第四百八十七話 剣は剣
三日も休んでしまって申し訳ありませんでしたm(__)m
ほぼ全快したので今日から更新再開です(`・ω・´)ゞ
帝都近郊。
そこでノーネームとクロエは冒険者ギルドの依頼を片付けていた。
「えいっ!」
相手にしているのは、ブラッドハウンド。
その数は五体。A級モンスター相当だ。
それらをクロエは二本の剣を使って、巧みに斬り伏せていく。
それをノーネームは少し離れたところで見ていた。
「よしっ! 終わりました! ノーネームさん!」
「ありがとうございます。すべて任せてすみません」
「いえいえ。本来、SS級冒険者が出てくるような依頼じゃないですからね」
そう言ってクロエとノーネームは歩き始めた。
今回の依頼はあちこちの村で出現し始めたモンスターの討伐。
モンスターのランクがまちまちなため、引き受ける冒険者がいなくて帝都支部が困っていた依頼だ。
それがクロエとノーネームに回ってきた。
緊急性があり、かつ引き受け手がいない場合はシルバーに回されるからだ。
「まさかこの程度の依頼を頻繁に引き受けているとは思っていませんでした」
「お師匠様にとっては帝国全土が庭みたいなものですからね。本人的にはちょっと外出するくらいの気持ちで引き受けているんだと思います」
「困った人ですね。そういう態度だからこういう依頼がやってくるんです」
「どういうことですか?」
「普通の冒険者が引き受けるには難易度が高い依頼を帝都支部に投げれば、シルバーが出てくる。その仕組みがわかっていればシルバーに個人依頼をする必要がなくなります。個人依頼には虹貨が三枚必要ですが、通常の依頼なら大幅に節約できますからね」
「なるほど。でも、お師匠様ならわかっててやってると思いますけどね。あの人はお金には無頓着ですから」
そう言ってクロエは笑う。
そんなクロエを見て、ノーネームはため息を吐く。
そういうところは師弟でそっくりだなと思ったのだ。
この依頼は、ギルドがクロエとノーネームに回すか迷っていた依頼だ。
それをクロエが率先して引き受けたのだ。
報酬や内容もろくに確認せずに。
「あなたもお金に無頓着のようですが、なぜ冒険者に?」
「あたしですか? 冒険者以外にやれることがなかったっていうのもありますけど……続けているのはお師匠様の姿に憧れたからですね」
最初はシルバーが冒険者の道へ導いてくれた。
しかし、その道を歩いたのは自分自身。
その活力になったのは師匠であるシルバーの背中を見ていたからだ。
「あの人のようになりたいと思いました。どんなピンチでも颯爽と現れて解決してしまう人だから。あの人があたしにしてくれたように、あたしも誰かを助けられる人でありたいと思ったんです」
「師匠への憧れですか……」
「ノーネームさんに師匠とかっていないんですか?」
遠慮のない質問にノーネームは答えに詰まる。
だが、クロエは急かさない。
ニッコリと笑ってノーネームの答えを待つ。
ただ興味があるだけなのだとわかり、ノーネームは静かに語り始めた。
「私の師匠は……いえ、私の師匠もSS級冒険者です。両極の拳仙……リナレスに鍛えていただきました」
「えー!!?? それじゃあ先輩なんですね!」
「先輩……?」
「SS級冒険者の弟子として、お師匠様と肩を並べたんですよね? じゃあ先輩です!」
「私がリナレスと肩を並べた……? そんなことはありませんよ。私の力は私の魔剣によるところです。私自身は大したことはありません」
ノーネームは仮面の中で自嘲気味に笑う。
自らの体を鍛え、大陸最高にまで上り詰めたリナレスと、魔剣を鍛える一族に生まれ、その魔剣とSS級冒険者の地位を譲られただけの自分。
肩を並べたなど烏滸がましい。
大陸中の武人への非礼にあたる。
そんなノーネームの自嘲気味の笑みを感じたクロエは、自分の二本の剣を見せる。
「これはミヅホの仙医にして、最高の刀鍛冶でもあるトウイ先生の作品です。古い魔剣をあたし用に鍛え直してくれたんです。これを渡されたときに言われました。どれだけ一級品の武器だろうと、使用者が二流では二流に成り下がるって。だから二流なんて言わせないように頑張ろうって思いました」
「……」
「魔剣はどこまで行っても魔剣です。使い手次第だというなら、それを使ってちゃんと実績を残している人はすごいってことになりませんか?」
「そうでしょうか……私にはそうは思えません」
冥神は聖剣を除けば間違いなく大陸最強の魔剣だ。
誰が使っても強い。そういう魔剣といえる。
その魔剣を使って出した実績など、大したものではない。
それがノーネームの評価だった。
だが。
「じゃあノーネームさんは魔剣がなきゃ弱いんですか?」
「どうでしょうか……弱くはないと思いますが……」
「ちなみにうちのお師匠様は魔法がないと全然駄目ですよ? 魔法を使わないなら、あたしでも余裕で勝てると思います。軽く手合わせした印象ですけど」
「魔法は努力の賜物です。魔法は彼の力です」
「なら、魔剣を扱えるのもノーネームさんの力ですよ。魔剣だけがすべてだなんて、ちょっと違うと思います。剣はどこまでいっても剣。振るう人によって変わるものですよ」
「あなたは……不思議ですね」
笑顔で話すクロエといると、不思議とそうかもしれないと思わせられる。
根拠などない。
クロエがそう感じていると言うだけの話だ。
逆にそれがノーネームには心地よかった。
「そうですか? なんだか元気になったみたいでよかったです」
「元気ですか……たしかに元気にはなりましたね。そのついでと言ってはなんですが、一つ質問しても?」
「はい! なんでしょうか?」
元気よくクロエは返事をする。
もう次の村はすぐそこだ。
聞くなら今しかない。
誰かに聞かれるわけにはいかないからだ。
「……私は自分で物事を決めるのが苦手です。そういう生き方をしてこなかったので」
「そうなんですか?」
「そうなんです。ですから、あなたの意見を聞かせてください。私は……当代の勇者に勝てると思いますか?」
「勇者? 勇者の再来と言われているエルナ・フォン・アムスベルグ様ですか? うーん、どうでしょう。あたしより強い二人のことですから、ちょっとわからないです」
申し訳なさそうにクロエは答えた。
自分より実力が上の相手のことだ。
予想すら難しい。
なにせどちらの全力も見ていないから。
身のこなしから察して、どちらもとても強いということくらいしかわからない。
自分じゃ敵わないということはわかっても、どちらが上かまではわからないのだ。
「そう、ですか……」
少しがっかりした様子でノーネームは呟く。
だが、そんなノーネームにクロエは満面の笑みを向けた。
「けど! あたしの持論ですが、勝負は〝勝てる〟って思うことから始まると思います! とんでもなく力の差が離れてたら、そんな単純なことじゃ決まらないかもしれないですけど……少しの差ならそれで縮まると思います。だって、勝てるって思わなきゃ向かっていけないじゃないですか。きっとそのほうがカッコいいと思うんですよ! あたしが憧れたお師匠様はそうだったから」
その言葉は単純で、浅はかで。
ただの感想に等しい。
けれど、ノーネームの悩みを解決するには十分な言葉だった。
五百年待った機会が転がってきた。
それなのに即答しなかったのは?
負けたらどうしようと思っていたからだ。
五百年の歳月がノーネームを後ろ向きにさせていた。一族のすべてを背負っている。
負ければ一族の行いがすべて無に帰すかもしれない。
そう思うと軽々しく動けなかった。
だが、そんな考えの者が勝てるほど甘い相手ではない。
負けるかもしれないと思っているから、いつまでも勝てないのだ。
絶対に勝てるという自信がつくまで機会を待っていたら、いつまで経っても戦えない。相手だって成長するのだ。差が縮まる保証はどこにもない。
今を逃せば、次のチャンスはやってこないかもしれない。
それなら。
「あっ! あの鳥モンスターですね!」
村の近くで飛ぶ巨大なモンスターをクロエが見つけた。
その瞬間。
轟音が付近に響き渡った。
ノーネームがその場で手刀を振るったのだ。
それは強力なカマイタチを発生させ、巨大な鳥を両断したあと、さらに遠くまで飛んでいく。
冥神を持つようになってから、冥神を使わない攻撃はしなくなった。
だが、鈍ってはいないようだ。
「わぁ……すごい……」
「これで最後ですね。後始末はギルドに任せましょう。少し用があります。帝都に戻っても?」
「は、はい!」
クロエの返事を聞き、ノーネームは歩き出したのだった。