞です」


 今日の結果を二人は受け入れた。

 条件は同じだった。

 限られた時間なのも承知の上だった。

 それでも決着がつけられないのが今の自分の実力なのだと、納得したのだ。

 そんな二人に声をかける。


「素晴らしい一騎打ちを見せてもらった。これ以上の一騎打ちを見たことのある皇帝はそうはいまい。ワシと皇后はとても満足している。よくやった」


 皇帝からの言葉にエルナは膝をつく。

 ノーネームは膝こそつかないものの、静かに頭を下げた。

 それが最低限の礼儀だったからだ。

 そんな二人を見ながら、皇帝は宰相から一冊の本を受け取った。


「これからこの一騎打ちは語り継がれるだろう。それほどの一騎打ち。何も褒美を与えねば後世の者たちに笑われてしまうだろう。だが、二人はSS級冒険者と今代の勇者。ワシから与えられるモノは限られておる」


 言いながら父上は右手をあげる。

 それを合図として闘技場に巨大な球体の魔導具が多数持ち込まれてきた。


「その魔導具は大陸中の冒険者ギルド支部と繋がっておる。その支部を経由して、ワシの声は大陸中へと届けられる」


 それは冒険者ギルドと帝国、そして多くの国家が協力した大陸規模の演説。

 それは――。

 五百年ごしの罪滅ぼしだった。


「大陸に住むすべての者へ。ワシはアードラシア帝国皇帝、ヨハネス・レークス・アードラーである。突然、声をかける無礼をどうか許してほしい。此度は伝えなければならないことがある」


 皇帝の声が大陸中へと届けられる。

 普通ならありえないことだ。

 だが、必要なことだった。


「五百年前、悪魔との戦争中に活躍した剣士がいた。初代勇爵と肩を並べたその剣士は、魔王との決戦前に初代勇爵に一騎打ちを申し込んだ。それは聖剣を使う者を決めるための一騎打ちだった。結局、剣士は敗れ去り、人類はその剣士を悪魔と同列とみなして歴史から名を消し去った」


 勇者の足を引っ張る行為だから、人類の敵とみなされた。

 褒められたことではないだろう。

 だが、それでもかつての功績は消えたりしない。


「だが、その剣士は人類のために戦い続けた。追い詰められた人類のために、勇者と共に最前線に立ち続けたのだ。一度の過ちで、その名は五百年もの間、歴史から消された。これは人類の過ちともいえるだろう。正々堂々とした一騎打ちだった。たしかに時期は悪かっただろう。だが、救われただけの者にそれを責める権利があるだろうか? 初代勇爵はその剣士の名がいずれ歴史の闇からすくい上げられることを願っていた。その願いを叶えたいとワシは思う」


 皇帝は本を開く。

 それは著者名のない本だった。

 誰が書いたかわからない本だ。

 だが、大切に皇族だけが読める場所に保管されていた。

 発見したのはアルだった。

 本は五百年前の悪魔との戦いについて書かれたもので、その最後のページに悪魔との戦いで最も貢献した二人の剣士の名が記されていた。

 一人は初代勇爵。

 そしてもう一人は。


「五百年前から確かに存続する国家の主として、帝国皇帝ヨハネスが五百年前の過ちを謝罪しよう。我々は忘れるべきではなかった。歴史から名を消された剣士の名はアーヴァイン・ノックス。今ここで、皇帝の名においてこの名を返そう。五百年前、人類を守ってくれたこと。そして、今、またSS級冒険者として人類の守護者であり続けていること。二つの感謝と謝罪を込めて。ありがとう、そして申し訳なかった。ノックスの末裔……ノーネーム」


 静かに皇帝が頭を下げた。

 それに合わせて、その場にいたすべての皇族が立ち上がって頭を下げたのだった。


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― 新着の感想 ―
展開読めてるのに泣けた GJ♪
[一言] シルバーの…正確には自分が張った結界が破壊され、ジャックたちが臨戦態勢をとったにも関わらずアンタは動かないのねwwww その威風堂々とした姿。(。•̀ᴗ-)✧何か凄いな。 どこから来るか気に…
[一言] かっこいい。しびれた
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