第四百八十六話 帝国の責任
6月6日24時の更新は体調不良のため休みますm(__)m
次の日。
俺は父上にエルナとノーネームの御前試合を提案し、ノーネームの反応次第で判断するという言葉を貰った。
その過程で知っている情報はすべて開示した。
ノーネームの先代の話や、ノーネーム一族のこと。
下手をすれば勇爵家に害を及ばしかねないと理解した上で、父上は一言告げた。
「委細承知した」
「……それだけですか?」
「勇爵家と聖剣を超えようとしているのだ。その程度の背景は予想通りだ。思いつきでそれをやるような異常者じゃないだけマシだな」
「直接対決までさせたら、魔剣を使うかもしれません。そうなればエルナは聖剣を出さざるをえなくなります」
「シルバーはまだ聖剣に及ばないと判断しているのだろう? ならばやらせればいい。かつて、初代勇爵としたように、互いに武器の優劣をつけずに一騎打ちをすればいいのだ。これは勇者を帝国に迎えた皇族の責任でもあるだろう。場くらい整えねば歴代の皇帝たちに叱責されてしまうだろう」
そう言って父上は笑う。
その横でフランツが渋い顔をしていた。
「危険な賭けではあります」
「五百年、血を継ぐことの大変さは我らが一番知っている。一時の感情で勝てぬ戦いは挑まぬだろうよ。むしろ、聖剣抜きの戦いでエルナが負けることのほうが心配だがな」
「それも危険要素の一つです。勇爵家の武名に陰りがみられると思われかねません」
「エルナは……負けません」
武名の翳りは侮りを生む。
そうなればいらぬ戦いが発生するかもしれない。
フランツが危惧するのは当然だ。
しかし、エルナは負けない。
「その根拠をお伺いしても?」
「エルナがそう言っていましたから」
「本人はそう言うでしょうが、相手はSS級冒険者。相手の格が違います」
「まぁ負けたなら負けた時に考えればよい。聖剣の強さや、エルナ自身が大きく弱体化するわけではない。ただ、相手が強かっただけだ。武名ならば、次の戦争でいくらでも回復できよう」
「あまりにも本人たちに依存しすぎます。魔剣を出すか出さないかはノーネーム次第。勝ち負けも予想できません」
フランツの言葉に父上は一つ頷き、玉座から立ち上がる。
そして、窓に近寄って帝都に街を見下ろした。
「わざわざシルバーがノーネームを帝都に連れてきたのは、古い因縁の決着を望んだから。そうワシは判断しておる。悪魔が出現している今、そういう不安があっては共闘できんからな」
「だとしても、我が国で行わせる必要が? どこか別の場所でも構わないと思いますが?」
「そんなことをすれば、どちらかの命が尽きるまで戦いかねん。それだけはならん。どちらも人類には必要だ。多くの制限を設けて、民の前で一騎打ちをさせる。もう決めたことだ。反対されようと決行するぞ?」
「やれやれ……」
呆れた様子でフランツはため息を吐き、その場で一礼した。
力業で納得させたな。
まぁ、やるかどうかは父上次第だからな。
「ただし……ただ一騎打ちをさせるだけではつまらん。そうは思わんか? アルノルト」
「奇遇ですね。俺もそう思っていました」
「ならば、できる限りの準備をするとしよう。大陸屈指の剣士同士の戦いだ。褒美がなければ失礼に当たるだろう」
意図を察した俺は静かに頭を下げた。
あとはノーネームのほうだな。
■■■
「見世物になる気はありません」
シルバーとしてノーネームの宿を訪れた俺は、帝国側の計画を話した。
しかし、ノーネームは首を横に振った。
「手合わせするのも敵情視察になると思うが?」
「大勢の観客の前では訳が違います。一族の誇りがあります。適度な手合わせならともかく、場を整えられての一騎打ち。負けることは許されません」
「ならば勝てばいい」
「気持ちで勝てるような相手ではありません。今回はあくまで相手の力を見定めるのが目的。必要以上の深入りはしません」
「お前と一族の目的は勇者を超えること。そのために冥神を強化しているのだろう?」
「それが何か?」
「いや、皇族が保管していた初代勇爵の本があったらしくてな」
そう言って俺は本を近くの机に置く。
今まで反応の薄かったノーネームだが、初代勇爵と聞いて、さすがに強い反応が返ってきた。
「どうしてそんな本が!?」
「皇族が事情を知ったからだな。そのうえで、今回の一騎打ちを提案してきている」
「……あなたも読んだのですか?」
「軽くな。初代勇爵とお前の祖先は、聖剣を賭けて勝負したらしい。何の変哲もない剣で、な。一族の悲願を果たすというなら、これはチャンスだと思うが? 聖剣を超えるのも勇者を超えたことになるだろう。だが、初代勇爵と祖先との戦いを思えば、余分なものを封じたうえでの戦いでも超えなければ、勇者超えとはならないのではないか?」
「それは……」
「この本を読んで考えることだな。あ、皇族から借りている物だ。大切に扱え」
それだけ言うと俺はその場を去った。
決めるのはノーネームだからだ。
そして転移した場所は宿から少し離れた路地裏。
そこではヘンリックが一仕事を終えていた。
「今回は三人か」
「元々潜入していた奴らだ。何とか接触しようとコソコソと動いていた」
ヘンリックはそう言って、手に持っていた短めの杖をしまう。
傍には三人の男が寝転がっていた。
ヘンリックによって気絶させられたんだろう。
「情報は?」
「大した情報は持っていなかった。あくまで兵隊ということだろう」
「なるほど。だが、これだけ連絡遮断していれば、そのうちもっと強力な駒を使って接触を図るだろう」
「安心しろ。虫は僕が払う」
「頼む」
一言告げて、俺はその場を後にする。
元々、シルバーが帝都に居られないから、ノーネームが派遣されたという体を取っている。
ゆえにシルバーとして帝都に長居はできない。
まぁ、ノーネームが断わるようなことになったら、そういうことを気にしている余裕はないだろうが、きっとその心配はないだろう。
悪い虫さえ払い続ければ、ノーネームは自分で判断を下す。その判断はこちらが期待してもいいものだ。
そんなことを思いつつ、俺は城へ転移するのだった。
まだ探し物があるからな。