第四百八十八話 名前探し
「勝負を引き受けます」
二日後。
ノーネームの下へ訪れた俺に、ノーネームはそう告げた。
その返事に俺は一つ頷いた。
「準備は城の者が整えるだろう。しかし、なぜ気が変わった?」
「気が変わっては困りますか? あなたは引き受けて欲しかったのでは?」
「引き受けて欲しかったわけじゃない。ただ、場を提供しただけだ。そういう約束だからな」
「では、断わっても?」
「それを決めるのはお前だ」
断わるわけがない。
ノーネームほどの使い手がエルナを相手にすると決めたのだ。
何があろうと戦うだろう。
そうわかっていたから、俺は余裕を見せていた。
そんな俺にノーネームは笑う。
「余裕ですね。その余裕は虚勢ですか?」
「ちゃんと根拠がある。多少はお前を認めているんでな。戦うと言って退くような奴はSS級冒険者にはなれん」
「妥当な評価ですね。ですが、その評価はすぐに改めさせます」
ノーネームはそう言うと立てかけてあった剣を手に取る。
どうやら外出するようだ。
「どこへ行く?」
「クロエが稽古に付き合ってくれるそうなので」
「そうか。足を引っ張ってないようで安心したよ」
「……とても助かっています。その点には感謝を」
「俺への感謝はいらん。クロエに言うんだな」
ノーネームは小さく頷くとその場を後にしたのだった。
■■■
転移した路地裏。
そこでヘンリックが魔導師風の男を追い詰めていた。
「くそっ! 魔導具使いが!」
男は炎の魔法を放つが、ヘンリックは左手の杖でその炎を瞬時に凍らせた。
そして右の杖を男に向けて、魔力弾を放った。
その魔力弾は男を壁まで吹き飛ばし、男を無力化する。
「吐け。誰の命令だ?」
「誰が……」
「そうか。では、別の方法を取るだけだ」
そう言うとヘンリックは持っていた小瓶を取り出し、その小瓶から漂う匂いを男に嗅がせた。
男は抵抗したが、やがて体から力が抜けていく。
「誰の命令だ?」
「……冒険者ギルドの……関係者から……頼まれて……」
「冒険者か。まぁ妥当だな」
そう言ってヘンリックは小瓶をしまって、俺のほうへ向いた。
爺さん秘蔵の薬だ。
魔導具といい、器用に使いこなしているようだな。
「冒険者を使い始めたぞ」
「そのようだな。こうなると誰が連絡係か判別するのは難しくなるぞ?」
「そこの心配はしなくていい。本職の暗殺者でもないかぎり、怪しい奴はどうしても不自然さが出る」
「そういうことなら任せよう。ノーネームは一騎打ちに同意した。虫を近づけて、迷いを与えたくない」
「了解した。だが、痺れを切らして先代が帝都に入る可能性は?」
「それはない。先代は別の奴が止める」
「お前がそう言うならそうなんだろう。では、僕は僕のやれることをやろう」
そう言ってヘンリックは俺に背を向ける。
倒れている男はそのうち、誰かが見つけてくれるだろう。
一度失敗した手駒を再利用するほど、先代も愚かじゃない。
奴は用済みだ。
そんなことを思っていると、ヘンリックがこちらを振り返った。
「……いいのか?」
「何がだ?」
「一騎打ちを引き受けたということは、勝てると踏んだということだ。熾烈な戦いになるだろう。いいのか?」
「エルナのことか?」
「そうだ。危険に晒したくないのでは?」
「馬鹿にするな。あいつ以上の剣士はいない。一騎打ちというなら負けることはない。危険には入らんよ」
「前から思っていたが……お前の幼馴染贔屓は異常だ。まぁ、向こうの幼馴染贔屓のほうがさらに異常ではあるが」
呆れた様子でヘンリックはその場を立ち去っていく。
前から生意気だったが、今は別方向で生意気になったな。前の方が扱いやすかった分、悪化といえる。
「爺さんの影響だな。困ったもんだ」
そう呟きながら、俺は城の部屋へと転移した。
部屋ではセバスが待っていた。
「お帰りなさいませ」
「成果は?」
「芳しくありませんな」
だろうなと思いながら、俺はため息を吐く。
現在、城の手すきな者を総動員して図書館で探し物がされている。
もちろん、これだけ大々的に行われているのは皇帝命令だからだ。
「歴史から消された名だ。そう簡単には見つからんだろうさ」
「ですが、あるだろうとお考えなのでしょう?」
「ああ、きっとある。父上もそう考えているから、人を使って探しているんだ。城の図書館は大陸随一だ。名前くらい探せないわけがない」
「しかし、あまり時間がありませんぞ?」
「ギリギリまで探す。今日からは徹夜かもな」
そう言って俺は軽く体を伸ばす。
皇族しか見れない書物もある。
そこから探すのは俺の仕事だ。
途方もない作業に見えるが、探すべきは五百年前の書物。
それだけでだいぶ限定できる。
初代勇爵は当時の一騎打ちをちゃんと書物に残していた。
ならば名前も残しているはずだ。
あの本にはなかった、ノーネームの祖先の名前が。
これは勇者を抱え込んだ帝国の責任だ。
あの時から確かに存続している国として、過去の過ちは清算しなければ。
人類の敵と判断されようと、その前は確かに人類の守護者だった。
民が忘れようと、指導者層であった帝国の皇族は忘れていいはずがない。
五百年。
禊には十分な時間だ。
「必ずノーネームの名は見つけ出す」
そう言って俺はセバスと共に図書館へ向かったのだった。




