表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

508/819

第四百九十一話 ノーネーム


 エルナとノーネーム。

 互いの剣がぶつかり合った衝撃で、闘技場が大きく揺れた。

 別に特別な技を出したわけではない。

 ただの挨拶代わりの一撃だ。

 それでこの威力。

 シルバーの結界がなければ、観戦どころではなかった。

 だが、シルバーの結界がある。

 民たちはそのことに安堵を覚え、二人の戦いに歓声をあげたのだった。

 そんな歓声の中、本格的な戦いが始まった。

 どちらも一歩も動かず、剣を振るう。

 エルナの上段からの一撃を、ノーネームは受け流し、そのまま下段から剣を振り上げた。

 しかし、エルナはその一撃を受け止め、はじき返す。

 どちらも一歩も譲らない。

 互いの防御を崩せない以上、小手先の技では決着はつかない。

 そんなことは両者ともに承知していた。

 必要なのは防御を崩せる強力な一撃や、角度を変える一撃。

 それでも二人は動かなかった。

 一歩も動かず、ただ剣を振るい続ける。

 それはただの意地だったが、危機感でもあった。

 この相手に一歩でも引いたらまずい。その剣士としての危機感が二人の足を止めさせていた。


「さすがにSS級冒険者というだけあるわね」

「喋る余裕があるとは驚きです」

「そっちこそ余裕ね」

「言うほど余裕ではないですよ」


 二人は言葉を交わしながらも剣技を繰り出し続ける。

 剣を振るう速度は徐々に上がっている。

 技だけで相手を圧倒するには速度が必要だった。

 それに伴い、繰り出される一撃の威力も上がっていく。

 空振った一撃の余波で、闘技場が揺れる。

 結界がなければ今頃、闘技場の壁は壊れていただろう。

 そんな一撃の応酬の末。

 エルナが振るった上段からの一撃をノーネームが受け止める。

 その勢いを殺しきれず、ノーネームが吹き飛ばされた。

 ようやく動いた。

 エルナの勝ちだと観客たちはおおいに沸いた。

 その観客たちの声を聞きながら、ノーネームは深く息を吐いていた。

 自分より強い相手を想像し、いくらでも頭の中で戦ってきた。

 だが、その想像よりもなお強い。


「勇爵家の神童、勇者の再来。そう言われるだけのことはありますね」

「つまらないことを言うのね?」

「つまらないですか?」

「ええ、とても。私は私よ」


 そう言ってエルナは一気にノーネームとの距離を詰めた。

 助走のついた突き。

 威力はさきほどの比ではない。

 ノーネームはまた受け止めたが、さらに吹き飛ばされてしまう。

 一撃一撃が重い。

 剣士同士の戦いで、一撃の重さで上回られると流れを持っていかれてしまう。

 力に技で対抗しようにも、さきほどの勝負で剣技の優劣はついてしまっている。

 せいぜい技は互角。威力は向こうが上。

 まともにやっても勝ち目はない。

 敗北という言葉がノーネームの脳裏によぎった。

 誰もがそれを望んでいる。

 帝国を守ってきた勇者の勝利。

 帝国の民が望むのは当然だった。

 だが。


「迷って勝てる相手じゃないわよ?」


 声が上から降ってきた。

 何事かと観客たちが上を見る。

 闘技場の上に人影があった。


「やれやれ、シルバーのおつかいに加えて、足が遅い同行者のせいで遅れてしまったわい」

「おい、クソジジイ。誰のせいで遅刻したと思ってんだ? 何度も道間違えやがって」

「案内が悪い」

「人の言うこと聞かねぇで先を走るからだろうが!」

「わしより遅いほうが悪いんじゃ!」

「そうよ。あなたの足が遅いのも原因よ」

「ここで俺が悪いって話になるのはイカレてんだろ……」


 そこにいたのは人類最高峰の冒険者たち。

 残る三人のSS級冒険者たちだった。

 彼らは特等席とばかりに、闘技場の上に腰かけ、一騎打ちを見物し始めた。


「豪華な来客もあったものだな」

「歓迎は無用じゃ、皇帝陛下。わしらはただの見物客じゃからな」

「それではそちらで観戦していただこう。エゴール翁、あなたが乗る気なら参加なさいますかな?」

「はっはっは、老人は引っ込んでおるよ。何よりシルバーに伝えさせておったはずじゃがな? ノーネームの敗けは我らの敗け。勝てば剣聖だろうが、大陸最強だろうがくれてやろう。まぁ、勝てればじゃがな」

「まったく、これだから帝国の奴らは好きじゃねぇんだ。どいつもこいつも勇者ならどんな敵でも勝てると思ってやがる。世の中、そんなに甘くねぇってことを教えてやれ、ノーネーム」

「勝てると踏んで舞台に立ったんでしょう? なら、最後まで勝てると思いなさいな」


 彼らの言葉を聞き、ノーネームは仮面の中でフッと笑った。 

 そして動きを止めていたエルナのほうへ目を向ける。


「良い仲間がいるのね?」

「仲間ですか……かもしれませんね。エルナ・フォン・アムスベルグ、あなたに聞きたいことが」

「何かしら?」

「あなたにとって聖剣とは何ですか?」

「どういう意図の質問かわからないけれど、答えてあげるわ。ただの剣よ。先祖代々受け継いできた物だし、大切だわ。けれど、剣は剣よ。誇らしいのは召喚できた自分。先祖に認められた自分。聖剣ではないわ」

「なるほど……少し悩みが解決しました」

「それは良かったわ。じゃあついでだから私の秘密も教えてあげるわ。私が聖剣を召喚した理由は、幼馴染にすごいって言われたかったからよ。私にとってはその程度なのよ」

「最年少の召喚理由がそれですか……ちなみにその幼馴染はなんと?」

「危ないからやめろって怒られたわ。体が出来ていない頃の召喚は、負担が大きいから。そんな心配性の幼馴染が見ているの。だから負けてあげることはできないわ」


 そう言ってエルナは一気にノーネームの懐に入った。

 剣がノーネームの体に迫る。

 だが、それはノーネームの左手に握られていた剣によって受け止められた。

 そしてノーネームの右手がエルナの腹部にそっとそえられた。

 まさかと、エルナは咄嗟に距離を離して、ノーネームの右手と体の間に左手を割り込ませた。

 瞬間、ノーネームはほぼ距離がない中で強烈な掌底を繰り出し、エルナは大きく吹き飛ばされた。


「くっ!!」


 危なかったと思いつつ、エルナは体勢を立て直す。

 そんなエルナの目にゆっくりと仮面を外すノーネームの姿が映った。


「私もまた……師匠が見ているので負けられません」

「やっと本気というわけね……」


 ノーネームはゆっくりと右手に持った仮面を外し、それを捨て去る。

 そして構えを取った。


「私はSS級冒険者ノーネーム……師の名はリナレス」

「道理で……」

「参ります」


 先ほどの一撃はどう考えても剣士というより、拳士のそれだった。

 剣に加えて打撃も警戒しなければいけない。

 エルナは向かってくるノーネームへの警戒度を一気に引き上げたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] アルさんも相変わらず、幼馴染みに甘い!甘過ぎるよ!
[一言] 相変わらずのアル至上主義ですコト。エルナさん。
[一言] ジャックの扱い、可哀想……。ファイトあるのみだ。 彼らの乱入場面カッコいい。 というかジャックは、クライドとリナレスがアルことシルバーの秘密(正体)について知ったことは知っているのか??
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ